[携帯モード] [URL送信]

恐怖感染
君をみている

「起立、礼」


担任がそう言うと、生徒は一斉に礼をした。

放課後になれば、みんなそれぞれの場所へ向かう。

そのまま教室で集まる人や部活に行く人、家に帰宅する人など様々だ。


「ウメ、部活行こっ!」


恵里ちゃんが私を呼んだ。

ウメというのはあだ名だ。
本当は小梅と言うのだが、私を名前で呼ぶ人は少ない。


「ちょっと待って、今行くから」


そう言いながら鞄に荷物を詰め込む。


「ごめんね。お待たせ」


それだけ言うと、私達は教室を後にした。





廊下には多くの人が賑わい、解放感を感じる。

放課後のざわついた感じは、学校らしくて嫌いじゃない。

私は文芸部に所属している。
この部活に入ったのは別に本が好きだったからではなく、恵里ちゃんが入ったからだ。

文芸部の活動は一ヶ月に一回、読んだ本の感想文を書く、というもの。
それさえやっていれば、喋っていようが宿題をしようが、何をしてもいいのだ。

とはいえ、特にやることもなく、話をしながら本や漫画を見るのが主な部活動となっている。

私がこの高校に入ってから丸一年がたつ。

今年も引退した三年生に代わり、新入部員が入ってくるだろう。

私は賑やかになった部室を想像して、顔をほころばせた。


「あ、何にやにやしてんのさ」


恵里ちゃんは探るように目を細めてから、意地の悪そうな顔でにやりと笑った。


「もしかして、里中くんとなんかありましたかな?」


急にそう言われ、顔が熱くなるのを感じる。


「な、何もないよ!」


慌てて否定する私を見て、恵里ちゃんはくすりと笑った。


「はは、そんなの分かってるよ」


またはめられた。

恵里ちゃんはたまにこうして、私をからかってくるのだ。


「……恵里ちゃんなんて知らない」


私は明後日の方を向いて、頬をふくらませて見せる。


「ごめんねぇ。ウメからかうと可愛いんだもん」


「もう。今回だけだよ?」


この言葉は、毎回お決まりとなっている。
恵里ちゃんと喧嘩をすると、いつもこうして許してしまうのだ。


「それで、実際のところはどうなの?」


「……特に進展なない、かな」


当然だ。
私は遠くから眺めるだけで、何もしていないのだから。

予想通りの答えだったのだろう。
恵里ちゃんは苦笑いを浮かべた。


「まっ、早いとこ仲良くなっちゃいなよ。応援はしてるからさ」


「簡単に言うなぁ」


他人事だと思って。

しかしきっと、恵里ちゃんならば考える前に声をかけるのだろう。

私は、その妙にさっぱりとしたところに惹かれ、仲良くなろうと思ったのだ。


「はぁ。私も恵里ちゃんみたいになれたら良いのにな」


私がそう呟くと、恵里ちゃんは優しく笑う。


「私は今のウメ、大好きだけどな」


恥ずかしげもなくそう言われ、私はなんだか嬉しくなった。

部室の前まで来た私は、扉を開こうとした手を止めた。
本を借りていないことを思い出したのだ。


「ごめん、図書室行ってくるから先生に伝えてくれる?」


「真面目だねぇ。本なんて読まなくても誰も気にしないのに」


それは文芸部としてどうなのだろう。


「一応、文芸部だよ?」


「一応、ね」


私達は、そう言ってふたりで笑った。



「失礼します」


扉を開くと、ぬるりとした生暖かい空気が肌をなでた。

図書室には誰もいないようだ。

物音ひとつせず、張りつめた静けさに包まれている。

カーテンが締め切られた図書室は、薄暗く、いつもと違う印象を受けた。

まるで知らない場所に迷い込んだかのように感じるから不思議だ。

今日は何の本を読もうか。

私は本棚の前に立つと、上から順に目を通した。

私は本を選ぶとき、題名を見て決めることが多い。

題名というのは、その本を一言で表したものだと思う。
だから目を引く題名をつけられる人の本は、話が面白いのだ。

