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アイ~深い、愛~



一か八かの賭けだったが、どうやらうまくいったらしい。片方だけとはいえ、サスケは輪廻眼を開眼させた。
唯一同じ直巴を持っていた彼の眼は、ストックとしてこれ以上ないくらいの価値がある。
なぜ急にここまでの成長を遂げたのかは分からないが、軌道修正さえすればマダラの計画にそこまでの支障はない。
対峙する少年の眼は、暗く重い闇が窺える。どこまでいってもうちは一族はそういう運命を辿るのだろう。
失った弟達を思い浮かべる。サスケも、大切な人を失ったのだろう。
彼を貫いた時、一瞬感じた不思議な痛みは、今はもうない。
胸の痛み、苦しみ、悲しみ、そんなものは必要ない。
マダラに残ったのはイズナを守れなかった深い絶望と、世界に対する怒りと憎しみだけだ。
この世は余興に過ぎない。友がつくった世界は謂わば失敗作だ。だから影が出来、そして闇が生まれる。犠牲が当然だと宣う者は、所詮光の当たる場所しか知らぬのだ。闇を歩かされた者の心など、その傷跡など、虫けらほどの価値もないのだ。
光の中にいる者は知らず影をつくり、影を虐げ、影の犠牲の上で生きている。
マダラに立ち向かう二人の少年は、おそらく対となっている。合わせ鏡、正反対。
一方は影を脱出し、光へ辿り着いた。もう一方は、光から影へ追い遣られた。
うちはサスケ。彼はこの世が生み出した影そのものだ。彼は愛を知っている。あたたかい温もりを知っている。だからこそ、それを失った時の絶望は計り知れない。
おまえも、愛を失ったか、サスケ。
失敗作の世界は多くの犠牲で溢れ返っている。生み出された影がまた新たに影をつくる。負の連鎖は止まらない。
だから、俺がそれを止めてやる。
争いのない世界、誰も犠牲にならない世界、家族が幸せに暮らせる世界、愛する者を失わなくてもいい世界。それを今度こそ、実現させてやる。
同じ思想を持っていた部下はかつての自分に似た光の者の言葉に未来を託した。マダラの味方は少ない。だが、たとえ間違えていたとしても、止まるわけにはいかないのだ。
本末転倒だと、いずれ闇になると助言したのに、世界は変わらなかった。そして結局、また新しい負の芽を育んでいる。
こうする以外で、闇を救うことができないのだ。
イズナ。俺がすべてを正しい方向に導く。今度こそ。
そのために邪魔なものは封印してきた。思考を鈍らせるものは切り捨てた。
だからもう、終わりにしよう。







夢を見ていたサスケは、うっすらと目を開けて視線だけを彷徨わせた。
体はもうほとんど動かせない。ここまで来るのに最後の力を使い切ってしまった。
もう、死期は近い。呼吸すらままならないのだ。
イズナ、もうじきそちらへ逝く。
彼の墓の側に横たわったまま、サスケはイズナの刀に懸命に持ち上げた指を這わせた。錆びた刀身がサスケの指を傷つけることはなく、まるでイズナの優しさが宿っているようだ。
少しの動作でもどっと疲れ、サスケは目を閉じた。


「死ぬのか」


幻聴かと思ったが、サスケは目を開けずにはいられなかった。
いるはずのない人物の声だった。千手の族長が木ノ葉隠れの里の長、火影に就任してから間を置かず、里を出て行った男の声だった。
視線をずらしたサスケの頭上、こちらを見下ろしているのは、マダラだった。


「…なんで…」
「死ぬのか、サスケ」


なんの感情もこもらない淡々とした声音に、サスケはふっと微笑んだ。


「そうだ」


言葉を飾れない二人の、あまりにも素っ気ない会話。だが、サスケは最期にマダラに会えたことが、うれしかった。
彼が里抜けしたとき、一言も告げられなかった。それを少しだけ、根に持っていたのだ。
偶然でもこうして会えたことが、彼との繋がりをまだ感じられて、素直に良かったと思う。


