汝、裁きの息吹にて
靴の音が広い空間に甲高く響いている。
朝の気配を切り裂くように、冷酷な音を立てて扉の前を歩いていく。
私の足音も冷酷に響いているのだろうか。ふと余計なことを考えた。
大勢の生物がいるはずなのに、まるで誰もいないように空間は静まり返っている。
どの生物も、少しでも音を立てたら殺されると思っているようだった。
しかし、それは誤りである。殺される者は音を立てようと立てまいと殺されることに変わりないからである。
ひとつの扉の前で複数の足音が止まる。扉の鍵を開ける音がして、中から叫び声が上がる。
「俺が今日なのか?止めてくれ!死にたくない!」
子どものように駄々を捏ねて、そいつは部屋の奥に逃げ込もうとするが、屈強な男たちに両脇を抱え挙げられ、悲鳴を上げながら引きずり出される。
――死にたくないだと?
私は口元を歪めた。見ようによっては笑ったように見えたかもしれない。
「お前が殺した奴も命乞いをしたか?」
顔を覗き込むようにして、喚く奴に声をかけると金縛りにあったように口をあんぐりと開けたまま固まってしまった。
皆、私が見つめると同じ様に固まる。そして言葉を忘れたように、口を開けたまま脱力する。
力が抜けた奴を引きずるようにして、足音は広い空間から去っていく。
私は一人、その場に立ち尽くして周囲を見渡した。見渡す限り一面に扉がある。
どの扉にも頑丈な鍵がついており、其の中には裁きを受けた生き物がひしめき合っている。
皆、自分に刑が執行される日を恐れて物音をまるで立てない。怯えの感情だけが空間を支配していた。
私は自分がこの怯えた空気を生み出していることを理解していた。何故ならば、ここにひしめき合っている者たちを裁いたのは、他ならぬ私自身なのだ。
ある者は弟を殺し、ある者は妻を殺し、ある者は娘を殺した。どいつもこいつも殺人者ばかりが私の前とやって来る。
怯えた顔で、驚いた顔で、卑屈な顔で、私の前に座らされるのだ。
例え、どんな権力を持とうとも私の前では同じだ。一国の王と道端に捨てられている犬も同じように扱う。
人間だけが罰を受けるのか――答えはノーだ。
生物、命あるものならば全て罰の対象になる。全てを裁くのが私の役目だ。裁判官は私だけの、裁判なのだ。
ただし、無罪はありえない。私の元へ来るということは必ず何かの罪を犯したということだ。慈悲はない。罪を犯した者の中に慈悲がなかったように。
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罪人は増えていく。私は時間の中でひたすらに罪人を裁く。
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悪戯に番号だけが増えていく感覚が私の中で膨れ上がっていく。
一体私はどれほどの長い時間、裁きを下し続けているのだろうか。天上の光はあまりに遠い。
ああ、かつて私が天上の光の下にいたなど誰が信じるだろうか。私自身ですら記憶が曖昧になってしまったというのに。確かに光を体に受け、瞳に輝きを宿し、満ち満ちている生命の息吹を嗅いだのだ。
しかし、私は死んだ。殺して死んだ。私は冷たい地の底へと堕ちた。其処には誰もおらず、私だけがぽつんといた。そう、私だけが存在していた。
魂だけの存在になったように心細い気持ちのまま、私は闇を彷徨い続けた。誰もいない闇の世界で私を裁く者はいなかった。
天上の光は新たな死者に罰を与えよと言った。罰を受けるべき者には然るべき罰が必要なのだと。
私は頷いた。私も私の罪を罰してほしいと願ったからだ。
その日から私は罪人を裁き始めたのだ。
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最早、囚人番号を数えることもしなくなった。一体、いつになったら私は裁かれるのか。
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これが私への罰なのか。
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では誰が私を裁いたというのだ。
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それとも未だに私は裁かれていないのか。
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誰か私を裁いてくれ、私は人を殺したのだ。
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私は弟を殺し、地獄へと堕ちた最初の死者。
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私の裁判は未だに始まらない。
私の囚人番号は000000000000000000。
誰か、私に裁きを。
願いは聞き届けられないまま、裁判は続いていく。
暗い、昏い地の底で。
海月の骨様:作品参加
「始まらない裁判の行方」
作者:URI
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