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東方僧侶録
仏となった僧侶
私は今永琳の家に居るのだが・・・

「・・・驚いたな」

この家・・・いや、この村その物が有り得ない程に技術が進歩している。

私が人の気配を感じたのは、20年ほど前だった筈・・・

それなのにこの村は既に江戸時代に入っているようなのだ。

一体どうやって・・・

「気になりますか?」

「いや・・・今度教えて貰うとしよう」

む、いかんな・・・顔に出ていたか。

因みに私は今永琳と共に茶を飲んでいる。

何故かと言うと・・・

永琳が私を連れて家に戻ると、彼女の父親が飛んできた。

どうやら永琳はこの村の有力者の娘らしく、行方不明になった永琳を探していたという事だ。

そして永琳本人は、興味本位で村から出て化け物に襲われたという訳だ。

永琳の父親・・・八意殿は、永琳の話を聞くと大層喜ばれ「住む家が無いのなら、ここに住まないか?」と言ってってきた。

私は断ったのだが、八意殿の懸命な説得や永琳が泣きついてきたのもあって、此処に世話になる事になった。

・・・肉体の鍛錬は、ここではとても出来んな。

いや・・・今は、これ以上の鍛錬は無駄になるだけだ・・・たまには身体を休ませねばならんか。



永琳の所に世話になって一ヶ月程の時間が経った。

その間には大した問題は起きなかったが、私にとって楽しみが一つ増えた事をを伝えておこう。

永琳が私に教えを請うてきたのだ。

どうやら、私の知っている学問・・・それに霊力、法力等が永琳の興味を引いたとの事・・・

私はそれを承諾し、その日から永琳に学問等を教え始めた。

その為か、永琳は私の事を「先生」と呼び慕ってくれる様になった・・・正直、嬉しいものだ。

そして今私は、永琳に学問を教えている。


「永琳、強者とは何ぞや?」

「そうですね・・・やはり、武芸に優れた者だと思います」

「否。それは強者に非ず・・・武芸だけではいずれ力に溺れ、自らを滅ぼすであろう」

「では、知力を豊富に持つ者でしょうか?」

「否。知力だけでも結果は同じだ」

「では、強者とは一体?」

「真に強者に必要な物・・・それは『心』だ」

「心・・・ですか?」

「左様。いかに武芸や知力に優れようとも、その行いが悪意に満ちている限り、決して正しき心を持つ者には勝てん」

「強き心は武芸や知力に勝ると?」

「然り。それが世の理だ」

「私は・・・心が力に勝てるとは思いません」

「それもまた一つの答えだ・・・しかし力だけを求めても、その先に有るのは破滅だけだ」

「・・・私には、まだ理解しきれません」


永琳は聡明だ。

この村の技術レベルが高いのは、全て永琳の御陰だと八意殿が言っていた所を見ると・・・

彼女は天才ということだな。

だが・・・彼女には一つ問題が有る。

永琳は何故か異常に力を求めているのだ。

なぜかは解らないが、このままではいずれ・・・

それだけは防がねばならん。

何としても・・・




永琳の所に世話になって1年程の時間が経った。

最初は永琳一人だけだった教え子も、この1年で1000人程までに増えた。

その為、新たに寺院を建造したする羽目になってしまった。

それに見合うほどに、我が教え子達は優秀であるがな・・・

建造したと言っても、私が造った訳ではなく村・・・いや、都市の上層部者達が自ら進んで建造してくれたのだ。

彼等曰く「我々を護ってくれている恩返しだ」とのことらしいが・・・

確かに妖怪(永琳から教えてもらった)の襲撃から都市を護ったり、都市の周りに対妖怪の結界を張ったりした。

それでここまでしてくれるとは・・・

先日も上層部の者達が乾隆寺を訪れ、「何か手伝える事は無いか?」と言ってきたからな。

それに都市に住む者達からは、「法主様」とか「大師様」とか言われている。

・・・どうやら私は、何時の間にか都市の中で指導者のような立場を得ていたようだ。


此処で私が立ち上げた『貴刻宗(きこくしゅう)』について教えておこう。

貴刻宗には厳しい戒律は無い。

だから弟子の中には妻帯者も大勢居る。

通常仏教に関わる者は、煩悩や執着を断絶たねばならんが、私は犯罪行為や行き過ぎた事をしない限り、弟子達を罰するつもりは無かった。

要は心の持ちようなのだ。

他は大して変わった所は無い。

強いて言えば、女人禁制ではないと言うところか。



それとは別の話だが・・・優秀な弟子達の中でも、一際優秀な者が一人居る。

「大師、聞きたい事が有るのですが」

「月夜見か・・・」

彼の名は月夜見。

永琳に匹敵する天才であり、見目麗しい美青年である。

「何用かな?」

