[携帯モード] [URL送信]
アリスの頼み事



話しをするのに立ち話はなんだからと言って、アリスと兎は暗い廊下を歩いていた。

明かりになるのはアリスが持っている飾台の三本の蝋燭と、廊下の壁の両側に等間隔に並んでいる小さなランプだけだ。
薄暗い明かりが照らす廊下の壁には隅の方に蜘蛛の巣が張られている。
見上げてみれば天井にも幾つか網目状の糸がランプに照らされて光っていた。
暗く長い不気味な廊下を、何故かアリスは楽しそうに鼻歌を歌いながら歩いている。
普通の女の子なら怖がるような暗い廊下を。
その隣で兎は唯黙って歩いていた。
これから起こる事に何か嫌な予感がして。




長い廊下を歩いて「ここだよ」とアリスが言った。
目の前には古びた、良く言えばアンティークっぽい扉がある。

この船どれだけでかいんよ……。


長い廊下を歩いてさすがに兎は疲れを感じた。
実際はそこまでも広い船ではないのだが、アリスが何度も道を間違えて回り道しまくった事は本人だけの秘密。
そんなアリスは息一つ切れてはいないのだが。

アリスは扉を開けた。
ギイっと軋んで扉が動く。
部屋の中を覗くと真っ暗で何も見えなかった。
部屋に入ったアリスが入り口のすぐ近くにあるスイッチを押すと、天井にあるシャンデリアが鈍く部屋を照らした。




アリスが促して連れてきたのは少し広めの応接室らしき、テーブルと椅子があるだけの部屋。
装飾品は全く無い。
壁紙もいたってシンプルなもので色褪せているし、端の方が少し剥がれかけている。
蜘蛛の巣は張られてないようだが、代わりに壁やら床やらいたる所に染みが目立った。
さっきまで歩いていた廊下よりはマシだ、とは思う。
しかし、部屋の中も照明もあまり明るくなく、何とか部屋の様子は分かる程度で、少し離れると相手の顔も薄暗くなり表情が覗えない。
応接室と呼ぶには客に失礼な気がした。
ひとまず使えるように応急的に掃除をしただけの部屋、という感じだ。
アリスの説明によると、「ごめんね、手をつけてない所がたくさんあって、順番に模様替えしてるのよ。」との事。
手をつけたところでこのボロボロなのがどう変わるのだろうかと思ったが、兎はあまり深くつっこまない事にした。

崩れはしないのかという不安が襲ってきたが、ここまで来て引き返す事もできないので、アリスについて行って部屋に入った。
ありすが飾台を壁に掛けに行っている間に、椅子になんとかよじ登って座った。
が、テーブルから頭だけが出ているというのがかなりかっこ悪かったので、更にジャンプしてテーブルの上によじ登った。

アリスが反対側に座る。




蒼い瞳がこちらを向いて、兎と目が合ってにこっと微笑んだ。




「あのね、うさぎさん。アリス、うさぎさんにしか頼めない事があるの。聞いてくれる?」
アリスは両手を胸の前に組んで上目使いで兎に問うた。

呆れた。まず呆れた。ひたすら呆れた。究極に呆れた。

長い長い、長い溜め息をついた。
肺の空気をすべて出しきるのではないかと内心アリスが心配していたぐらい。
兎にとっては無意識にしていた事で、アリスが余計な心配をしていた事には気付いていないのだが。


頼み事だって?アリスの仕事は兎を追う事だろ。
その兎に頼み事なんて。するか普通?あぁ、普通ではないからいいのか。
そうなんだな。そうなんだろ。

「何したらいいわけ?」

かっこ良く髪をかきあげて(兎の姿では唯の毛繕いだが)眉間に皺を刻む。

めんどくさいのはごめんだ。
……だが、時と場合によってはそれも変わる。
こんな状況では思考回路は形を変化せざるを得ない。
臨機応変ってやつだ。俺の思考回路かなり柔軟にできているらしい。だから天才って呼ばれるんだよ。(一部かなり余談)

てな訳で、こんな場合は面倒事をさっさと終わらせてお暇するに限るのだ。
俺は元のウルトラビューティーでクールな高校生に戻るんだ!(一部かなり余談)

