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不思議な国



鉄と油の匂いで意識がはっきりした。
いわゆる機械の匂い。
遅れて木造建築特有の森の匂いが鼻を通る。
遠くの機械音が微かに聞こえる。辺りは湿った空気が漂い、少し不快感を覚えた。


ここは何処だ?
俺は何をしていたんだ?
どうやってここに来たんだ?
何が何やらわけわかんねーよ……。


頭の中が台風のようにこんがらがっている。


……とりあえず、頭の整理をしよう…。



まず、どうやってここに来たのかを思い出すために記憶を辿ってみる事にした。


えっと昨日は、いつもは食べないのに珍しくめんどくさい朝飯(と言ってもコーヒー一杯)とって。
いつもどーりめんどくさい学校へ行く支度(と言っても洗面だけ)して。
いつもどーりえらく遠い(と言っても歩いて10分の)学校に行って。
いつもどーりクラスの奴とのめんどくさい付き合い(と言っても学校内で多少話をする程度)をして。
いつもどーりの道順で家に帰って。
いつもどーり時給の安い(と言っても時給950円)のバイト行って。
いつもどーり店長にえらく長い(と言っても一言か二言)説教をくらって。
いつもどーり家の隣の酒屋でえらく高い(と言っても150円)ビールを買って。
いつもどーり冷たい(羽毛布団の)ベッドに腰を下ろしてビール飲んで。
いつもどーりの短い睡眠(と言っても7時間)をとって。
いつもどーりのめんどくさい朝を迎えるはず…………………………………………だったのに。



なんかここ暗いし…寒いし…鉄っぽいし……床はコンクリかよ………。


結局辿ってみた記憶は途中で途絶えていて、何も覚えてはいなかった。


何も見えない暗闇の中では、少なからず不安と恐怖が頬を撫でる。
今居る場所が何処なのか分からないなら尚更。
焦りは禁物、こういう時はその場から動かないのが第一だ。


しばらく経つと、目が少し暗闇に慣れてきた。
自分の姿影ぐらいならぼんやりと見えるようになってきたようだ。

地べたについた手から感じるのは無機質なサラサラしたコンクリート。
だんだん辺りの雰囲気がのみ込めるようになる。
自分の周りに何かないか、手探りで探してみた。

暗がりの中、地面についた手が何かに触れた。
それが厚めで柔らかい布の様な物だということが分かった。


なんだ、毛布が置いてある。
誰の気遣いか知らないが、ありがたいな。


寒さを凌げそうな物が見付かったが、少し湿気ているようでカビ臭い。
使うのを諦めようと思ったが、それでも寒さは一向に和らぐ気配を見せようとはしない。
無いよりマシだと自分に納得させて毛布を使う事に決めた。


さみっ……。


小さく溜め息を漏らし、毛布を掴もうとする。


???


………が、掴めない。
指の感覚が常のものでない事に気付いた。
器用に動かす事ができない。
グーとパーはできてもそれ以外は力がうまく入らなくて困難に感じた。
これでは、じゃんけんで相手がパーを出している限り永久に勝てない。
パシリ選抜じゃんけんを開催されたなら、小銭を持って学校から一番近いコンビニまで走ることになるのは確実だ。

…………少し余談。



掴めない……。


あれ?
俺の腕、いつの間にこんな太くなったんだ?
しかも…、なんか毛深いし……何でこんなワイルドな体になってしまったんだ……およよ。


太く短い手で無器用に眉間を押さえてみた。
というか手が届かなくて、押さえたのは鼻の上辺り。
あからさまに不格好だ。
この光景を見ていた人がいたなら、思わず噴き出して原を抱えて笑っていただろう。


手、手、手が………

何で肉球があるんだ?
ぷよぷよしてるし………。
き、気持ちいいぜちくしょぉ…。


落ち着いているように見えるが、実際の所、彼には冷静さなど微塵も残っていなかった。

もしも、ふと気付いたら自分の手が獣の様になっていたらどれ程おぞましい事だろうか。
笑える状況ではないはずだが、ここは人間、どうしようもない時は泣くか笑うかのどちらかである。
楽天家という性格はこういう時に役立つものだ。


そりゃあ毛布も掴めないはずだよな、あはは…………って、



さ〜〜み〜〜し〜〜〜い……………。



彼は少々思考に異常をきたしているらしい。人格が壊れかけている。


何だよこの手は…。
あ、あれ?
もしかして、足…もか?
足もなのか?
異様にデカイし。
…やっぱ毛深いし……。
俺の体どうなってんだ?


