novel aphrodite/戦場のXS そいつは狂っていた。 むっと鼻に付く鉄錆の血臭。千々に切り落とされた肉塊。無惨に焼け爛れる、かつて人だったモノの残骸。 見るに耐えぬおぞましい世界を創造しながら、その白い生き物はさも楽しそうに哂っていた。背に銀の糸を引き、左腕に濁った赤を滴らせ、闇と戯れるように獲物を食い散らかしていく。 汚ぇ、とザンザスは思った。 数多の流派を継接ぎした剣技には洗練さの欠片もなく、顔に飛び散る返り血さえ拭わず長い髪を振り乱して縦横無尽に剣を振るう姿は、世辞にも綺麗などとは言い難い。 襲い来る敵を一閃のもとに斬り伏せたスクアーロが、不意にこちらの視線に気付いて顔を上げた。べったりと頬にこびりついた返り血に眉を顰めてやると、何を思ったのかニヤリと笑みを浮かべザンザスの方へと駆け寄ってくる。 「よぉボス。こっちの出来は上々だぜぇ」 そう言って見上げてきた対の銀色が鉛玉を溶かしたような濃い灰色に変わっている。久々の殲滅任務に興奮でもしているのか、周囲を埋め尽くす血の香りに酔ったのか。どちらにせよ、自らが創り出した殺戮の宴で悦に入るなど正気の沙汰ではない。 「てめーは気狂いだ」 「はあ゛?んだそりゃ」 いきなり何を言い出すのかと、馬鹿みたいにぽかんと開けられた口目掛けて、ザンザスは引き抜いた愛銃の先端を突っ込んだ。 「ほがっ!」 「油断してんじゃねぇ」 言いざま、躊躇いもなく引き金を引く。 憤怒の轟音が響き、逆手に握ったもう一方の銃がスクアーロの背後へと迫っていた敵を一瞬にして灰燼に変えた。 「お゛はへぼはぁ!」 銃を咥えたまま何か叫んだスクアーロが、ザンザスの首筋目掛けて剣を振り上げる。煙を噴き上げた仕込み火薬が肩先をちりりと掠め、背後の悲鳴を巻き込んで立て続けに爆発した。 微かに焦げた自身の隊服を無表情に一瞥してから、ザンザスはずるりと乱暴に銃を引き抜き、ついでのように腕を横に薙ぎ払った。 「っでぇ゛!!」 硬い銃底にこめかみを殴られたスクアーロが無様な悲鳴を上げる。反抗的に吊り上った銀瞳を紅色の一睨みで黙らせ、ザンザスはくいと顎をしゃくって見せた。 「仕上げだ。まだ息のあるカスどもを片付けてこい」 「…Si、ボス」 渋々頷いたスクアーロが「後で覚えてやがれクソボス!」と月並みな捨て台詞を残して再び戦場へと戻っていく。 結局、こびりついた返り血も乱れた長い銀髪もそのままだ。濁った目を爛々と輝かせ、薄汚い格好で地獄を這い回る鮫の姿は、酷く歪で見るに耐えない。 だが、とザンザスはほんの僅か目を細めた。 銀糸に淡い月光を弾き、屍を累々と折り重ねて終の静寂が築き上げられていくこの光景だけは。 あの気狂いにしてはまだ…見れるほうだ。 戦に狂う美の女神と、狂乱を司る荒神と。 狂わされたのは果たしてどちらか。 Fine 神話には素人ですが、アフロディテとアレースなんてどうでしょう? [*前へ][次へ#] [戻る] |