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東方僧侶録
狐討ちと晴明の野望
あれから数日が経ち、私は知り合いの公家の邸宅を訪れていた。

その公家の名は藤原不比等。

私がまだ養子に入って間も無い時から、色々と良くしてくれている人物だ。

因みに、不比等殿には全てを話してある。

それでも彼は尚、変わらずに対応してくれる・・・ありがたい事だ。

「いや、しかし・・・お主の能力高さには驚かされる。正三位左衛大将に任官されるとは」

「帝が我を信頼している証と受け取っておりまする」

「無欲よなぁ・・・その謙虚さと、数々の妖怪退治で知れ渡った勇名が、お主をその地位まで押し上げたのじゃな。とにかく、この事を姫を知らせねばな・・・誰か、誰かある!」

「お呼びで御座いますか?」

「姫を連れてまいれ」

「直ちに」

指示された従者が去っていくと、不比等殿は真面目な顔になる。

「頼光・・・儂が言った事、考えてくれたか?」

「姫を我に下さると言う事ですか?我は断ったはずでありまするが」

「むう・・・見目麗しく、その心も穏やかで、気高い・・・どこが不満か?」

確かに彼女の容姿は美しい。

ふくらはぎ辺りまで伸ばした美しく艷やかな黒髪、宮中でも評判高い美貌、出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる抜群のプロポーション、そして・・・

「何より、武芸に関しては天賦の才を持っておる。中でも剣術と弓術では、右に出る者は居らん。そして、非常に明晰な頭脳も持ち合わせているのだぞ?」

そう、彼女には武芸に関する希有な才能、それに非常に高度な頭脳に恵まれているのだ。

それも、人間という枠を逸脱する程に。

不比等殿も武芸の才能に恵まれているので、その影響だと思われる。

「それに、姫がお主を好いているのを、知らんとは言わせぬぞ」

「しかし・・・不比等殿は、我の身体の事をお知りの筈。この身は永遠に死ぬ事が叶わぬ身・・・例え我が姫と夫婦になったとしても、必ず姫が先に逝ってしまうでしょう」

「自らが不死であるゆえに断わるのは、間違いぞ。姫は先に逝く事になろうとも、後悔はせぬぞ」

「そうだと良いのですが・・・」

「お主も腹を決めよ。それとも、女子の好意を無下にするのか?」

やれやれ・・・私も身を固める時かもしれんな。

「旦那様、姫様をお連れしました」

「うむ」

「お父様、何か御用ですか?」

・・・やはり妹紅姫は美しいな。

「おお、妹紅よ来たか。実は頼光が正三位左衛大将に任官されてな。お前にも伝えておこうと思うてな」

「まあ・・・おめでとうございます!近々お祝いの品を持って行きますね」

「かたじけない・・・この頼光、感謝に絶えませぬ」

「そんなに畏まらなくても、結構ですのに・・・」

「い、いえ・・・仮にも、藤原家のご息女。私が畏まらぬ訳には・・・」

「貴方様は、源氏の棟梁ではありませぬか。何時も通りに、話してくださって構いませんよ」

「し、しかし!」

「私が良いと言ったのですから良いのです!良いですね?」

「は、はぁ・・・」

強引な御方だ・・・

「はっはっは!妖怪退治の達人であるお主も、姫には形無しじゃな!!」

「笑わんでください・・・」

自分が情けなくなる・・・

「さ、左大将様!!」

む?あれは帝を護る武官の者ではないか。

「どうした?」

「内裏の近くに妖怪が!!」

「何!?」

都・・・それも内裏の近くに妖怪だと!?

「馬鹿を申すでない!内裏近辺には、道満殿が張った結界有る筈ぞ!!」

「どうやら妖怪は、結界を力ずくで破ったらしく・・・」

「なんと・・・」

なんという力だ・・・信じられん。

「して、帝は!?帝は御無事なのか!?」

「内裏近辺の結界破られましたが、内裏その物に施された結界は、未だ破られてはおりませぬ!私は帝に左大将様を連れて来るように仰せつかったのです!!」

「帝はそれ程我の事を・・・」

「帝は左大将様を、深く信頼されておりまする!!」

「そうか・・・お主、弓矢を持っておらぬか?持っているのなら、我に渡してくれまいか?」

「この様な安物で良ければ、どうぞお使い下さい!」

「すまぬな・・・不比等殿、こ度はこれで」

「武運をな」

「頼光様・・・絶対に、死なないで下さいまし」

「安心めされい。この頼光、まだ死ぬつもりは御座いませぬ。・・・では、失礼する!!」

妖怪よ・・・この都で好き勝手にはさせぬぞ!!




