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フェイトステイナイト〜verアイス
王の歌(後編)
『すまないな、父よ。これ以上私はこの静寂の支配する世界には居られんよ』

『アクレシア・・・』

夢を、見ていた。

いや、正しくは生前の記憶と言った方が良いかもしれない。

何しろ彼の肉体は遥か昔に滅び、その魂も深い眠りに就いていたのだ。

自身の記憶を見ているのはヴィンセント・エーゲハルト・フォン・アナスタシア。

聖王国エンデレイシアの主であり、玉兎を率いて月人による奴隷制度を叩き潰した英雄である。

そして、地球上に存在する吸血鬼『真祖』、『死徒』双方の大本で、最も最初に生まれた祖・・・つまり『真祖王』でもある。

魂だけのヴィンセントが自身の記憶を遡って『観る』など、本来なら絶対に起きえない事・・・

しかし、エヴェダムの門が完全に起動した事により少しづつ再生が始まっており、その過程で自身の記憶を順々に観ているのだ。

今ヴィンセントが観ている記憶は、普通ならまず人間が紛れ込む事の無い異次元世界『エン・メラス(聖域)』の中に存在する美しい草原で去りゆく娘アクレシア・ブリュンスタッドと最後の言葉を交わす瞬間の物である。

『止めはしない・・・だが一つだけ聞かせてくれ。何故、地球に行きたがる?』

『私は欲しくなったのだ・・・あの星が。私は地球にたかる蚤(人間)共を駆逐し、あの美しい星を護る』

『・・・それは傲慢と言うものだ。それにお前は人間という物を侮りすぎている。人間は強い、その傲慢はいずれお前の身を滅ぼす事になりかねん』

『奴らにそんな力があるものか。私がそれを証明してみせる・・・ではな』

ここて一度記憶は途切れる。

あの頃は若かったものだ、ヴィンセントはそう思った。

皺や髭も無く、声も服装も違う。

本人からすれば懐かしい事この上なかった。

そして自分の娘であるアクレシア・ブリュンスタッド・・・

彼女は感情の起伏の少ないが、生まれ持った圧倒的な能力に過剰とも言える自信とプライドを持っており、人間に対しても奢りと傲慢と侮蔑を滲ませた態度で見ていた。

・・・その結末が人間の老人との相打ちとは、本人も想像だにしていなかっただろう。

人間の老人・・・キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグは強かった。

相対すれば十分自分を滅ぼせる程に。

ヴィンセントは人間の強さというものを実感し、同時に強いやるせなさを感じた。

自分の警告通りに娘が死んだのだ、気にしない訳がない。

起きてしまった事はどうしようもない・・・

そう無理矢理納得させていると、次の記憶が映し出される。

『此処に人間・・・いや、玉兎が紛れ込むとはな。歓迎しよう、名前はなんという?』

『ディナシア・・・ディナシア・カストルフです。此処は一体どこなんですか?こんな幻想的で美しい草原が有るなんて、聞いた事がありません。それと、貴方は一体・・・』

『此処はエン・メラス。紛れ込む者は居ない古の聖域・・・そして私はその主であるヴィンセント・エーゲハルト・フォン・アナスタシアだ』

その記憶の容姿・・・やや顔が老け、口髭が生えているのを見ると、あれから思い出せないほど時が経っている事が解る。

恐らくアクレシアは生きてはいまい。

そして記憶の中の自分の目の前に居る自分の金髪と対照的な艷やかな銀髪の女性・・・

それはヴィンセントが月世界を変えるきっかけを作った、忘れる筈もない心の底から愛した女性であった。

彼女はディナシア・カストルフ。

後の聖王国王妃であり、王兎の生みの親である。

この時代、月は混乱の極みにあった。

アクレシアが去った後、地球から移住してきた人間『月人』と妖怪の戦争、それに乱入し双方をほぼ全滅させた上、月夜見を含む首脳陣を抹殺するなどを行ない当時まだ一将軍に過ぎなかった綿月豊姫を連れ去っていった覇王マンダロア・ジ・アルティメットによる『革命』、そして指導者が居なくなった事による内乱・・・

