Hello, fine days
Hello,fine days<2>
いつも通り茗はしっかりと食事をとって、マグカップを両手にゆっくりとソファに腰掛けている。
彼女が飲んでいるのはレモンの蜂蜜漬けの上澄みを白湯に溶かした物で、これも母から教わったレシピだが、それは言わなかった。
「今日はレコーディングだったね」
「はい、アーティストさん向けの仮歌録りなんです。音程とかアクセントなんかを完璧に歌わなくちゃいけないから大変で」
「初めてなのに詳しいんだね」
「指導は受けてるんである程度は」
そう言うと曖昧に笑って、茗は蜂蜜レモンをすする。あまり触れてほしくはない話題なのかとそれ以上尋ねるのは止めた。そろそろ僕も出勤時間だし、ここで無理に聞きだして妙な引っ掛かりを持って行くのもお互いに良くない。
「じゃあ、僕は出るから。遅くなるようなら連絡を」
「はい。あ、でも夕飯はもしかしたら事務所の人と食べるかもしれません」
「そう。それが分かったら教えてくれる?」
分かりました、と頷いて、茗はマグカップを掲げた。まるで夫の予定を確認する妻のようだと顔も苦笑いになる。
「――浩太郎さん」
玄関で靴を履いているところに茗が駆けてきた。その手のネイビーのハンカチを見て、ジャケットの内ポケットを探る。入れたはずだったハンカチが無かった。
「ありがとう、忘れるところだった」
お礼を言って、茗からハンカチを受けとる。その顔が褒めて褒めてと言っているようで、寝癖がついたままの髪が包む小さな頭をなででやると嬉しそうに笑った。
この感覚は良いな。
擬似的な関係から見つけたほのかな温かさが懐かしくて、少し寂しくなった。
この時はまだ茗という少女が持つ圧倒的な歌の力を、僕は知らずにいた。
そして、その脅威に戦くことになるのだ。
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