「ふん!!」

バチィ!!

「硬ぇ結界だな、おい。めんどくせぇ物張りやがって」

内裏を急襲した妖怪土蜘蛛によって、内裏の結界は限界に近くなっていた。

「さ、左大将殿はまだでおじゃるか!?」

「このままでは結界がぁ〜!!」

「ひいぃ〜!!」

「頼光殿、何とかしてくりゃれ〜!!」

内裏に篭っている公家達は、結界が弱まって行くにつれて死の恐怖に怯え、ひたすら頼光の名を繰り返す。

頼光の宮中における信頼は、頼光本人が考えるよりも遥かに深かった。

「ゴチャゴチャ言ってんなよ。大人しく喰われろ」

ビシビシっ!!

土蜘蛛の言葉と共に振るわれた拳は、遂に結界にひびを入れる。

「これで、仕舞ぇだ」

土蜘蛛が結界を壊そうと拳を振りおろそうとした瞬間・・・

「そこまでぞ・・・下郎!!」

バシュッ

ボッ!

「ぬう!?」

左胸を、後ろから何かが貫いた。

土蜘蛛がすぐ後ろを振り向くと、其処には弓をつがえた頼光が立っていた。

「俺に手傷を負わせるたぁ・・・手前、何者だ?」

「我は源頼光!この都で暴れるとは・・・死ぬ覚悟は良いな!!」

頼光はそう叫ぶと、弓を引き絞り構える・・・



効いたか!やはり霊力が込められた矢は、効果は高いようだな!

「次は足を狙うてくれるぞ!!」

「調子づくな」

ブン!!

グシャァ!!

「よ、頼光殿〜!!」

「ぺしゃんこでおじゃるぅ!!」

「・・・あん?」

「今・・・何かしたか?若造」

弓が折れてしまったが・・・まあ良い。

御陰で実力を測れたからな・・・

「若造だと?」

「数千年程度しか生きておらぬ若造に、若造と言って何が悪い?」

「・・・手前、本当に人間か?」

「この身は既に人に非ず・・・悠久を生きる内に、我は神となった」

「そうか・・・手前は救世神だな?」

ほう?知っているとは驚きだ。

「人間共を喰って腹を満たそうと思ったが止めだ。・・・手前を喰った方が美味そうだからな!!」

ブン!

愚かな・・・

「痴れ者が・・・身の程を弁えよ」

ヒュンヒュンヒュン・・・

「そして後悔しながら、死んでゆけ」

パチン

ザシュッ!!

「!?」

私は土蜘蛛が攻撃をしてくる直前に、土蜘蛛の4本の腕を切り落とし、同時に20撃程身体を切り付けた。

うむ・・・中々の斬れ味だ。

この太刀の銘は蜘蛛切りとしよう。

「・・・ああ、完敗だぁ。ここまでやられたのは初めてだぜ」

驚いたな・・・まだ動けるのか。

「今回は帰るさ。・・・また闘ろうぜ?」

ズン!

「逃げよったか・・・」

だがあの傷ならば、5、600年は暴れまい。

「おお・・・頼光殿が妖を追い払ってくれたぞ!」

「左大将殿、御見事でおじゃる!!」

「あの方こそ、朝家の守護と呼ぶに相応しい!!」

さて・・・帝の安全を確かめに向かうとしようか。





あれから1ヶ月程経ち、都には平穏が戻っていた。

そして今日は晴明と道満殿・・・どちらが優れているかを競う、術比べの日である。

私は勿論、不比等殿や妹紅姫も見物に来ている。

まあ、私は帝の傍に控えているのだが。



「み、見ましたか、道満殿の術!!」

「白砂が、一瞬でツバメに!!」

「いやいや、晴明殿も!!扇一振りで、これまた白砂に戻しましたぞ!!」

流石だな。

・・・ふむ。

「帝、私にも一つ催しをさせて貰えませぬか?」

「なんと、お主も術が使えるのか?」

「左様で御座います」

「それは面白い!是非見せてくれ」

「御意に御座います」

帝に許可を得た私は、前に進み出て手に持った扇を開く。

「晴明、我に向かって先程のツバメを飛ばせ。出来るだけ多く、同時にの」

「しかし・・・」

「良いからやらんか。それとも、我が怪我でもするとでも思うたか?」

「・・・分かりました。では、失礼する!!」

ビュオオオォッ!!

