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ありがとう、愛してる
 僕らは暗い、暗い穴の中から生まれてきたんだ。

本当だよ、笑わないで聞いて。僕は君と共に在る。

いつも、いつの日だって。


 ほら、君が生まれた日だよ。見えるかい?

君は難産でね、お母さんはとても大変だったんだ。陣痛が早い時間から始まって、一日中痛みと戦ったんだよ。

ベッドのパイプにしがみついて、まるでそれが命綱だと言わんばかりだった。

 お父さんは、これは話していいのかどうか悩むところなのだけどね。笑っては駄目だよ。

ずっとおろおろして、お母さんの背中をさすったり、祈ってみたり、看護師さんに縋りついたりしていたんだ。

あんまりにも情けない顔でうろうろとしているものだから、お母さんが怒鳴ったのさ。

「これから父親になるのに、そんな頼りない顔をしないでちょうだい!」

 そしたら、お父さんはハッとした顔で立ち止まったんだ。そしてね、お母さんの手を強く握って黙って椅子に腰を下ろした。

 ついに君が生まれる時がやってきて、お母さんは歯を食いしばって痛みに耐えて、ひたすらに君がこの世に出てこられるように力を振り絞った。

お父さんは病室の外で、必死に祈っていた。もう情けない顔はしていなかったよ。

 ああ、そして君は生まれた。

医者が君を抱え上げて、この世界と君を出会わせた。君は真っ赤な顔で息を吸った。

長い間、君自身が待ち続けた世界の空気さ。

 世界は君の誕生を祝福して酸素を君にプレゼントして、君はそれを受け取った。

まさに感動的な瞬間だ。君は受け取ったプレゼントで、大きな声で産声を上げたね。

その声を合図とするかのように、お父さんが飛び込んできたんだ。泣いていたよ。

嬉し泣きってやつだね。お母さんと君を交互に見て笑っていた。

「ありがとう、ありがとう」

 生まれてきてくれてありがとう。産んでくれてありがとう。

お父さんは何度も同じ言葉を呟いては泣いた。お母さんも生まれてきてくれてありがとう、そう言って泣いたよ。

 まあるい頬が可愛い赤ちゃんでね、親戚中は大喜びさ。君はたくさんの人に祝福されたんだよ。

道行く知らない人が、赤ん坊の顔を見ると、つい笑顔になってしまうんだ。

 とびきり可愛い赤ちゃんだった君は、見知らぬ他人に笑顔を与えたんだよ。

君は覚えていないかもしれないけれど、確かに君は笑顔をよんでいたんだ。

 そして君は少し成長して、よくお母さんと喧嘩したね。その度に家出をしようとしたけれど、暗闇が怖いから出来なかった。

 おかしな話だよ。君は温かい闇の中で育ったのに。暗闇には月という明りがあったのに。

 覚えているかな?

君とお母さんが喧嘩する度、お父さんは近所にあるケーキ屋さんに駆け込んで、大きなケーキを買ってきたよね。

そっと食卓に置いて笑っていた。

「美味しいケーキがあるぞ。一緒に食べよう」

 お母さんも君も、言葉とは裏腹に半泣きのお父さんに呆れて喧嘩するのをやめた。

いつもそうして喧嘩をやめていたね。大声で言い争って、泣いた後の塩辛い口に広がる甘さは、いつだって君を優しく包んで慰めてくれた。

だから君はケーキが大好きになったんだ。

 君はもっと成長して人を好きになったね。初恋という、もどかしい感情に翻弄されている時に友だちは、君の大きな支えになった。

たくさんの友だちと頬を赤くして、たくさん恋の話をしたね。愛というには幼すぎる、甘酸っぱい思い出さ。

 思い出してごらんよ。

 甘酸っぱい初恋、友だちとじゃれ合った放課後、切なさを覚えた夕暮れ、手を繋ぐ温かさを知った帰り道、汗をかいて友だちと走った夏の坂道、自分を知りたくて走り出した春の日差し、愛を知った冬の光……

 ほら、数えきれない思い出が君の世界に溢れているよ。

思い出は君自身だ。君の中にある、君が生みだした光だ。

 たとえ、どんな場所にいようとも、どんな心境でいようとも、君が生みだした光は君を照らし続けるだろう。

 この光は君が折れそうになっても消えない。

 どうしてって?

 君が君だからさ。

 君が光だ。眩しいほどに輝く光だ。

 謙遜することも怯えることもない。

ほら、生まれてきた日のことを思い出してごらんよ。君の産声が、君の笑顔が、周囲の人を笑顔にしただろう。

君という光が人々を照らしたんだ。

そして、周囲の人々の笑顔が君を照らした。君の中にある光は、たくさんの人からの光を浴びて、ぴかぴかに輝いているよ。

 目で見えるものが全てではないさ。

 目をつむって、息を吸って、ゆっくり吐いて。

胸をそっと優しく押さえてごらん。

 トクン、トクンって音がするだろう。これは君の声だよ。君を愛している人たちの声だよ。

 愛してる、愛してる、って言っているんだ。

 ねえ、聞こえるよね。聞こえているよね。

 君が愛している人たちの胸も同じように音がしているはずさ。君が愛しているって囁くから。

 僕はずっと生まれた時から君と一緒にいるよ。

僕の名前は希望、光、願い、祈り、愛、太陽。

 さあ、僕の名前を呼んで!僕は君と共に在る!

 暗い闇の中に愛があること、僕たちは知っているよ。

 だって、僕たちは暗闇から生まれたんだもの。恐れることはないさ。

さあ、君の声を響かせてもう一度生まれよう。

君は希望、希望、光、願い、祈り、愛、太陽。

 全てが照らされていく。

 世界は光で溢れているね。


 ああ、太陽が笑っているよ。
 聞こえるかい?

 太陽の鼓動が。

 ありがとう、ありがとう。

 決して止むことのない鼓動。

 ありがとう、愛してる。



*ぼく(わたしの)太陽

fish ear
提出作品





全ての祈りをこめて。


2011/3/16

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