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不思議なアリス




カツカツとコンクリートを打つ高い音が聞こえた。
音の主はだんだん近付いてくる。


『おはよう、うさぎさん。』


高い声と共に急に明かりがついた。
眩しくてとっさに手をかざしてみたが遅かった。
視界が奪われる。


眩しい…。
誰だよこのアニメ声。
聞いた事ない声だ。
知らない奴か。
ってか眩しいんだよ。
ライト当てんな。
逆光でお前の顔も見えねーよ。
別に見たからどおってもんじゃないけどさ。


高い声の女は兎の反応など気にしない様子。
「気分はどぉかしら?よく眠れたかな〜?」

語尾ののばし加減が嫌に耳にさわる。
不快さに顔を歪めた。


気分?
こんなとこで眠ってたらいいわけねーだろ。
最低だよ。
俺は最高級の羽毛布団じゃねーと安眠できない体になってんだから。(大嘘)

高い声の主は細い腰に手を当て、これまた細い首を左に傾けた。

「う〜ん、まだ眠そうね。でも、もうごはんの時間だからぁ、目を覚ましてね?」

声の主は少し勘違いをしているようだ。




喋るなうぜぇ。
腹だって減ってない。
晩飯2時に食べたんだから。

「今日のごはんはね、うさぎさんの大好きな〜〜〜〜〜〜〜〜〜、に・ん・じ・ん・ですv」


―――俺の一番嫌いな食べ物だよ。
誰が食うか。
とにかく喋るのやめろ。
そんでライト当てんのもやめろ。
……鬱陶しい…………


「あれ〜?うかない顔してるなぁ〜。ああ、大丈夫よ。このにんじんさん、ちゃんと(石鹸で)洗ったやつだから。そ・れ・に、うさぎさんの為にすっごく高級なおいしーいにんじんを用意しました〜!」

勘違いはまだ続いている。
人参独特のきつい匂いにはソープの変にいい匂いが混じり、葬式にウェディングドレスで来てしまった様な、そんな空気が辺りを覆う。


大―――きなお世話だ。

どれだけ高い人参だろうと、人参には変わりないじゃん。


ふれくされている事にもアウト・オブ・眼中で、勘違いは続行された。

「はい、めしあがれv」
にっこりと悪意のない笑みを浮かべ、丸皿にてんこ盛りの、人参ソテーを差し出す。
バターの匂いも加わり、もう何の匂いなんだか分からない。
鼻が効きすぎているからかもしれないが。


人参なんか食わないんだって。


「あれ〜?食べないのー?あ、もしかしてにんじん嫌いなのー?」


ああ食わねーよ。とっとと引っ込めてくれ。見てるのも嫌なんだ。


高い声の主は口を尖らせ皿に盛られた人参を一口摘む。躊躇う事なくモグモグゴックン。(石鹸で洗ったやつを)


「せっかく持ってきたのになぁ〜っ。悲しくなっちゃーぅ。ねぇ、何とか言ってぇうさぎさーん!」


高い声の主は弓型に整えられた眉をハの字にして寄せた。
口は相変わらず尖っている。


兎は普通喋らねぇだろ。常識を知らないのかてめーは。


「ねーぇ、うさぎさんっ、あなたの声が聞きたいの!」


諦めろうぜぇ。


考える事さえ面倒になる。だがそんな考えとは裏腹に高い声は止む事を知らない。




「あーんもう、アリスがこんなにお願いしてるのにぃ〜っ!!」


長い耳がピクッと反応する。

『アリス』という言葉に。

改めてそのアリスを見上げる。


アリス?こいつの名前アリスかよ。(まぁどーでもいーんだけど)しかもこいつよく見たら、長い金髪にエプロンドレスって……まんま『アリス』じゃん。
兎だっているし…(俺なんだけどさ)

「ねぇ、にんじん嫌いのうさぎさんっ。アリスのお願い聞いてくれないとぉ、アリス怒っちゃうよぉ?」

アリスは白い頬を膨らませる。ぷくっと膨れた頬が少し紅潮している。


勝手にやってろよ。…否、どっちかってとうぜぇからやめろ。

兎はアリスから視線を反らして視界に入れようともしない。


「もぅ、アリス怒ったんだからぁ!どうなっても『アリス』は知らないからね!」

兎は呆れてものも言えない。…初めから何も言ってないが。


うぜぇ勝手にやって…………




チラッと横目でアリスの方を見た。
視界に黒いものがあった気がして、何かが違う事に気付きもう一度、今度はしっかりと見やる。
瞬きもしてみる。
両手で擦ってもみた。


え…おい待て。こいつ『アリス』のはずだろ?さっきまでエプロンドレスでばっち決めてたじゃん。


青と白のエプロンドレスとはうって変わって、黒一色に染まった露出度の高い服。
雰囲気…否、目付きが違った。
アリスと同一人物と認めるのは長い金色の髪と、澄んだ蒼い瞳(目付き違うけど)ぐらいだった。


なんで女王様みたいなコスプレしてんだよ。…鞭持ってるし。こいつ、猫被ってやがったのか!魔性の女め!猫被りめ!物語のアリスは猫被りなんかじゃないんだ!