20匹か・・・妥当な数だ。

「我が妙技、見るが良い」

バッ

パアアァン!!

私は扇でツバメを纏めて受け止め、破裂させ・・・

ヒラヒラ・・・

舞い上がった白砂を、桜の花びらにして降らせた。

「おお・・・」

「なんと美しい・・・」

「流石は左大将殿!武芸だけではなく、このような事も出来るとは!」

今やった術は、神力を応用した物だ。

神力は人を畏れさせるだけではない。

この様に、人を魅了する事も可能なのだ。

そして・・・まだ、私の術は終わっていない。

私は桜の花びらを一枚掴むと、妹紅姫に近寄る。

「姫・・・これを受け取ってもらえまいか?」

そう言って私は握った手を妹紅姫の前に差し出し、握った手を開く。

開かれた手の平の中には、桜の髪飾りが有った。

「これを私に?・・・ありがとう御座いまする!ずっと大事にしますわ!!」

どうやら喜んでくれた様だな。

「それは我はこれで」

妹紅姫に頭を下げ、元の場所に戻る。

「素晴らしい催しであったぞ、頼光」

「恐悦至極に存じ上げる。さあ、術比べを再会されよ!」

私の言葉によって、術比べが再開される。

最後の項目は、占い比べとの事だ。

「・・・左大将様」

ぬ、お主は2ヶ月程前に放った密偵ではないか。

「なんじゃ?今良い所ぞ。後には出来ぬか?」

「お楽しみの所、申し訳ありません。例の件について、進展が」

「・・・申せ」

「結論を申しますと・・・晴明殿は、妖と繋がっておりまする。と言うより・・・妖その物と申した方が正しいやもしれませぬ」

「どういう事ぞ?」

「左大将様は、信田の狐をご存知か?」

「信田の森に住むと云う、妖狐の事じゃな。それが如何した?」

「晴明殿は、その信田の狐の子でありまする」

「・・・何処でそれを?」

「晴明殿が信田の狐と会うのを、目撃したのです」

「成程・・・ご苦労であった。うぬは軍の準備をせい。術比べが終わった後、我自ら妖狐を狩りに行こうぞ」

「御意」

スウ・・・

気配を消したか・・・あやつの素性は解らぬが、有能なのは確かだな。

「晴明!!この後に及んで、まだシラを切りよるか!!」

む、私が見ていない内に、何か有った様だな。

「道満!中身は何じゃ?」

「はい・・・これは、こやつめが墓場より持ち帰った、死体に御座います」

ザワッ・・・

「し・・・死体!?」

「ひいい!!」

「おおお、おぞましや〜〜!!」

帝に死体を見せると言うのか!?

「まさか・・・晴明殿が?」

「晴明!これは捨て置けんぞ!開けてみよ!!」

長持の中からは生気は感じん・・・やはり死体か!


そして長持が開かれると、中には子供が入っていた。

「うぉわあー!!」

「ヒイィ〜!!」

「死体でおじゃる〜!!」

だが・・・

「ここ・・・どこー?」

死体であった筈の子供が、起き上がり言葉を発したのだ。

馬鹿な・・・生気が戻っているだと!?その様な事、ありえるはずが・・・

ザワザワ・・・

「い・・・生きておるではないか!!」

「これは、どういう事だ!?道満!?」

「左大将様、これは・・・」

「我にも解らぬ!死人が蘇るなど、あってはならぬ事ぞ!!」

「はて・・・道満の言う中身とは違う・・・しかし、晴明が中身を当てたのは紛れもない事実。この勝負、晴明の勝ちだ!!」

そして帝の言葉によって、晴明の勝利が宣言された。

「晴明・・・まさかお主・・・反魂の術に手を出したのか・・・」

晴明め・・・外法を用いたか!!