「お願い、聞いてくれるの?」

ぱあっとアリスの周りが明るくなる。
目には星、バックは花という何時の時代の少女マンガともとれる様なワンシーン。
兎の中に少し後悔が生まれ始めた。

「……内容によっては…な。」

目線を逸らし何とか言葉を濁した。

無理な事はしたくてもできねぇんだから。仕方ねーだろ。
冷たい言い方だって思うなよ。

目をそばめるとアリスは微笑んでいた。
普通に。ごく自然に。

「この船は大きいけどぉ、アリス今迄は小さな飛行船で一人旅してたの。それで、簡単に言うと、アリスの旅のお手伝いをしてほしいんだけど、…どう?」

どう?じゃねーよ。
一人旅がどうしたんだよ。意味わかんねーし。
今聞いてどうすだ。内容になってねーって。
まだ話しの序盤だ。

「…で?」

視線だけで訴えてみた。
気づいたら嬉しいな〜〜程度に。
アリスは慌てて続きを話し出す。

「ええっとぉ、それで、まずはいろんな所に行ってもらうんだけど……どう?」

だからそれだけじゃ分かんねーから。
何処に行ってどうしろってんだよ。
……まだ中盤。

溜め息が出た。自然と眉間の皺が深まる。
アリスはまた慌てる。

「うーん、そこで、アリスが頼んだ物を持ってきてほしいの。………どう?」

……意味分からないんスけど。
どこが「簡単に言うと」?どこに行くわけ?兎姿で。
兎に何ができると思ってんだ。どうやって、何を持ってこりゃいいんだよ。


ああああああああぁぁぁ―――――、めんどくせぇ。


兎が何も言わないのでアリスは話しを続ける。

「あのね、行くのは簡単よ。アリス、移転魔法使えるから。…行くのは、ねっ。帰って来るのがちょこーっとだけぇ、難しい、かなぁ〜?」

アリスは微笑みながらかなり恐ろしい事を言うのだった。
兎は呆れてツッコミを入れるのを忘れていた。

おいおい…。
このか弱い(俺はか弱いんだ!軟弱じゃあない)兎に何させるわけ?移転魔法って何だよ……アニメの見過ぎだぜ。ガキが。
そんな事より、それだったら帰り方も用意しろよ。
移転魔法ってのが使えるんなら帰る事できねーのか?どれだけの距離を移動しろってんだよ。
兎なんだから靴履いてないし。俺の美しい爪がボロボロになっちまうぜ。
あ、よく考えたら今の俺、服着てねーんだ……。きゃー恥ずかしーいーっ(棒読み)俺の服どーなったんだろ。パンツぐらい残しといてくれてもよかったのに…。はぁ…。

やはり兎が何を考えていようと気にも止めずにアリスは続けた。

「それで、持ってきてほしいものっていうのが、実は―……うさぎさん、なの」

うふっとかいう効果音がつきそうな笑顔でアリスは言う。

…はぁ?うさぎ?兎は俺だ。
しかも兎なんてどー探せってんだ。
兎狩りなんてしたことねーし。したくもねーし。一応仲間(?)なんだし。

兎は“兎”が少し板についてきたようだ。

「でもね、普通のうさぎさんじゃだめなの。アリスの探してるうさぎさんは時計を持ってるのよ。あなたは時計持ってないじゃない?間違えちゃったのよ。ごめんね?」




兎の身体がピシっと固まった。


………………はぁ?


アリスは上目使いで兎を見つめる。
が、兎の怒りは光の速さで身体中を巡る。止まらない。


間違えただぁぁああ〜〜?そんなんで済ますな!
それで何で俺がそんな事しなきゃいけねーんだよ。関係ねーじゃん。自分で解決させろ。


そういえば、

「なんで俺がここにいるわけ?」

話しが少しずれているが気にしない。


眉間に皺を刻み、額に血管を浮き立たせて兎は問うた。
空気が凍るような睨み。少しだけアリスは怯む。

「う〜ん〜〜、話すと長くなるんだけどー、あなた、「卯紗義」さんでしょ?兎じゃないけど、「うさぎ」には違いないから、いいと思ったの。なんとなく、時計も持ってそうだったし。でも、人間のままじゃ反則だと思ったからね、卯紗義さんを“兎”さんに変えちゃったの〜」


………は?










――――――時はさかのぼり五時間程前。


卯紗義の短い睡眠時間の中でも一番深い眠りに入った頃。
夢を見る訳でも無く、ただただ暗い世界が広がっていた。
その中でも卯紗義は目を瞑っている。
何も無い、“完全なる無”の世界。


 …―…………――…


遠くの方で何かが聞こえる。
無の世界の外、それよりもっと遠く。
卯紗義の耳には殆ど聞こえていない。
何せ卯紗義は無の世界の中でさえも眠っているからだ。


 …――……―…―――…


音はほんの少しずつ近づいている。
ゆっくりと、真っ直ぐに。
無の世界に向かって。

 ――…―――……コツン………コツン

音が止んだ。
無の世界と、外の世界の境界線までやってきたらしい。

 コツン………コツン………コツン……

動いてはいるのだが近づいてくる気配はない。
音の主は世界の境界線に沿って歩いている。
規則正しいリズムで小さな音が両世界に響く。
暫くして再び音が鳴り止んだ。
コンコンっと軽いノックが響き渡った。

「御邪魔しますよ。」

キィッという高い音と共に、高くもなく低くもない声が“無の世界”に静かに響いた。
卯紗義は眠り続けている。
そしてまたゆっくりと、音の主は規則正しくリズムを刻んでいく。

 コツン……コツン……コツン

遂に足音は眠っている卯紗義の元まで辿りついた。
卯紗義は身を縮めて膝を抱えた状態で眠っている。(しかも宙に浮いている。)

「はじめまして、卯紗義さん。」

眠っている卯紗義に向かって礼儀正しく優雅に御辞儀をする。(傍から見れば少しマヌケ。)
漆黒のマントが翻る。
マントに付いている装飾品が小さく音を響かせた。
勿論卯紗義が目を覚ます気配はない。

「貴方を御迎えに参りました。」






[*back][next#]

3/11ページ


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!