Hello, fine days
Hello,fine days<0>
「きたきた、遅いのよー!」
事務所のフロアへ踏み込んだ途端、待ち構えていた黛社長がパンプスをけたたましく鳴らせて駆けてきた。
「お忙しいところすいません。米山さん、ええと」
「浩太郎です」
「浩太郎君。どうぞこちらへ」
後ろからゆったりと現れた女性に奥の会議室へと案内される。横目で盗み見る女性はベージュのパンツのワーキングスタイル。普段馴染みのある受付や事務員の女性達とはどこか違った雰囲気で、浩太郎は内心大事ではなかろうかと更に気をもんでいた。
「メイちゃん、入るわよー」
ご機嫌な黛社長が会議室のドアをノックする。
「ふぁーい! んぐ、ぐぐぐ」
変な返事が聞こえたのは、聞かなかったことにしようと笑いを堪えて、室内へ入る。
飛び込んできたのは―――
「メイ! お客さんが来るから食事はほどほどにって言ったでしょう!? 本当に食い意地張ってるんだから」
「んぐー! むぐぐ」
テーブルに広がる空の弁当箱が二つ。さらにもう一つを抱え、まるでハムスターのように頬をいっぱいにしている少女がいた。
「それ、三つ目?」
「はい!」
「あら、浩太郎君の分無くなっちゃったわ」
まあ、どうしましょう。と言いながらも大して気にも留めていない様子で、黛社長は上座の椅子にどっかりと座った。
倣って、浩太郎は父の隣、少女の向かいに腰掛ける。
少女の隣席についた案内役の女性は、未だ口を動かして咀嚼する少女を咎めるように鋭く睨んでいる。少女は手元の緑茶に手に慌てふためきながら大急ぎでもぐもぐと口を動かしている。
昼食を奪われて若干のショック――少女が食べていたのは高級焼肉店の弁当で、一介のサラリーマンの浩太郎ではそうそうお目にかかることはないからだ――は受けたものの、それよりも面白いものが見れたので、まあいいかと浩太郎は喉の奥でほんの少し笑った。
「紹介するわ、この子は佐藤茗ちゃん。うちの新人歌手よ」
「佐藤茗です、十七歳です、高校三年生です」
「へえ、新人か。一度聴かせて欲しいな」
茗を見ながら興味深そうに歩が腕を組む。音楽を生業とする父の目が楽しそうな色になっていくのを、浩太郎は見逃さなかった。
ああ、唯一の味方が居なくなったと楽しげな父をじとりと見やったが、彼はまるでこちらに気づかない。
この父親はこと音楽に関する事なら黛社長ばりに無茶なことを言い出すのだ。
「で、マネージャーの川崎ちゃん」
「川崎です。メイを宜しくお願いしますね、浩太郎君」
「……僕?」
「ええ」
「父ではなくて?」
「ええ、貴方に」
淡々とそう言うと聞いてないの?と川崎マネージャーの目が訝しげに細くなり、はっとして浩太郎は黛社長へ振り返った。
「浩太郎君、最近引っ越したんでしょ? 広いところに」
まさか、まさか。
背中を冷たい汗が伝う。
「この子を浩太郎君の部屋に置いてちょうだい」
爆弾を、落とされた。
浩太郎はもう一人の被害者を見る。彼女はきょとんとして割り箸を握りしめていた。
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