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時を操る兎
  3・時を操る兎



冷たい…。



瞼に感じるひんやりしたもの。
そこから意識が戻った。



聞こえてくる音はたくさんだが、一番よく聞こえるのは近い位置にあるのか水音だ。
他には多分動物であろう鳴き声。

小鳥の様なかわいいものならいいが、ギャアギャアという明らかに小動物ではないと思われる鳴き声。
右手に小河があるみたいで、水音はそこからだった。




瞼を通して差し込む光が痛い。
朝なのか昼なのか日が昇っているのは確かで、眼を少し開いてみると白い日差しが瞳を焼いた。

大きく深呼吸をすると鼻にかかるのは木と花の匂い。
主に木の緑の匂い。
濃い。

自分が今何処にいるのかすぐに分かった。
ジャングルだ。


瞼に感じたのは、背の低い木についた、数少ない葉から落ちた朝露だった。



ゆっくりと身を起こす。
少し頭がくらくらした。
魔法を受けた影響だろうか。

何だよあの魔法は。
すげぇ衝撃。
身体中ズキズキするんスけど。目もチカチカするし。一部の毛先がちょっと焦げてるし。アリスあんな魔法使えたのかよ。
……すげっ。


素直に感想を述べてみた。珍しく。

それに、いきなり現れたあの半漁人は何なんだ?あいつがシヴァって言われてたやつなのか?わけわかんねーし。

謎ばかりが頭の中を徘徊する。


三秒後、考えても仕方がないという事に気付き、まずは今自分の置かれている現実について考える事にした。

辺りを見回すと生い茂った木々。

げっ……ヤな予感はしてたけど、よりによってジャングルかよ………。
暑いし。ジメジメしてるし。足元の地面ぐちゃぐちゃだし…。
こんなとこに兎なんかいるわけねーじゃん。
いるとしたらエ●マーのドラゴンだ。
周辺を調べてみたが、何か手がかりが見つかるわけでもない。
そのうちに乾いた地面を見つけたのをいい事に、兎は腰をおろして足をなげだした。(サボり癖)


何処探せってんだよ。



はぁっと溜め息をつく。



そよそよと緩やかな風が吹き、地面に生えた細い草が風に合わせて揺れる。

さらさらと草が擦れ合う音が耳に心地良い。

木漏れ日が地面に差しこみ、葉についた雫を煌かせていた。

………眠い…

半分目を閉じかけた。が、


   カサッ


…………………………?

初めは風だろうと思っていたが、両腕で支えて上半身を起こした兎の視界に、木と木の間を横切る銀色が目に入った。

……………兎だ。今のは確かに兎だ。
銀色っぽかったけど間違いなく兎だ。だって耳あったし。ぴょんぴょん跳ねてったし。…………絶対、兎だろ?

がばっと身を起こして体勢を整える。早足で視界を横切った獲物を追った。
木と木の間をすり抜けると、再び銀糸の兎が視界に入った。
ぴょんぴょんと身軽に飛んでいく後を早足で追う。
よく見れば銀色の兎は自分より小柄で、ありすの言った通りだった。
「待て兎」
って俺も兎だ。というツッコミは入れないように。

首から金色の時計を下げた子供らしい兎が振り向いた。
銀の身体に金の時計はよく映える。悪く言えばチカチカして眩しい。

「何ですか?」

まだ幼さが残る声で、銀の兎は疑り深げに尋ねた。

あ、喋った。結構いるんだな。喋る兎。この世界って不思議。

「お兄さん?僕に何か用ですか?」

銀の兎は、聞こえなかったのかと思いもう一度言った。銀の瞳が兎を睨みつける。

………なんかこいつムカツク。睨み方がムカツク。

額に一本の青筋がたったが気持を抑えて威厳高く言う。

「俺について来い。」

時計兎は首を傾げて兎を見る。

……あれ?黙った。俺言い方変だったのか?まぁ、そりゃそーだわな。『俺について来い』って、なんか危ねーし。
まるで厳格な夫が内心か弱い妻に言う言葉だ(想像)。誰も言わねーよ。んな事。今時。
何より今は女が強いんだよ。かかあ天下なんだよ。……父さん、元気にしてるかな…。

ふと、思考が止まる。

あ、……いるじゃん言ってるやつ。俺だ(あと父さんも)。
まぁどーでもいいんだよそんな事は。何としてでも連れてくぞ、こいつ。

「お兄さん、もしかして最近よく出るっていう痴漢さんですか?だったら検討違いですよ。僕、男ですので。そっちの方とかなら話は別だけど、残念でしたね。僕ってよく女に間違えられるんです。まぁ、こんな顔(?)ですから仕方ありませんけど。」

時計兎の解釈は少しずれていた。

なんかムカツク。喋り方がムカツク。
ガキのくせに生意気なんだよ。ついて来んのか来ないのかはっきりしやがれってんだ。

「勝手に勘違いしてろ。で?ついて来んのか?来ないのか?」

時計兎は嘲笑を浮かべた。口元が笑みの形を創る。

……超ムカツク。笑い方がムカツク。

「確かに僕は今とても暇でしかたがなかったので、断る理由なんてありませんけど、そんな言い方じゃダメですよ、お兄さん。それが人にものを頼む態度ですか?それに、取引きってのには条件が必要なんですよ。知ってますか?」

兎の額に四本目の青筋が浮かんだ。

くそっ生意気なガキめっ!暇ならついて来りゃいいじゃねーか。俺が子供の頃はこんなんじゃなかったぞ!!素直で純真無垢だったんだぞ!