「大師は・・・今進行中の月移住計画を、どう思いますか?」

「・・・」

月移住計画・・・

穢れと呼ばれる物から逃れる為に、月に移住しようという計画だ。

と言っても、実現までに最低でも後5年は掛かると言われているが・・・

「嘆かわしい事だ・・・自らが生まれ、育ってきた大地を捨てて月に逃げようとは。それでは同じ事の繰り返しではないか」

「繰り返し・・・ですか」

「然り。穢れが有るからと大地を捨て・・・暮らすのに適さないと月を捨て・・・最期には何処に行くのだろうな?」

「大師・・・」

「月夜見・・・私は、此処に残ろうと思う」

「なっ!?」

月移住計画が立ち上がってから、私は上層部の者達を何度も説得した。

我々は、今居るこの大地で生きていくべきだと。

だが、彼等は決して私の言葉に頷かなかった・・・

しかし私は、月に行くつもりは無い。

「分かってくれ、月夜見。私は此処から離れたくないのだ」

「大師程の方が、此処に残ると知れ渡れば・・・」

「残る者が出てくるだろうな。・・・こんな愚か者の為に」

「そんな事は・・・」

「故に、月夜見・・・この事は内密にしてくれんか?」

「・・・分かりました。大師の願いとあらば」

月夜見に感謝しなければな。

だが・・・未だ解決していない問題が一つだけ有る。

永琳の事だ。

月移住計画に必要なロケットを造る為に、忙しいせいか永琳が此処に顔を出す事は少なくなった。

しかし力への執着心は前にも増して強くなり、我が技の一つ『二重の極み』を会得したという話も有る。

いずれ問い正さねばならんな・・・



・・・そして5年の時が経ち、計画実行前夜となった。

「大師、いや友よ・・・どうしてもか?」

「申し訳ない、八意殿。いくら貴方の頼みと言えど、私は月に行くつもりは無い」

私は八意殿から、最後の説得を受けていた。

「そうか・・・皆がこの事を知れば、悲しむだろうな」

「すまん・・・」

「何を謝る事が有る。むしろ頭を下げるのは我々の方だ。乾隆寺永治殿、今まで我々を護り続けてくれた事・・・皆に代わってお礼を申し上げる」

「皆を頼む」

「ああ・・・必ず」

八意殿はもう一度頭を下げると、立ち去っていった。

「・・・」

遂に明日か。

私が彼等に出来る、最後の義理を果たさねばな。

「先生、少し聞きたい事が有るのですが」

・・・永琳がこんな時間に来るとは珍しいな。

「入りなさい」

「・・・」

部屋に入ってきた永琳の表情は、とても真剣な物だった。

「先生・・・地上に残ると言うのは本当ですか?」

「ああ」

「何故ですか!?」

「簡単な事だ。私は地上を去る気は無い、というだけの事」

「月に行けば、皆幸せに暮らせます!」

「その代わりに、永遠とも言える時を生きねばならん。私は元より死ぬ事が叶わぬ身・・・しかしお前達は違う。短いが美しい一生を謳歌出来るではないか・・・それを自ら捨てるとは、何と愚かしい事か」

「ですが・・・」

「何を言われようとも、私は考えを変えるつもりはない」

「・・・ッ!!」

そんな悲しい顔をするな永琳。

月には、私の様な存在は火種にならんとも限らんのだから・・・

「先生私は、貴方に助けられてから貴方に強い憧れを抱きました。少しでも貴方に追いつきたくて、貴方に教えを請い、力を求めました・・・貴方と共に居るために」

成程、だからあれ程に力に執着していたのか。

「先生、私は貴方の事が・・・」

「永琳・・・」

私を好いてくれているとは、正直言って嬉しい。

だが・・・

「すまん、永琳。その想いを受け取る訳にはいかん」

「!!」

「死に行く私よりも、お前をもっと好きになってくれる者が、居るはずだ」

「・・・グスッ」

「だが、お前の想いを無下にした償い、と言えるか分からんが・・・受け取れ」

「これは・・・?」

「私が霊力を込めた数珠だ。身を守る程度には使えるだろう」

「先生・・・」

「もう二度と会う事は無いだろう・・・達者でな」

「先生も・・・」

永琳は涙を流しながら部屋から出ていった。

皆が脱出するまでの間、時間を稼せがねばな・・・

例えこの身が塵となろうとも。




そして計画実行当日。

永琳が乗った物を含めた5機のロケットが既に宇宙に上がり、残るロケットは3機となっていた。

しかしなぜ気づいたかは知らないが、数百万程の妖怪が都市に襲い掛かり、結界でそれを防いでいる状態だった。

「良いか!ロケットの発射準備が整うまで、結界を維持し続けるのだ!」

「「「「はっ!!」」」

とは言え・・・この数に攻められては、いつまで防げるものか分からんな。

・・・いや、弱気になっている場合ではない。

数が多いのならば、減らせば良い事!

