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ジャングルの罠



ジャングルの中は蒸し暑い。



気温自体はそこまで高いわけではないのだが、湿度が高いため実際の気温よりも暑く感じる。
だがそれは運動している場合の事だ。
日陰でじっと動かずにいれば(動けねーんだよ)、熱射病にも熱中症にも襲われる事はない。
さっきまでは汗だくになっていたのに、今はその不快感も感じない。
たまに吹く風に心地良ささえ感じる。
足元の草(単子葉類、見るからに雑草)が風を受けて、さらさら靡いて兎の足を擽った。
こういう所で昼寝とかできたら最高だなとか考える。
すぐ傍を見たこともない配色の大きな蝶がヒラヒラと舞っている。


幸か不幸か、ここはジャングル。




パキンと、高く小さな音がした。


「ん…?」

音のした足元に視線を移す。

あ、足動く。魔法解けた?


軽く足首を回してみた。

どうやら3分経ったらしく、兎の足にかかった魔法が解除されたようだ。見た目は何も変らないようだが、脹脛(ふくらはぎ)の血管がどくどくと脈打つのが分かる。
動きは鈍いが確かに動く。

…3分経ったのか。結構早いもんなんだな…ってぅおぉおおお!!?足痺れてんじゃん!!!



「―――っ!」

――――っぃぃぃぃ痛いぃぃぃ。


声にならない声で兎は叫んだ。
時計兎の計算上なのか自分に経験の無い事で何も考えてないのか、魔法が解けても歩くに歩けない。

一歩前に踏み出そうとすると膝がガクガクするし、足を上げると足首に力が入らなくて地面と足の裏がうまく合わさらない。
兎はその場に倒れ込んだ。

う、動けねーよ〜。足がビリビリするうぅぅ〜。アリス助けて〜(情けないって思うな!溺れる者は藁をも掴むんだ!)って、んな事言ってる場合じゃねーんだ。時計のガキを追いかけねぇと!

気を落ち着かせて痺れた足をゆっくりと動かす。痺れも少し落ち着いてきたらしく立ちあがる事ができた。
ゆっくりと足踏みをする。心と身体にズレを感じた。気を落ち着かせても身体が焦っている。
こめかみから頬を伝って汗が流れる。

早く 早く  早く!!



足に血が行き渡ったところで時計兎の逃げた木々の茂る方へ走った。早く捕まえたくて4本足で。

畜生あのチクタク兎ここまで考えてやがったなんて!(激しい思い込み)

ギリっと奥歯が鳴る。

しゃらくさいガキめー!天誅だぁぁぁああああああ!!!

気合と根性をプラスして速度がぐんぐん上がっていく。大きく抜き出しになった木の根や、倒れた丸太を軽く飛び越える。

兎が通っていくと周りの背の低い木々がざわざわと鳴った。






あのガキ兎何処行ったんだ?

時計兎が逃げた方へ我武者羅に走ってみたが全く姿が見えない。
瞬速で駆けて行く兎を嘲笑うかの様に、左右に生えた木々の細い枝が、鋭利な葉が、棘が、白い毛で覆われた兎の腕を足を頬を襲った。

「痛っ。」

兎は眉間に皺を寄せた。
針で刺す様な痛みが全身を巡る。その個所の細く白い毛が赤く滲む。(嗚呼…俺の美しく艶やかな白い毛が……)

何でジャングルの植物はこんなでかくて鋭いんだよ。しかもキモイ。あーもーうざってぇ!近寄んじゃねーよ!(何言ってんだ俺。相手は植物…)

「……?」

兎は違和感を感じた。いくら走っても茂みから抜けない。


…嫌な、予感。

前から後ろへと過ぎ去る傍らの木々を横目で見ると、その葉には黒っぽく点々とシミがついている。走りながら一枚引き千切ってみた。近くでよく見ると、黒いように見えたシミは赤い液体だった。

これ、もしかして(もしかしなくても)俺の…

疑うまでも無く兎の切り傷から出た、兎の血液だ。ちなみにB型。
まだ固まっていないようで、指で軽く擦ってみると兎の白い毛に錆色が付いた。
同じ所を廻ってるような気はしない。確かに真っ直ぐ走っているはずなのに。
そう考えているうちにも兎の傷が増えていく。心なしか木と木の間の道(というか獣道)がどんどん狭くなっていくような気さえする。植物達の体当たりは激しくなる一方だ。


どういうことだ?