そんな気持の高ぶりを尚も抑えて兎は尋ねる。引きつった笑顔で。

「で、条件って?」

時計兎はおもむろに何かを見上げた。

何だ?何見てんだ?俺の……頭。否、耳か?

「その人参を僕にください。」

最初、時計兎が何を言っているのか、全く理解が出来なかった。

はぁ?人参?俺の耳は人参じゃねーんだよ。こいつ馬鹿じゃん。見て分かんねーのか?てめーの目は節穴か?飾りか?それとも目玉の親父だってかぁ?(肝いからこれは却下)

「ねぇ、どうするんですか?その人参くれたら、僕ついて行く事、考えても宜しいですよ?」

だからお前が言ってんのは俺の耳だ。

兎はまだまだ理解が出来ない。

そう思って自分の長い耳に触れてみた。いつもと変らない毛の軽さ。

ほら見ろ。綺麗な毛並みだぜ。やっぱ俺の白い毛はつやつやだな。

耳を撫でていて(つまり毛繕い)何か異様な物がある事に気がついた。どうして今迄気づかなかったのだろう。兎は無意識に首を傾げた。




何かついてるし。長細い。ああ括り付けてあるのか。

…………………って、おい。何だよこれ!?何つけてんだよ俺!!
そんですてきにノリつっこみすんなよ俺!!も、もしや耳に括り付けられてるこれって、俺の超〜〜〜〜〜〜〜〜嫌〜〜〜〜いな

「お兄さんの耳についている人参、ください。」


   ズキュン


兎の身体の中に衝撃が走った。

耳についてるこれは人参ってわけだ。

人参嫌いの兎の耳に丁寧につけられた人参がとても気になる人参嫌いの兎が、人参嫌いの兎が人参嫌いの兎の耳に丁寧につけられた人参を確認する為に、人参嫌いの兎の耳に丁寧につけられた人参を触っていたら、人参嫌いの兎の耳に丁寧に結ばれていたロープが解けた。人参は人参嫌いの卯紗義の手中に落ちた。

人参だ。オレンジだ。不味そう。なんか手紙もついてるし。

人参に巻く様につけられたピンク色の紙を広げる。可愛いハート型。


  ★大好きな卯紗義さんへ★
  お腹空いたらこの人参を食べてねv
  栄養万点よvvv
  無事時計兎ちゃんを捕まえられるよう祈ってるわv
                     ★ありすより★


その瞬間ハート型の手紙を真ん中から真っ二つに破った。更にそれを半分に破り、又半分に破りと繰り返し、粉々になった元手紙現なんだかよく分らない紙切れをぐしゃぐしゃと丸めて、地面に叩きつけて足で踏みつけ、どこで手に入れたのかライターを使って火で燃やし、その灰を(以下略)



ばっっっっっかやろぅ!!!俺は人参が大っ嫌いだって言っただろーが!あいつの耳はどこにあるんだよ。こんなもん時計ヤローにくれてやる!誰が食うかよ畜生!!

……………。否、待てよ。ジャングルに放り出された今の俺には、この人参が唯一の食料源なんだ。しょーがねぇな好き嫌いは言ってられない、一応とっておくか。(唯のケチ)

数秒間にわたる心の葛藤の末、答えが出た。その数秒間の兎を一部始終見ていた時計兎は、心の中で腹を抱えて転げまわっていた。心の中と言わず、本当に転げまわりたかった。

「これはやれねーな。」


「ふーん。じゃぁ僕ついて行きませんよ?」

「――否、それは困る。他の方法はねーのか?」


頭をガリガリかいて言う。ちなみにノミがいたわけではない。

あああぁ〜もおぉ〜、めんどくせーなぁ〜。テメーがついて来るって一言だけ言えば、こんなめんどくさい事しなくてもすむんだよ。

「ん―――――、そーですねぇ〜。僕も今暇してるとこですし……。」

時計兎は顎に手をあてて考える。

だったらさっさとついて来いガキが!!