兎の思考回路は少しずれていた。




ピシッと体の奥に響く音を立て、鞭が踊る。


兎はその音で正気に戻った。ってゆーか妄想の世界から帰ってきた。

「……可愛い白ウサギちゃん、アリスと一緒に遊びましょ?」


それは確かに目前のアリスが操った物だった。
妖しい笑みを口だけ浮かべ、アリスは今までとは全く違う落ち着いた声音で言葉を紡いだ。


「長い間閉じ込められて、退屈してたわ。久しぶりに出てこれたと思ったら、『アリス』ったらいい物を置いといてくれたのねぇ」

フフッと笑って兎に一歩ずつ近寄ってくる。
全身に鳥肌が立って(そんな気分。兎だし。)震えが止まらない。奥歯がガタガタと鳴っている(兎だからないけどそんな気分)。

な…何だよこいつ、え●●●女王!!?(お好きな効果音をどうぞ。『ピヨ』がお薦め)
俺はMじゃねぇ!痛いのはすっっっげー嫌いだ!!

兎は猛ダッシュで駆け出した。鉄格子におもいっきり体当たりした。
すると、ガチャッと少し錆び混じりの音がし、格子の扉はギイッと鈍い音を立てながら動いた。

あれ?開くじゃん、この扉。なんだよ逃げれたのか。まぁ、ラッキーって事で。

勢いそのまま扉を力任せに押し開き、アリスの脇を風の様に駆け抜け、真っ直ぐに伸びた暗い廊下を前へ前へと進んだ。

その様子を見て妖しい笑みを浮かべた。兎の後を追う冷たい金色の声。


「何処へ逃げたって駄目よ。アリスが地の果てまで追い掛けてあげるから」

確かに聞こえるアリスの落ち着きのある声。
息一つ切れていない。
それに、声はやたら近くに感じる。恐ろしくて後ろを振り返る事はできないが、それでも反応する腕の鳥肌(言っておくけど気持ちね)。全身の毛が逆た立つ(言っておくけど、…ね)。


ありえねぇ。ぜってー止めろ。それよりアリスの名を語るな。アリスが汚れる。
あー……、超走りにくい……。本気出せない。


自分の走る姿に違和感を感じた。


あぁ、そうか。
今は兎なんだ俺。二本足じゃあ走りにくいわけだよ。

そういうわけで、手(前足)も使って走ってみる。
走りにくいものかと考えていたが、やってみれば結構簡単だった。体が勝手に順応してくれたらしい。
速度は急激にます。風が頬を撫でる。

早い。瞬速だ。


アリスがふふふっと笑う声が静かに響く。鳥肌が広がっていく。(言っておくけど、…もういい?)


「あらあら、ウサギちゃんたらとても足が速いのね。でもアリスだって負けないわ。追い掛けっこは大好きよ」


アリスも足を速める。やはり息は切れていない。

追い掛けてくんなチクショウっ。普段こんな走んねーから疲れるんだよ。

言い訳をしながらも手足の感覚は麻痺する。
速度が落ちるのに反比例して悔しさが沸き上がってきた。

あーほらもう疲れてきた……。頑張れ俺ー!!

気合いだけでスピードが上がった。右カーブにさしかかって、速度を落とさずに走り抜ける。次第にアリスとの距離が開いてきた。硬いブーツの底が床を打つ音が遠くなる。


「まぁ、こんなに足の速いウサギちゃんは初めてよ。アリスとっても嬉しいわ。でもアリス疲れちゃったし。だから、少しズルさせてもらうわね…」


そう言うアリスの息は上がっている様な気配はない。
懐から何かを取り出した。
手乗りサイズの赤いスイッチ。


何だってんだあのアリス……。

踏みつける木製の床がミシミシと鳴る。
廊下の床には所々穴が空いている。
それを避けながら走っていたために周りを見ていなかったが、横目で辺りに視線を移すと、暗い廊下の壁は塗料が剥げていたり穴が空いていて中の部屋が見えていたり、一言で言えばボロボロだった。


この廊下何処まで続くんだよ。
壁には変なボタンとか、赤とか黄色のランプとかいっぱいあるし。
チカチカ光ってるし。
例えたらハ●ルの動く城か?ラ●ュタか?あー、FFのが……。
まぁ、そんな事はどーでもいい。
結局アリスと追い掛けっこを始めてしまったのか…。

て事はこの後……


頭の中を巡るアリスの物語。

そう、この後は



「ごめん遊ばせ」



アリスは妖しい笑みを浮かべている。




ああぁぁぁ――――!!!この後は―!!