およそ平穏から程遠い月の様子をヴィンセントは聖域の中から見ていたが、人間の可能性や行く末に強い興味を抱いていた為、敢えて静観していた。

ある日、ヴィンセントはアクレシアと別れた草原を歩いていた。

聖域の中には城や湖、幻想的な洞窟が幾つも存在している。

普段ならお気に入りの数ヶ所を巡りながら過ごすのだが、その日はあの草原だけに行きたくなった。

不思議な事も有るものだと思いつつ草原に向かい・・・彼女と出逢った。

聖域に紛れ込んだディナシアはヴィンセントに連れられて後に王都の中心に建つ事になる『白の王宮』でディナシアをもてなした上で彼女を月世界に戻そうとした。

しかしディナシアはそれに頷かず、聖域に住まわせて欲しいと願い出てくる。

彼女の種族である玉兎は、元々月世界に生息していた所謂原住民であったが、月人が移住してきた時に奴隷となった。

ディナシアからその事を知らされたヴィンセントは、ハッキリと嫌悪感を滲ませる。

ヴィンセントは人間を好いているが人間の悪い部分・・・支配欲等については許容していなかった。

それに奴隷になっているという事実すら知らなかったヴィンセントは、ディナシアの滞在をすぐに許可し、自分の知らない事を色々と教えてくれと頼む。

ディナシアは玉兎の中でも上流階級の生まれだったようで、物腰も仕草も気品に溢れており、何よりも極めて博学であった。

こうして二人での生活(実際はヴィンセントの魔力で動く『魔導兵』と呼ばれる存在が大量に闊歩しているが、彼等は人間ではない)が始まり、様々な事話し合い、教え合いながら時が経つに互いに愛し合うようになる。

ヴィンセントはディナシアを正式に妻として娶り、子宝にも恵まれ、穏やかで幸せなこの時が永遠に続くと思っていた

だが・・・終わりは唐突に訪れた。

『ロレンツォ!ディナシアの容態はどうだ!?』

『・・・申し訳ありません、陛下。私の力ではどうする事も出来ません・・・』

『何とかならんのか!?このままでは・・・』

『・・・あなた』

『デ、ディナシア・・・起きたのだな。ロレンツォ、少し席を外せ』

『はっ・・・』

『・・・私(わたくし)の病の事ですね?もう、長くはないのでしょう?』

『そんな事はない!必ず治る・・・治ったら子供達と一緒に何処かに遠出しよう。お前が好きだったあの草原にな』

『ええ・・・』

ヴィンセントがディナシアを娶って10年程の時が経った時、末の娘を産んでから体調が優れなかったディナシアが死の病に掛かり床に伏せた。

この頃ヴィンセントはディナシアの願いも有って聖王国エンデレイシアを建国し、奴隷として酷使されている玉兎や良くも悪くも現状に不満を持つ月人を結集させ、月世界その物に戦争を仕掛けていた。

エンデレイシアは特殊な階級制度も採用しており、頂点の聖王、最高幹部である大老、政治や内政を担当する魔術師或いは神官であるエンデレイシア七王、軍事を担当する十二将軍となっている(ロレンツォと臓硯・・・ゾォルケンは共に七王であった。又、大老と十二将軍の一部はヴィンセントが死亡した後に殉死している)。