「!!?」


何かに気付き反射的に大きく超越して両手を一度地につけ、半ば転がるように無様な前方倒立回転を決めた。
兎の疾走はここで止まった。




大きく肩で息をして荒い呼吸を整えて、恐る恐る後ろを振り返る。先刻視界に入った異様な物体を確かめるために。


振り返るとそこには人間の膝の高さぐらいで左右に一本ラインを引くように、鋭い棘を剥き出しにした太い黄緑色のツルが伸びていた。
それが異様だと言っているのではない。(太さは半端ではないが。人間の腰周りぐらいはあるだろうか。それでもこれが普通だと言う人がいたなら生まれた星は何処か尋ねる事をお薦めする。)

異様なのはそのツルが左から右へ、腕を伸ばしているかのように動いている。
動いているという表現が違っていれば、千倍速で見る『成長』だ。

「何だあれ……」

よく見れば他の植物も例外ではなかった。

引き返せないように道を塞ごうと腕を伸ばし、深い茂みを作る。一本の木は根を地面から掘り起こし、兎の進行方向へと住居を移した。そして何も無かったように、そこに根付いて鋭利な葉を突き出し獲物が来るのを待っている。


………動いてんじゃねーか。

どおりで、どんだけ走っても茂みからぬけないわけだ。詐欺じゃねーか!詐欺だ!イカサマだ!!ペテン師だ!!

卑怯だ卑怯だと文句をつけているうちにも植物は移住を繰り返し、何時の間にか兎を取り囲んでいた。鋭い棘を剥き出しにし、相手の様子を覗っている。(といっても眼で見ているわけではないのだが)

何だ、集団リンチかよ。俺が虐められる側になるなんて思ってもみなかったぜ(虐める側にもなった事ないけど。…めんどくさいし)。棘も鋭いしな〜。俺、痛いの嫌いなんだけど。

…あぁでも、ならなきゃいいんだよな。
要するに。


一本のツルが鞭打つように兎目掛けて飛んできた。

それを合図にするかの様に、次から次へと枝葉が鋭い刃を向ける。その刹那、白い影が高く宙を舞った。




   ズダダッ(三段蹴り)

喧嘩なんてちょっと久しぶり。

    ボキッ(飛び蹴り)

俺ってこんな性格だから学校とかで(他校でも)敵は多かったし。

   バキッ(上段回し蹴り)

あえてこっちからは手ぇ出さなかったけど向かってくる奴には仕方なく(容赦なく?)挨拶とかして。(大抵一発KOだから一方的な挨拶になっちゃうんだよね)

   ブチッ(引き千切っただけ)

喧嘩して負けた事あったっけ?

   メリッ(踵落とし)

あ、負ける前に逃げてたんだった。一応負け無しなんだ俺。ちょっと嬉しいかも。

   ドサッ(落ちた)

てゆーか、こいつら。






何時からだろうか、人気のない場所を好むようになったのは。



校舎の裏とか、屋上とか、体育館裏とか、非常階段とか。
あまり人が寄らないそれらの場所。
中学の頃はよくそういう所で昼寝をして時間を潰していた。


そんな、いつも通りの昼下がり。

邪魔者が来た事がある。

確かその日は屋上で昼寝をしていた気がする。

「顔貸せよ。」

心地良い浅い眠りの世界から引きずり出された。はっきり言ったらとても、かなり、超、めちゃ邪魔。

やっぱ屋上はダメだな。
たまに暇な奴らが来て邪魔をする。
これから屋上は最終候補にしておこう。

何の反応も見せずにいたら地面を強く蹴る音がしたから、取り敢えず起き上がって相手を確認した。

誰だ?こいつ。

顔に見覚えが無い。同じクラスの人間ではないらしい。と言って同じ学年かどうかまでは分からない。元々人の顔を覚えようとしないのもあるのだが、8クラスもある同じ学年の人間を、顔と名前全て覚えている事は難しい。