「おまえは、なんのために生まれたんだろうな」


ぽつりと漏れた呟きは、皮肉でもなんでもなく、なぜ物は落ちるのかと不思議がる子どものように純粋な問いだった。


「弟達もそうだ。幼いのに殺されて死んだ。兄は弟を守る存在だと言うならば、俺もそうだ。なんのために生まれたのか。愛する女に、女としての幸せも与えられなかった」


真っ直ぐにサスケを見つめるマダラの瞳は、一つの揺らぎもなかった。躊躇いもなく紡がれた言葉に、おそらくなんの含みもない。
愛する女。愛していたのか、おまえは、俺を。


「…今さらだな、あんたは」


本当に、今さらだ。どうしたって、もうすぐサスケは死ぬというのに。
それでも、とても心はあたたかくなった。そして、決意も固まった。


「俺は、あんたやイズナに出逢うために、きっと生まれてきた」
「…女としての幸せも与えられなかったのにか?」
「俺がいつ子どもがほしいと言った?」
「だが、いつかは欲しかっただろう?」


そうだな、でも、それよりも。


「俺は…、アンタと対等になりたかった」
「………」
「背中くらい、守ってやりたかった。男になりたかった」


話疲れて、そろそろ限界を感じていた。それを感じ取ったのか、ただ聞き取り難かったのか、マダラは膝をついた。


「マダラ…俺は、きっと次は男になって生まれるだろう」
「…それでは、また結婚はできないな」
「あんたは、俺が男だったら愛せないのか?」


馬鹿を言うな。マダラはサスケの髪を梳いた。


「だがサスケ、俺は強くない。今まではイズナやおまえがいた。だが、もう俺には何もない。いずれ世界を敵に回すかもしれない」


マダラの中の冷たい何かを、サスケは思い出す。それこそ、彼女の決意だった。


「マダラ、もしあんたがイズナの守ろうとしたものを無にするならば、俺があんたを止める」
「………」
「俺はあまりにも無知だ。戦も守られてばかりで、何もできなかった。だから来世では、すべてを知って自分で答えを見つけ、そしてマダラ、あんたが間違えたというならば、俺がちゃんと止めてやる」


そして、その暗く冷たいものから、解放してやる。俺がそれを引き受ける。
髪を梳いていた手を止め、マダラはサスケの頬に手をあてた。
サスケ…おまえはどこまで俺を見抜いている?


「サスケ、俺にとっておまえは、弱点といってもいい存在だ」


大切な人。だが、サスケの死はイズナとは違う。イズナは奪われたが、サスケは病で死ぬのだ。そこには恨む対象がいない。サスケを失って遺るのは純粋すぎる想いだけとなる。
その想いが、マダラを鈍らせる。そのことに、とっくに彼は気付いていた。そして、それを切り捨てる覚悟をしていた。


「俺はおまえという存在を封印する。次におまえが俺の前に現れたとき、俺は躊躇いなくおまえの心臓を刺せるだろう」


頬に唇を落とし、マダラは見上げてくるサスケにそう告げた。


「なら、俺もやり返すだけの力を得なくちゃな」
「…おまえは、本当に」


その言葉の続きは、サスケの唇に塞がれて音になることはなかった。
逆さまの口付け。マダラからは彼女が目を閉じているのかさえ見えなかった。
ふ、と力をなくした体がくたりと草原に沈む。サスケはすでに息をしていなかった。
ゆっくりと身を起こし、マダラは立ち上がる。雲ひとつない青空に、鷹が飛んでいた。上空を旋回するその姿が、なぜか目に焼き付いた。
サスケ、おまえはきっと、鷹になる。
悲しみや憎しみ、怒りや絶望だらけのこの地上から飛び立ち、膝をつき、俯き嘆く者達に空を見上げさせる孤高の鷹。
俺を裁くのも救うのも、おまえだったらいい。
この場所に不要な感情、記憶はすべて捨てて行く。
マダラは踵を返した。
後戻りは、しないと誓った。







不思議だな、と思う。
こうして対峙すればするほど、心の奥底に封印したはずの何かが騒ぐ。
血とは違う別の、何らかの繋がりをサスケに感じる。


『兄さん』
『俺がちゃんと止めてやる』


イズナの声と、誰かの声が聞こえた気がした。
かたかたと箱の蓋が揺れる。封じたものが暴れて外に出ようとしているのだ。
そうなる前に、すべてを終わらせなくてはならない。
脳裏に過ぎる鷹の姿を振り切って、マダラは輪廻眼を取り戻すために動いた。





END



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