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蜘蛛流星・赤
 きみは流星が見たいと言った。

流星は星の死体だと教えても、君は笑って尚、流星が見たいと重ねて呟いた。

望んだところで都合よく星が死んでくれるはずもなく、私はただ茫然と夜空を眺めた。

 なんで不可能を望む?人間だからという理由だけで、私たちは不可能を望むのだときみは笑った。

理に適ってない、私は言い返したけどきみは白い笑顔を浮かべたままだ。

いつからきみはそんなに白くなったのだろう。

 出会ったのは日差しが目を貫くような夏の日で、きみは黒い日傘を差して私の前に現れた。頬にはうっすら桃の色が浮かんでいた。

一目ぼれなど信じない。運命など信じない。同じように偶然も信じない。

あるべき形、あるべき道筋の中で私たちは出逢った。

愛など信じない。希望など信じない。絶望など信じない。

私は何も信じないし、何でも信じる。

矛盾していて不条理な世界で生きているのだから、私自身だって当然矛盾した生物になる。

きみは私の話を楽しそうに聞いてくれた。色んな人々に嫌われてきた私の話を。

私は偏屈で変人で、奇人で、どうしようもないほどに愛想がなく、自分の人生を研究に費やしている。それが周囲の人間からの私への評価だった。

実の親ですら、私を冷たい目で見た。

 何のために勉学に心血を注ぎ、社会的地位を築き上げたのか私は分からなくなった。大学教授という地位を手に入れるのは家族の望みだったのに。

手に入れた時、私はひとりだった。ただ、研究の時間を共にした蜘蛛だけが私の背後で蠢いていた。

 私は矛盾した生物と化してしまった。世間が私に強要したとしか言い様がない。

家族のために社会的地位を築いて見放された、周囲の期待に応えて研究成果を出して愛想がない変人と言われた。

 もはや、何もかもに矛盾を抱えて生きるしかない。

そんな私の元にきみは現れた。研究室の蜘蛛を手のひらに乗せて微笑んで見せた。

「大丈夫、もう大丈夫だから」

 蜘蛛に囁いたのか、私に囁いたのか分からないまま私はきみに心を委ねた。

私よりも一回りも年下の研究生だったきみと交際することは、やはり矛盾だった。

幼いものを嫌い、未成熟を蔑視する私が年下の君と交際するなんて、どう考えても理に適わない。

 きみは笑って、人間はだからと言った。

人間は矛盾する生物、だからあなたは正しくて間違っている。

「もちろん私もね」
 きみの言葉は、地獄にいた私に一筋の光をくれた。世界中で矛盾を抱えて生きている人間は自分だけだと孤独を感じていた私に、共存という光を与えてくれたのだ。


 月日が流れてきみの桃色の頬は白くなった。

私より若いきみは、やはり矛盾を抱えてしまった。流産し、そのことが原因で重い病に倒れた。

本来なら年上の私が先に病に倒れるはずなのに。

 きみは絶望の言葉も希望の言葉も吐かず、病室でまるで病人ではないように他愛のない世間話をするという矛盾を私に見せた。

――私もあなたと同じ生物なの。

きみの言葉が耳に蘇る。

ああ、きみも矛盾した生物だ。私と同じ世界の同じ生物だ。私はもう孤独ではない。

私の腕の上を、長い間共に過ごした蜘蛛が這いまわる。

 数時間前、きみは流星が見たいと言った。

私はその願いを叶えたいと思った。きみは私とずっと一緒にいたいとも言った。

 矛盾だけれど、私にはこの方法しか思いつかなかった。

窓を開けておいてくれときみに言い残し、私は蜘蛛と一緒に屋上に来た。

星は望み通りに死んでくれそうもないから、別の死体を流そう。

 私はきみと永遠を歩みたいと強く願っている。病める時も健やかなる時も、結婚式で誓ったように私は君の傍を離れたりはしない。離れたくない。

 だが、誓いと同じぐらいにきみの望みを叶えてやりたいと思う。どうやらあまり時間がないようだから。医者の言葉なんて冷たいものだよ。私は信じないし、信じている。

 きみに流星を見せたい。
 流星は星の死体だよ。

 私は屋上の柵を越えた。蜘蛛が私の腕の上で蠢いている。久しぶりの外にはしゃいでいるように感じて、私は微笑んだ。

 おお、流星になるのなら愛の代わりに真っ赤な血を撒き散らして散ってみせようか。
蜘蛛が私という流星の飾りになるよ。

きみの眼に焼き付けてほしい、真っ赤な、真っ赤な流星。この世の最後の流星だ。

 さあ、愛という矛盾を抱えて真っ赤な流星になろう。



キウイベア様提出

・2月お題
『愛』『流星』『赤』に参加させて頂きました!
ありがとうございます!


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*あとがきはmemoにて。

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