寝起きの眼に視力が回復してくる。
しかし、常の様な鈍さがない。
二ヶ月前にあった視力検査では、確か両目0,4だったはずだ。
検診ミスでなければ。
そしてプラスαで後頭部に痛みを感じる。
何故かそれに気付くのは遅かった。
タフなのだろうか、それともただ単に鈍いだけなのだろうか。


ぼんやりと周囲が見えるようになってきた。


部屋の中は意外に狭かった。
コンクリートの壁が手に届くところにある。

後頭部の痛みが脈と共にズキンと伝わった。



………頭痛い…。
どっかで打ったのか?
何時の間に…。
えっと、この辺り………??


前方から後頭部にかけ、太くなった手を伸ばす。
ズキズキと痛む後頭部をさすりながら、一つの疑問が生じた。

俺、耳どこいったんだ?
手が変になってるから感覚がよくわかんねぇ。


顔の横にあるはずの耳が無い。
確かめる為に頭を撫でてみる。更に疑問は生まれる。


ってゆーか(死語)、頭のこれはなんなんだ?
てっぺんになんか……はえてるし………。


視界が広がり部屋全体が分かるようになった。
何かに気付き、後ろを振り返って狭い部屋の壁に掛けられた鈍く光る物に目を向ける。


あ、なんだ。


光っていたのは壁に掛けられた少し大きめの鏡だった。
端にヒビが入っている。

鏡、あったんだ。気付かなかった。
頭のこれ、見てみんと……。


四つん這いになって鏡の前まで行った。
鏡は埃やら何やらで曇っていたので、自慢の肉球の前足(手だよ…)でキュキュッと拭いてみた。
鏡は輝きを取り戻す。


それに、俺様の美しい顔に傷でもついてたら、嫁(婿?)に行けねーしな〜。

ははは――………―――……………はぁ!!?



目を大きく見開いた。
これでも足りないというぐらい。
あまり大きくない目の黒目が完全に見えるぐらい。
飛び出しそうなぐらい。
人間じゃないぐらい。


なんじゃこりゃあああぁぁぁ――――――――――――



目の前の現実は皮肉なものであった。
遂に彼は頭を抱えて蹲ってしまった。


みみみ耳生えてる頭に!!
こ、この長い耳にでかい足……、白い毛ってことは…………う、兎!!?
じゃあここ牢屋っていうより兎小屋なんだ。ああそうか。
………じゃねぇよ!!!
なんで俺兎なんだ!?ああわかった俺卯年生まれだから……って理由になってねぇ!!
もうマジで分けわかんねぇ!
さっきから一体、

肺に大量の空気を送り込んだ。
そしてそのまま吐き出し声にする。


「なんなんだ―――――!!!」


予想外に声は出るようだ。
相変わらずの自分の声。
男としては標準的な高さなのかもしれないが、人が聞く自分の声(自分の声を録音して聞いたら「うわ、これ誰やねん」ってなるあれ)はそう高くはないらしい。


喋る兎か……。

きゃーあ、怪しいオークションに出されて見せ物にされて、高額で売られちゃーう。


虚しさに肩を落とす。


とりあえず、落ち着け俺(落ち着いていられるか。兎になってんのに)鉄格子なんてあるし(やっぱ牢屋なのか?)出られんのか?ここから(無理だな)あーめんどくさい……どうでもいい。知ったこっちゃないよ(自分の事だけど)なるようになればいい。(また始まった。俺の悪い癖。)








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あきゅろす。
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