最も、全てに当てはまるわけではないけれど。

気になる本を手に取っては軽く流し読みをする。

こうして本を選んでいると、時間が過ぎるのを忘れてしまう。


「あんまりいい本無いなぁ」


私は、なかなか読みたい本が決まらず、次の本に手をかけた。

そのとき、急に物音が聞こえた。

私は驚いて息が止まる。


「な、なに……?」


図書室に入ったときは確かに誰もいなかったはずなのに、何の音だろう。

首だけでゆっくりと音のした方を向く。

そこには、一冊の本が落ちていた。

私は緊張を解き、長いため息を吐きだす。

でも、どうしたら本がひとりでに落ちるのだろうか。

不思議に思いながらも、おそるおそる拾い上げる。

ずいぶんと年期の入った本のようで、表紙の字はかすれて読めない。

しかし、丁度本が決まらなかったところだ。
こういう本が意外と面白いのかもしれない。

用事も済んだ事だ。
部室に戻る前に少しだけ休んでいこう。

私は数人で使う机の隅に座り、本を開いた。

どうやら高校を舞台にした恋愛小説のようだ。

同級生の女の子に恋をするが、上手くいかず空回りする話だ。

ありがちな話ではあるが、書き方が上手いのだろう。

本をめくるたび話に引き込まれていく。

声をかける勇気がなく遠くから眺めるだけの男に、つい自分を重ねてしまう。

それでも男は、少しずつ女との距離を縮めていく。

やがて想いを告げる決心をした男は、女のもとへと向かった。

放課後から少し時間がたって、静かになった廊下を歩く。

そして女のいる図書室に、ついた。

そこまで読み進めたとき、部屋の温度が急に下がった気がした。

ぷつぷつと肌があわ立ち、肩を抱く。

ずいぶんと集中していたようだ。
そろそろ部室に戻ろう。

私が立ち上がると、本棚のある方からだん、と音が聞こえた。
また本でも落ちたのだろうか。
そう考えていると、また同じようにだん、と音がした。

気味が悪い。
早く図書室を出よう。

私は耳をすませて動くときを見計らう。

同じ音が何度も鳴り、踏み鳴らすような音に変わる。

だん、だん、だん。

だんだんだんだん、と。

やがて胸の鼓動と同じくらいの間隔になると、音がぴたりと止んだ。

しんと静まり返る図書室。

終わったの、だろうか。

私は視線を泳がせ、ある一点で止まった。

一番近い本棚のすみ。

顔を半分だけ出してこちらを覗いている男と、目があった。


「ひっ……!」



声にならない悲鳴が漏れる。

恐怖で頭がおかしくなりそうだ。

後ろに後ずさろうとして、足に力が入らず尻餅をついてしまう。

彼の訴えるような目を見て私は思った。

もしかすると、彼は小説の主人公なのではないだろうか。

本当にそうかなのはわからない。

それでも私は、彼の気持ちに答えなくてはいけないと、そう思ったのだ。


「わ、私は……好きな人がいるから、だから………!」


口が回らず、上手く言葉にならない。
それでも思いは伝えられた。

男は一瞬、悲しそうに顔を歪めると、本棚の影に消えた。

部屋の温度が戻り、体の震えが収まる。

しばらくそのままでいると、がらりと扉が開いた。


「ウメっ。遅いよ……って、なにやってんのさ?」


恵里ちゃんだ。
座り込んだままの私を見て、怪訝な顔を浮かべている。


「ちょっと腰が抜けちゃって。待たせてごめんね」


私はとっさに嘘をついた。

たぶん、話さない方がいい。
そんな気がした。


「ねぇ、恵里ちゃん」


「ん、なあに?」


私は立ち上がり、恵里ちゃんに向き合った。


「もうちょっと頑張ってみようかな。里中くんのこと」


少しだけ。

ほんの少しでいいから。

私も、頑張ろう。



12/06/28

[*前へ]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!