しかし、この風変わりな奴の顔を知らないとは。


何時の時代の不良だろうか。


改造された学ラン。だぼついたズボン。頭は剃り込みの入った金髪のリーゼント。
ここまでくると、古き良き時代の不良って感じだった。

言ってる事も古いし。

顔なんてどうやって貸すんだよ。
呆れて物も言えない。

「何とか言えやこらぁ!!」

古き良き時代のリーゼントは、極細の短い眉毛を逆ハの字にして怒鳴った。言葉を発する唇の間から、隙間の空いた前歯が覗いた。

そう厳つい顔をするな。
醜い顔が余計醜くなるだろう。
目障りだ。

それにいくらガン飛ばそうと、下から見上げられているのでは迫力も何もない。

「ちょっと顔が良くて頭が良いからって調子こいてんじゃねーぞ!」


何だ。唯の僻みか。

そんな心情を見て取ったのか、古き良き時代の不良が胸ぐらを掴んできた。

「その綺麗な顔を歪ませてほしくなかったらなぁ、チャラチャラした色のお前の頭、今すぐ黒く戻して来い。」


チャラチャラした色って何色なんだよ。
お前の伊達な金髪のがチャラっちいじゃねーか。
本物の美しさを愚弄するんじゃない。

僅かに眉間に皺を寄せた。誰でも胸ぐらを掴まれたら不愉快にならない訳が無いのだが。

「それでかっこつけてるつもりかぁ?だっせー色。ミカンでも食い過ぎたんじゃねーの?」


歪んでいるのは、お前の嘲笑うその醜い顔だ。



次の瞬間には古き良き時代の不良は左の脇腹を抑えて足元に転がっていた。


古き良き時代の不良が最後に見たのは、それはそれは美しいものだったとか。



逆光で顔の表情は覗えなかったが。
太陽の光を浴びて煌く。
風に流されて踊る髪。
それが空の太陽そのもののようで。



「悪いけど、俺のは地毛なんだよ。」








てゆーか、こいつら、弱すぎんだよ。

最後にスペシャルアッパーをくらわした。
植物がバラバラと音を立てて崩れ落ちる。
後に残るのは枯れ木枯葉の残骸だった。さっきまで青々としていた枝や葉が、崩れ落ちる時にはカラカラと水分が失われ枯れていった。


  グシャ

兎は情容赦なく最後に残っていた、まだ少し青みを帯びていた枝葉を踏み潰した。(植物に情なんていらない。)
最後に残っていた枝葉も茶色く染まった。



「鍛え方が違うんだよ。俺に喧嘩売るなんて百年早い。」

肩で息をしながら言った。全身にべた付く汗が流れる。

息が上がってる。俺も鍛え直しだな。最近誰も喧嘩吹っかけてこなかったから体が訛ってやがる。

あくまで自分の身体が兎だからというのを理由にはしない。あえて、なのか馬鹿だから兎だという事を忘れているのか。


なんにしろ、さすが俺!相手は木とか草みたいな唯の植物だったから当然と言えば当然だけど。こんな奴等に負けてたら、はなから喧嘩なんてしねーんだよ。




ジャングルは静かだ。


まだ何か違和感が残る。
動物達の鳴く声がしない。
虫もいない。



どういう事だ?まだ、何かいる。でも、一体何処に?

辺りを見回したがその何かが動くような気配はしない。暫く様子を見たが相手もこっちの様子を覗っているのか、姿を現そうとはしない。

またさっきみたいな植物か?それとも他の何かか?まぁ何が出てこようと俺様が相手してやるぜ。アイアムチャンピオーン!!今の俺は無敵だ!!!

兎は余裕をみせていた。




それが『油断』だとは気付かずに。









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あきゅろす。
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