「ぅっ……ぐっぁ……っ」




自然と喉から呻き声が出てしまった。内蔵がえぐられる様な感覚(経験ないけど)。

見上げれば兎なら入れるぐらいの小さな穴がポッかり空いていた。



気持ち悪ぃ……。こんなんありか?落とし穴だなんて…。物語そのまんまじゃん。もっと早く気づけばよかった。



次は何が起るんだ?この後兎は……


またアリスの物語が頭の中を巡る。今度は少し長めに。………はっきりした答えが見つからない。


何だっけ?兎って…、この後消えるじゃん。おいおい…。

脱力感が身体を襲う。追い討ちをかけるように落下速度が増してゆく。

が、兎は少し考えてみた。

その結果。


じゃあ逃げ切れるって事か。やった〜…ヤッタ〜ッタ〜(木霊)



ああ、この穴何処まで続くんだよ…。

死―――ぬ――――――………




瞼を閉じる。自分の死期を認める。

父さん、母さん…、俺死ぬみたいだ…
今まで育ててくれてありがとってうわ!!痛ぇ!肘打った!最後ぐらい感傷に浸りたいというのに……。

ズキズキと響く腰の痛みに絶えながら、瞼をゆっくり開けた。自分と穴壁との距離が近い気がする。

え…、なんかこの穴どんどん狭まってんじゃん。


肘と膝が壁に思い切り擦った。穴は兎の身体をギリギリ通すだけの幅しかない。
さすがに人間が通り抜ける事は出来ない。
こういう事も(どういう事か知らないが)あろうかと動物捕獲用に用意されていたようだ。準備周到、侮り難し娘・アリス。



わっうわいてててて――!

摩擦もあって擦り傷の上に火傷もしているようだ。痛みがジンジンと身体全体に伝わる。途端、狭い穴は角度を持った。腰と背中がズズズと大きな音を立てている。

斜めってきた…。斜面だ。このままいけば何とか落下死だけは防げるかも。


落下の速度が目に見えて緩んできた(と言っても背中の摩擦熱はすごい)。腰の痛みが強まる。

腰痛ええ〜!で、でも我慢だ。生きる為だから仕方ない。

地面と思しき所に足が着いた。膝を折り曲げて衝撃を吸収して着地する。が、



ボテ



勢いがありすぎて前方にのめり込んでしまった。(ださっ)




な、何とか生きてるみてだ……。何だよここ。
暗いし寒いし鉄っぽいし……ん?この台詞前に誰かが言ってたような…。


立ち上がり、ぐんと背中を伸ばした。ゴキッといい音がしてすっきりする。答えが分かった。

あ、俺だし。(まじ一人つっこみ極めてるぜ俺)

兎は辺りをきょろきょろと見回した。

ここ、最初にいた牢屋だ。何で?アレだけ落ちたのに……。大量の人参だって御丁寧に置いてあるよ。…カビ臭い毛布も。

やるせなさにため息が出た。白く辺りに広がり、姿を消す。

「寒ぃ。」

小さなくしゃみが出た。一回。誰かに貶(けな)されているらしい。

ここ、一体何処なんだ?何で兎になってここにいるんだよ?誘拐でもされたのか?

顎に手をあて、うーんと唸ってみる。行動にあまり意味はないが。答えはなかなか見つからなかった。

あ、そういえば昨日は暑かったから窓開けっぱにしてたっけ。
うちに金なんか無いもんだから仕方なく俺を変わりに連れ去ったわけだな。
否、それはどうでもいいとして(どうでもよくないが)、何で兎なんだ?兎うさぎウサギ………。

嫌な予感がした。大した事ではないと思う。
大した事のような気もする。
思い出したいけど何故か思い出したくない、そんな絶妙さ。



あ………お、おおお俺の名前……
「卯(う)紗(さ)義(ぎ)」だぁ―――――!!!