「・・・何の事やら。それでは、これにて」

晴明は子供を肩に担ぐと、立ち去っていった。

最早一刻の猶予も無い。

始めるか・・・





数時間後、私は50騎の精鋭を率いて、信田の狐の棲家と思われる廃れた神社を訪れていた。

「・・・始めよ」

私の号令によって10人の弓兵が無数に矢を放つ。

「良し・・・これだけ放てば良かろう。中に入り、狐を捕らえて参れ」

5分程弓を放たせると、兵士を神社に突入させる。

少しして、兵士が信田の狐を連れてきた。

もっとも、その姿は狐に戻っていたが。

「これが信田の狐か。美しい毛並みよなぁ」

「頼光様。このまま雨に打たれては、お体を冷やしてしまいますぞ」

「そうじゃな。・・・そう言えば、関白頼道様は不老不死に興味がお有りであったな。噂で聞いたが、妖狐の肝を喰らえば不老不死になるとか・・・こやつを献上すれば、頼道様は大層喜ばれるであろうな」

「そうですな」

「うむ、誰ぞ信田の狐を頼道様に献上して参れ。我は屋敷に戻る」

「はっ!!」

災いの芽は摘み取らねばならん。

悪く思うな・・・



そして翌日、とある屋敷にて・・・

「おお・・・よく来たのう、晴明!!」

「お呼びでしょうか、頼道様」

晴明は頼道に呼び出されていた。

「おお晴明、お主にいつも聞いておったろう、不老不死の方法を。なぜこんな素敵な事を教えてくれぬ?」

「?どういう事でしょう?延命の術になら、多少の覚えは有りますが」

「違う違う!信田の狐の事じゃ」

「!」

「見ろ〜頼光が、やっとの事で捕まえたんだぞ〜」

そう言って、頼道は葛籠からある物を出す。

「これが、その狐じゃ!!」

それは・・・体中に矢が刺さった、母だった。

「!!」

「うむ!これはお主に託すぞ晴明。お主、この肝で見事不老不死の薬を作ってみい!」

「・・・」

「む・・・なんじゃその目は?」

「関白頼道様に無礼であるぞ!!」

周りの文官達が晴明を諌めるが、晴明は気にせず一枚の草を取り出して頼道に向けて飛ばす。

「?なんじゃこ・・・れは」

パアン!!

飛んでいった草が頼道に触れた瞬間、頼道の頭は風船の様に破裂した。

「ヒィ!?」

「せ・・・晴明殿ーー!?」

「何をなさるのじゃーー!!」

晴明は突然の凶行に動揺している文官達には目もくれずに、自らの母に近づいていく。

「は・・・母上・・・起きて下され。目を・・・開けて下され」

パアアァ・・・

晴明が手をかざして霊力を送ると、信田の狐は人の姿になる。

「う・・・あい、すまぬな・・・晴明」

「母上!!」

「お主を、もう産めぬ・・・愛して・・・おったぞ・・・」

そう言い残して、信田の狐は息絶えた。

「・・・貴様ら」

「ヒ・・・」

「闘えぬ母を何故討った!?」

「ら・・・乱心じゃ」

「晴明殿・・・冷静になれ」

「堕ちろ人共。貴様らは・・・上に立つべきではない・・・!!」

そう言って晴明は印を結び、その瞬間屋敷は爆発した。




「人は愚かだ・・・自らのぶをわきまえず容易く闇の領分を犯す。放っておけば、どこまでもつけ上がる。これではこの美しい世界もすぐに壊れてしまう」

晴明は淡々と言葉を続ける。

「この世にふさわしいのは人と妖、光と闇の強制ではない。闇が光の上に立つ秩序ある世界だ!!」

そしてその目からは、血の涙が流れていた。

「その為にこの晴明は、闇の主となる・・・!!いかなる手を使ってもだ・・・私は必ずや復活し、母と共に世界を闇で覆う!!」

その言葉通り、晴明は千年後に復活し、母を討ち取った男と戦う事になる・・

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あきゅろす。
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