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アイ~尊い、愛~


定期集会の後、解散していく人波に逆らわず歩いていると、突然、咳が出た。
口元をおさえて軽く唸っていると、ふと背中を誰かに擦られる。振り向くと、よく顔を合わせるサスケと同い年くらいの少年がいた。


「風邪か、サスケ」
「いや…少し噎せただけだ」
「なら良かった」


微笑まれ、不器用にサスケもはにかむ。先日写輪眼を開眼させたばかりの彼は、何かとサスケの身を案じてくれる優しい性格の持ち主だ。


「そういえば、サスケは族長と一緒に暮らしてたんだよな?」
「…昔の話だ」
「すげぇよなー、なんか族長って近寄りにくいし、弟のイズナも冷静沈着っぽくて」
「…………」


思いがけない言葉に、サスケは目を丸くする。
そうか、そんなふうに見えているのか。
サスケの中にはいつだって、三人で笑い合っていた日々が生きている。水切りの練習をしてるマダラと、それの真似をするイズナ。いつだって、三人で戦乱の世を生きてきた。自らその場から逃げ出したが、それでも、三人で過ごした日々がサスケの記憶のすべてだ。
上役と残って作戦を練っていたマダラとイズナが集会場から出てくる。ざっと人波が割れ、二人のために道をあける。凛と真っ直ぐ伸びた背中。万華鏡写輪眼を開眼させたその瞳に、もうサスケが映ることはないだろう。
族長との結婚が囁かれている少女が、マダラの隣に並んで歩く。目を逸らし、サスケは輪の中からそっと外れた。


「サスケ?帰るのか」
「ああ」
「俺も行く!途中まで一緒に行こうぜ」
「勝手にしろ」


遠ざかって行く小さい背中を、イズナは横目でじっと見ていた。
無言で兄を振り返ると、彼も同じように、いや、イズナよりも分かりやすくサスケの去って行った方向を見ていた。


「…気になるなら訊けばいいだろ…」


ほとんど独り言に近い呟きだったが、聞こえたらしく、マダラは何の事だと首を傾げる。


「サスケのことだよ。彼が恋人なのか、気になったんじゃないの?」
「…まさか。俺とあいつは交わら無い運命だ。関係ない」
「…そう」
「それに…」


不意に、マダラは片目に手を当てる。言いたい事が分かり、イズナはさり気なく彼の隣に並んでその体を支えた。


「…すまない、イズナ」
「いいから、気にしないで。兄さんを支えることができるのが、俺の特権だろ?」
「…ありがとう」


すでにこの頃には、マダラの視力はだいぶ低下していた。もちろんその事を知っているのはイズナだけだ。
現在、マダラの万華鏡写輪眼だけが、千手と渡り合うための唯一の切り札となっていたのだ。その瞳を、マダラを守るために、多くのうちは一族の者が盾となって死んだ。その者の無念を背負い、マダラもイズナも戦い続けなければならない。その命が散るまで。







星が綺麗な夜だった。
サスケは依頼遂行中、突然敵対する一族と遭遇し戦闘となり、肩と腕に傷を負った。なんとか撒いて逃げたものの、己の無力さに悔しくなる。
サスケができることといったら、マダラやイズナの敵を一人でも減らすことだけだというのに、それすらもできなかったことが情けなかった。仕留め損ねた敵は新たな憎しみを宿して再びこちらに牙を剥くだろう。その時、せめて彼等の盾になれたなら。
いつだかイズナが言っていた言葉の意味を、ようやくサスケは理解する。たとえそんなことをマダラが望んでいなくても、この命の有効な使い道が、それしかないのだ。
天の川には行けない。行けたとしても、マダラが失くしたものを、サスケには連れ帰ることができないのだ。
マダラを月に例えたイズナ。そうだ、彼が月なら、きっとサスケは小さな小さな六等星だろう。ひっそりと静かに、月に寄り添えたらそれでいい。


「何してるの、サスケ」
「イズナ…」


集落を見渡せる崖の上、草原になっているそこに、音もなくイズナがやって来て、サスケは瞠目する。


「おまえこそ、どうしたんだ」


隣に腰掛けてくる彼に既視感を覚えながら、サスケは訊ねる。
イズナは両手を後ろにつき、顔を上げて星空を見た。


「眠れなくて…散歩に」
「もう遅い。帰ったほうがいい」
「うん…でももう少しだけ、こうしてていいだろ?」


微笑んで空を見上げるイズナの表情はとても静かで、そのままふわりと天の川へ行ってしまうのではないかと、咄嗟にサスケは彼の手を掴む。
驚いたように目を丸くしたイズナは、しかし照れたように微笑んだ。


「こうしてふたりで話すの、久しぶりだね」
「あ、ああ…」
「サスケも兄さんも頑固で、ちっとも俺の言う事聞いてくれないし」
「何の話だ」
「兄さんとサスケが結婚するって話」


まだそんな事を言ってるのかと、サスケは呆れ顔でイズナを見た。からかって笑っている彼を想像していたが、思いがけず、イズナは真顔だった。


「イズナ…」
「…分かってるんだ、俺が何を言ったって、一族の決定がすべてだ。だけど俺は、また昔みたいに兄さんと俺とサスケの三人で、兄さんの夢の先を見たい」


ぎゅっと、イズナが手を強く握り返してくる。いつの間にか、かたく大きな手になっていた。剣だこができている。刀を握るサスケにもあるが、やはり違う、男の手だ。
小刀を握っていたあの子どもがな、と感慨深い気持ちで、サスケはイズナの手を受け入れる。


「俺もマダラの夢の先が見たい」
「サスケ…」
「例え隣に立てなくても、俺はいつでもお前達兄弟を想っている」
「………」


サスケの言葉の意味を正確に理解して、イズナは目を伏せた。


「…サスケは、兄さんが好き?」
「ああ、愛してる」
「それは、家族愛?それとも、恋愛?」
「どっちもだ。家族であって、そして恋しくも想う」
「兄さんもだよ。兄さんも、サスケを本当に愛してるよ。それだけは…、忘れないであげて…ッ」
「…なんでおまえが泣くんだ…」


ふたりが泣かないから、とイズナはサスケを抱きしめて、泣いた。


「ねぇ、サスケ。明日、俺達は戦場に行く。うちはにはもう千手に対抗できる術が無い…きっと千手は最終戦のつもりで攻撃してくる。これまで以上に、激戦となる。だから、いつかみたいに、帰って来いって、言ってくれ…」


幼い頃から戦場に駆り出されているイズナが、サスケの肩に両手を置きながら震えている。繊細な彼は、何かを感じ取っているのかもしれない。
彼の背に腕を回して、サスケは震えそうになる声をおさえつけて、言った。


「絶対に、帰って来い…ッ」


どうして男に生まれなかったのだろうと、サスケは唇を噛んで嗚咽を堪えた。
男だったならば、きっと戦場で彼等の役に立てた。友として、傍にいられた。
ただ祈って待つだけの己など、盾ほどの価値もないガラクタだ。
ありがとう。イズナが囁いた。
風が雲を運んでくる。星が隠れてしまう。





翌日、戦場に出たイズナが、瀕死の重態で運ばれて来た。







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