頭を両手で抱えて天を仰いだら、そのまま頭から倒れ込んでしまった。なんと無様な光景なのだろうか。(五月蝿い)

うちのアホなおかんが、俺が卯年生まれだからってそんなふざけた名前つけたんだ……(「兎」と名付けられなかっただけはありがたい事実)。
あぁ…自分の名前を忘れるなんて…。
遂に俺もホンマもんの阿呆に……。
しかも、馬路で兎になっちゃったしさぁ……。
……情けないぜ。


自分のアホさ加減に涙する。(泣いてなんかないぞ!)
……ちょこっと涙が出た。(う、嘘だ――――!)
……これは本当。



こんな格好、クラスの奴(あの三白眼の金髪、外見の割に頭は良くて常に学年トップ。あいつの名前、なんだったっけ?)が見たら腹抱えて笑うんだろーなー。
そこが教室とか廊下とかグランドだとしてもお構いなしに、転げまわってヒイヒイ笑ってそうだ。

あとあいつ(あれ?あの背が低くて眼鏡かけた三つ編みの学級委員長兼飼育委員長なんて名前だ?)が見たら目の色変えて飛びついて来るだろうな。
頭撫でられたり頬擦りされたり肉球触られたり、終いにゃももちゃんとかかわいらしい名前を付けられそうだ。

兎になってもいい事なんて何にもねーじゃん。

俺の人生、いい事なんて何も無い。




はぁっと溜め息をつくのと同時に、聞き覚えのある今一番聞きたくないあの高い声が耳に入った。


「あら?うさぎさんたら何時の間に帰って来たの?」

びくっと無意識に身体が反応した。息が詰まった。

げっ……アリスだ…追いつかれたのか?

青と白のエプロンドレスに金色の髪。
そのキラキラ光る頭の上に白いヒラヒラレースが何段にも重なっているヘッドドレス。
小首を傾げて見せたその姿はまさに物語に出てくる『アリス』だ。しゃがみ込んで兎と視線を合わせる。

「アリス、とっても心配したの。」

…あれ?『アリス』?喋り方も元に戻ってるし……。
しかも「何時の間に」って…、お前が落とし穴に俺を突っ込んだ癖に。このやろう。

睨みつけてみたが全く気にする事なくアリスは笑っていた。

「アリスってね、頭に血が上ると気を失う事があるのぉ〜。まぁ『アリス』がいるからいいんだけど、アリスはちょっと乱暴だから、アリス困るのよね。」

意味の分からない単語と『アリス』という言葉を淡々と並べられ、頭の中はパンク寸前。

はぁ?アリスがアリスでアリス?アリスがいるから?何言ってんだこいつ。
早口言葉か?自分の名前連呼しやがって。
てめーはてめーだろ。しらばっくれんな。

アリスは、やはり目の前の兎が何を思っていようと気にしていない。

「ごめんねうさぎさん。怒らないでね?アリスに悪気はないと思うの。唯ね、ちょっと変わった人だから…。」

ちょっとで済むのか…?
●す●●(お好きな効果音をどうぞ。「ピヨ」が特にお薦め)女王じゃん、あれ。
かなりあぶねーし。悪気がなかったら何してもいいのかよ。
世の中甘くなったもんだぜ。全く。

「………二重人格?」

仕方なく声を出してみた。

あーめんどくせ。喋るのあんま好きじゃないのに。

わざとだが大人ぶった声。

「わっ、うさぎさんたら意外とハスキーな声なのねっ。アリス嬉しいわぁ©でも残念ね。アリスは二重人格だけどぉ、普通の二重人格とはちょっとだけ違うのよ。ちょこっとだけややこしいんだけどぉ、「アリス」っていう人間が、一つの身体に二人はいっちゃったみたいなの〜。」

アリスはジェスチャーもつけて説明しているが(逆効果?)兎は全く理解出来ない。
頭の中を整理してみる。

意味不明……。てことは何?不思議の国のアリス(もどき)と女王様アリスは別人で、ただ外見(と言うか何と言うか)が同じで、それは一つの身体に主が二人いるから傍から見れば二重人格に見えるってわけか。

……要するに二重人格なんじゃん。どこが違うんだ。まぁ、俺にはどーでもいい事だけど。


それより、穴に落ちたのに逃げれてねーじゃん……。これからどーすんだ俺……。

アリスに視線を向けると、アリスは満面の笑みを浮かべている。



何か嫌なものが脳裏を過ぎった。

ざっと血の気が引く音がする。

指の先が冷たい。



……俺、冷え性だったっけ?

背筋に一筋の冷たい汗が流れた。








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