「妖怪共よ!我が法力の威力、その身で味わうが良い!!」

これは使いたくは無かったが・・・仕方あるまい!!

『地龍!!』

ズズズ・・・

「グオオオオッ!!」

地龍・・・

地面から龍を創り出して戦わせるという物で、私が修行の末に習得した技の一つで、最も使いたくない技の一つでもある。

理由は只一つ・・・強過ぎるのだ。

「これで時間は稼げよう・・・」

私がそんな事を呟くと、ロケットの発射音が聞こえた。

どうやら一機打ち上がったようだな。

「後二機か・・・」

「大師様!!」

何やら慌てた顔をした兵士が転がり込んできた。

「どうした?何か問題でも起きたか?」

「実は先程、大型の低気圧が発生した様です!」

「その低気圧がどうかしたのか?」

只の低気圧程度であれば、多少大型でもロケットの発進に問題はないはずだ。

「どのくらいの冷気だ?」

「地表を凍り尽くすには十分の冷気をもっています。しかも直撃コースです」

・・・いかんな。

そんな物が来たら確実に全滅してしまう。

「何時到達する?」

「恐らく・・・1時間もしないうちに到達します」

「やり過ごすことは?」

「お恐らくは無理かと・・・・」

こんな事になるとはな。

だが・・・私のやる事は変わらん。

「・・・準備は整っているのか?」

「後は乗り込むだけです!」

「そうか・・・皆、聞いてくれ。此処に、低気圧が向かって来ている。それも地表を凍り尽くす程の物だ。すぐにロケットに搭乗し、都市から脱出するのだ!私は此処に残り、出来る限り時間を稼ぐ!」

「「「大師!?」」」

やはり驚くか・・・それも無理はないだろうが。

「我々に、大師を見捨てて逃げよと仰られるのか!?」

「我等も残り、微力ながらお手伝いを・・・」

「ならん!!このような事で、自ら死に行く事は決して許さん!!」

「しかし!!」

「・・・大師」

「月夜見!今この時より、お前が貴刻宗の法主だ!皆を導いてくれ!!」

「はい・・・必ず!!」

「頼むぞ・・・さあ、行け!生きて月に向かうのだ!!」

ある者は涙を流しながら、またある者は私に深々と頭を下げ、弟子達は去っていった。

そしてそれから間も無く、雪が降り始めた。

どうやら影響が出始めたようだ。

「・・・来たか」

まだ発射していないロケットは2機。

何としても、時間を稼がねばな。

「往くぞ!!」

私は両手を前に突き出し、霊力と法力を全て使い巨大な腕を創り出す。

「うぅおおおぉぉっ!!」

そのままその腕で雲を止める。

体積の差が、赤子と大人程もあるが関係ない。

私はその場に踏み止まる。

「ぐっ・・・」

身体が悲鳴を上げる。

持ち堪えられるか!?



そんなことを考えていると、ロケットの発射音が聞こえた。

どうやら1機打ち上がったようだ。

後1機か・・・

だが・・・私の身体も限界が近い。

腕の至る所から血が噴き出し、徐々に押され始める。

・・・どうやら霊力と法力が切れてきたようだ・・・

巨大だった腕も小さくなってしまった。

意識が遠のいていく・・・

ここまでか・・・



いや・・・まだだ!

まだ倒れん!

ロケットが発射するまでは!!

「たかが低気圧程度・・・止められずして、何が救世か!ぬうおおおおおぉぉ!!!」

今一度踏み留まる。

頼む・・・持ってくれ!!



そして、最後のロケットが打ち上がった。



私はロケットが飛び立ったのを確認すると、霊力と法力を止めた。

そして雲が迫り、私の身体凍り付かせていく。

「これで良い・・・これで・・・」

私は誰にと言うわけでなく呟いたその言葉と共に、意識を失った。




その日、月で多くの人々の泣き声がこだました。

それは何日間も続き、泣き止んだ人々は彼を讃え、祀った。

救世神(ぐぜのかみ)『乾隆寺永治』と・・・

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あきゅろす。
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