時計兎の眼がキラリと光る。透明感のある綺麗な銀色。

「じゃあお兄さん、僕と鬼ごっこして下さい。」

にっこり笑って言う言葉に悪意は無い。あるのは子供の無邪気さ。

……は?何言ってんのこいつ。意味分んねーし。鬼ごっこ?それはもうアリスとやったっつーの。兎同士でやってもつまんねーんだよ。

あからさまに不機嫌な顔をしたが、時計兎は微笑んだままだ。

「僕を捕まえる事ができれば、ついてってもよろしいですよ。でも一つだけ……」

そう言って首から下げた時計を見る。

まぁ元に戻るためだと思えば鬼ごっこぐらい我慢できるか。さっさとこのガキ捕まえてさっさとありすのところに連れてってやる。

「制限時間を作らせてもらいます。無制限っていうんじゃ公平にはなりませんしね。」

上等。

「えっと今から……、そうですね。今から3時間。3時間以内に捕まえられたら僕はお兄さんについて行きます。ですが、」

鋭く光る銀の双眸。不敵の笑み。

「3時間以内に僕を捕まえられなかった場合、お兄さんにとっておきの魔法をかけてあげますよ。」

本人が気づかないところで、兎の背筋の汗が乾いていた。顔が引きつる。眉間に皺が刻まれる。時計兎はその光景を見て楽しそうに笑っていた。

…このガキっ………。

兎は今までに無い最高の侮辱を感じた。

おいおい勝手に決めんな。しかも3時間って何だ?なめんなよ。俺がそんなにトロイってのかよ。見縊んな。アリスにだって勝ったんだぞ俺は。(比較になってねぇか?)それにとっておきの魔法が何だってんだ?くだらねぇ。テメーの魔法なんかに興味はねーんだよ。

「じゃぁ、3分待っていて下さいね。その間に僕逃げますから。それでは。」

はんっ3分も待っていられるか。1分で追いかけてやる。勝手に逃げてろ。

とか考えていると、時計兎は首から下げた時計を手に取り、ちらっと兎の足元に視線を移したかと思うと、にっこり笑った。

「お兄さんの両足の時間を止めました。3分たったら動けるようになるので、それまで大人しく待ってて下さいね。」

……………はぁ!?おい待てよ!……足、動かねーよ!

それもそのはず、兎の両足はつま先から膝まで石化状態に陥っていた。歩こうと思っても、自分の足は地面に釘を刺した様に、びくとも動かない。

ちくしょ〜〜〜〜〜〜!!!動かね〜〜〜!

3分、マジで待つのかよ………。



兎はマジで3分待つことになった。





無意識のうちに溜め息が出ていた。
湿った、けれど少し心地良い風が、兎の髪(といっても頭の白い毛)を撫でて、先刻の溜め息を持ち去っていった。


これ(石化)って、魔法、なんだよな?魔法使えるなんて卑怯じゃねーか。俺は何もできねーか弱いうさぎちゃんなんだよ。少しは労われってんだ。

あ〜〜〜もう見えねぇし。足速ぇーわ、あいつ。


脱兎のごとく(否、脱兎だ。)風のように軽やかに時計兎は逃げていった。





『卯紗義さーん!聞こえる―――?』

何処からか声がする。聞き慣れた少し高めのアニメ声。辺りを見回してみたが誰もいない。

誰だ!?誰だ!?だれだぁぁ――――――!?俺の名前を呼ぶのは!(ガッ●ャマン風に言ってみよう)

『あれ〜?聞こえてるのかなぁ〜?ありすだよー?卯紗義さ〜ん、元気―――?時計持ってるうさぎさんは見つけられたのぉ〜〜?』

声の主は聞くまでもなくありすだった。
ありすの声は首輪に付いた通信機(馴染みすぎて存在忘れてた…)から聞こえてくる。兎は安堵の息を漏らした。

ありすか。(ちぇ)通信もできるってわけ。

兎は口を尖らせながら答える。

「兎は見つけた。でも今ややこしい事に」


『え〜?何?聞こえないよ――!?やだぁ〜っ変…なノイズが入って聞こ…にくいじゃないの〜!もうっやーねっ。』


不幸にも兎の声はありすに届いていない。何かが電波を邪魔しているらしい。ありすの声が少し途切れて聞こえる。

マジかよ。助けてくれねーのか?どーしろてんだこれから。

『まぁ、い…いや。卯紗義さん、ありすの声聞こ…ぇてるんだよね?ありす、卯紗義さんに謝らなきゃいけな…いの。言い忘れた事がひとつあ…ってね。』

謝るんなら早く謝れ。

『時計のう…ぎさんの事なの。時計うさぎさ…は〜魔法を使えるんだけど、その魔法はやっかいな事にかなり…の上級魔法で…。』

謝るんなら早く謝れって。

『それで…ね、時計うさぎさんの持っ…る時計は特別でね、普通の時計じゃな…の。』

だから謝るんなら早く謝れよ。

『あの時計はね、じ…ぅを………ると…………でね、あれはとケ……危険な………………気をつケテ………』

ピーとかガーとかいう機械的な音がありすの声を遮る。


なんだ結局謝んねーのかよ。

電波が完全に届かなくなったようで、ありすの声が再び聞こえる事はなかった。




やれやれとか思って短く息を吸って吐く。
風が吹いて兎の髭を揺らして去った。
木の葉が同じように風を受けてカサカサなる。
鼻にかかるのは木と花の匂い。
主に木の、深い緑の匂い。
ジャングル特有の不思議な匂い。
白い日差しは木の葉の間から今も変らず兎に降り注ぐ。
空ではチチチと鳴いて野鳥が何羽か飛んでいく。


ジャングルは広い。




…………………危険ってなんなんだ――――――――!!!!?







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