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novel
neve/XSやこんこん


 買ったばかりの白いダウンジャケットを引っ掴み、スクアーロは勢いよく扉を開けた。
「う゛お゛ぉい!見ろよザンザス、すげー積もってるぜぇ!」
 ふわりと冷気に息を染め、まだ眠気を引きずっている男の顔を振り仰ぐ。
「ドカスが。雪ごときではしゃいでんじゃねぇ」
「そう言うなぁ。積もるのなんて久しぶりじゃねぇか」
 呆れるザンザスに弾む声を返し、スクアーロはジャケットに袖を通しながらいそいそと外へ出た。
 深夜から降り始めた雪は、深緑の森を瞬く間に覆い尽くし、暗殺部隊の本部さえ取り込んで一面の白に塗り変えた。朝日の洗礼は見慣れたはずの景色を銀色に煌めかせ、別世界に紛れ込んだような不可思議な感覚をもたらす。
 ポーチ脇に積もった雪は既にベルやフランの玩具にされたらしく、あちこち荒らされ泥にまみれて溶け始めているが、まあそれもご愛嬌だ。
「ったくあいつら、こーいうときばっか早く起きやがって」
「それはてめーも同じだろうが」
「うるせえっ」
 背中越しに悪態を吐いたスクアーロは、興味なさげに、それでもどうやら付いては来るらしい気配にくくっと笑いを噛み殺した。
 さてどこへ行こうかと、まだ見ぬ処女地を探す冒険家の気分で、あてもなく視線を巡らせる。雪かき候補から外された裏庭へと回るプロムナードが目に映り、スクアーロはさくりと雪の中に足を踏み入れた。
 柔らかく積もった雪を踏み締める度、ざくりさくりとブーツの底で快い音が鳴る。
 ふと自身にしては珍しい白色のブーツを見下ろして、そういえば任務のない今日は私服だったと思い出した。黒のセーターに薄いクリーム色のパンツを合わせていたから、白のジャケットを羽織った今は全身真っ白けだ。
 このまま雪の中に倒れ込んだらどこにいるか解らなくなるんじゃねぇか、と悪戯を企む悪ガキみたいなことを考え、スクアーロは小さく笑った。
「おい」
「あー?…ぶぼっ!」
 不意に呼ばれ、間延びした声で振り返ったスクアーロの顔面を、白く冷たい塊が直撃した。
 成人男性の平均値を遥か眼下に望む握力で押し固められた雪玉の殺傷力を、知っているだろうか。
「っ…てぇ゛ー…」
 一瞬声さえ出ないほどの激痛に顔を抑えていると、痛みと冷たさに麻痺した鼻先からぼたぼたっと嫌な感触が滴り落ちる。まさかと見下ろしたジャケットの胸元が生々しい赤色に染まっているのを見て、スクアーロは声にならない悲鳴を上げた。
「んのクソボス!買ったばっかなんだぞこのジャケット!」
「…うるせえ」
「染みになったらどーすんだぁ!」
「丁度いいじゃねぇか、目印になって」
「はぁ゛っ!?」
 どーいう意味だぁ!と喚くスクアーロをよそに、あっさり踵を返したザンザスが来た道を戻っていく。
 鼻を押さえて仰向いた何とも間抜けな格好のまま、スクアーロは仕方なくひょこひょこと後を追った。
 半端に途切れた遊歩道では、一面の白にぽたりと落ちた赤色が気紛れな二人を恨めしそうに見送っていた。


 落ち着きない銀色に、紅の刻印を残して。
 悪運尽きるその瞬間まで、見失わないように。


Fine.



勝手に溶けて消えるんじゃねぇ、と。


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