担当を細かく分ける事により円滑に物事を進められるようになり、ヴィンセントがちょくちょく職務から離れても問題は起きなかったのだ。

『あなた・・・私がこの聖域に来てからというもの、とても幸せでした。本当に、ありがとう』

『何を弱気な!かような病なぞ、私の力で・・・ディナシア?』

スッ・・・

『フフ・・・普段は頼りがいのある顔で通してる癖に、身内相手だと途端に頼りなくなるんだから。本当に不器用な人・・・だからこそ愛おしいのだけど』

『一体何を言っている?まるで別れの言葉の様な・・・まさか!?』

『私は、あなたを心から愛していました・・・子供達をお願いします・・・』

『ディナシア!・・・ッ!!』

そこで一度映像は途切れ、静寂が訪れる。

ヴィンセントはあの時の事を鮮明に思い出せる。

愛しそうに自分の頬を撫で、眠るように息を引き取った最愛の妻。

それを只見ている事しか出来なかった自分。

『涙』は流なかった。

だが、血の涙が流れた。

そして両手の拳を自分でも信じられない程の力で握りしめ、それによって流れ出た血が床に落ちて血だまりが出来た。

ヴィンセントはこの時程自分の無力さと、妻を死に追いやった『月世界その物』を呪い憎んだ事はない。

真祖は世界がシステム管理者として生み出した存在・・・

人智を超えた力を持っていようと、運命を操ったり覆したりは出来ない。

この時ヴィンセントは決意した。

ディナシアの望みであった玉兎の開放、そして月世界というシステムを破壊する事を。

『・・・旧月面の将、綿月依姫。余の権限を行使し、全ての権限を剥奪した上終戦までの間王宮の一室にて幽閉する。自らの罪を、そこで数え償うがよい・・・連れてゆけ』

『『はっ』』

『・・・』

自分の記憶を一つ一つ思い出し、吟味していると、新しい記憶が映し出される。

目の前に居るのは正座をして目を閉じている月軍の高官『綿月依姫』。

それを頬杖をつきつつ玉座から見下ろしているのは、間違いなくヴィンセント本人である。

だがその容姿は大きく変わっており 顔は明らかに老人の物となり、短かった口髭は整えられたラウンド髭に、顎鬚はラウンド髭と一体化した上鳩尾辺りまで伸びるなどの他にも、服装や口調、声も変わっていた。

ディナシアが死んでから数百年、月世界の情勢は大きく変わっていた。

元々エンデレイシアの勢力はそれ程の物ではなかったが、ディナシアが死んだ後は徐々に勢力を拡大し、同時期に帰還した豊姫の建ち上げた国家と協力しつつ戦い続けた結果、今では月世界のほぼ全てを手中に収める事に成功した。

そして今日、旧月面軍の最後の要塞を陥落させ、月世界を完全に制圧した。

今は要塞の指揮官であった依姫の処遇を決定している所である。

それを聞く依姫の様子は静かなものだった。

連れてこられた時から態度は一貫して落ち着いており、まるで瞑想でもしている様であった。

ヴィンセントはその様子に僅かな違和感を覚えるが、全ては終わった事だと判断しすぐに忘れ去る。

尚、依姫・・・と言うより、今までヴィンセントの前に連れてこられた者逹は誰一人として装備を奪われず、そのままの状態での謁見が許される。

これはヴィンセント自身の『下手思い入れの有る物をに取り上げて無闇に敵愾心を煽るより、そのままにしたほうが良い』という判断によるもので、事実連れてこられた者は皆やや不審に思いつつも暴れはせず、素直に従っていた。

だが、依姫は別であった。

『ッ!』

ガッ、ドスッ!

『ぐはっ・・・』

『ぐあっ!?』

『・・・!』

衛兵の手が依姫に触れようとした瞬間、突然依姫の目が大きく見開かれたかと思うと、瞬時に衛兵を昏倒させる。

ヴィンセントはまさか抵抗するとは思わず驚くが、先程感じた違和感はこれだったのかと納得した。

綿月依姫は、覇王に一方的に叩き潰されたあの時とはまさに別人である。

あの頃はまだ20代前半であった事もあり、あらゆる面で未熟であった。

だが数百年という時と長い戦争は彼女に武人らしい落ち着きと能力を与え、旧月軍では最強の将とまで呼ばれる様になった。

ヴィンセントの子らの中でも一番武勇に優れたジェラール・アルキュオネ・ヘイズ・オルズラインと幾度となく刃を交え、互角の戦いを見せられる程の能力を持つ依姫であったが、その根底に有る月人至上主義は一切変わっておらず、最後は果てない戦争に嫌気がさした副官や兵士達によって捕らえられてしまう。

だが、依姫は怒りに我を忘れる事は無かった。

戦で勝てぬなら、直に頭を討てばいい・・・

依姫はそう考えたのだ。

『・・・余に、手向かうか』

『いくら強固な軍であっても、所詮は寄せ集め・・・王(貴方)が死ねば勝手に崩壊するでしょう。御首、頂戴する』

『何を戯言を!陛下の手を煩わせるまでもない、我々が相手をしてやる!!』

『待て』

『陛下!?何故止めるのです!』

『余に向かってのその物言い・・・気に入った。うぬは余、自ら相手をしてくれようぞ。玉座に居る者は、すぐに此処から離れよ。余は加減は好かぬ、誤って巻き込むやもしれぬでな』

『し、しかし・・・』

『余に同じ事を言わせるつもりか?』

『・・・はっ。御意のままに』

『聖王国エンデレイシアの支配者・・・余こそ冥王・・・見事超えてみせよ』

『綿月依姫・・・参る』

自分の首を狙う依姫の気概を気に入ったヴィンセントは、玉座に居た者を退出させ戦いに望む。

数十分後・・・

『クッ・・・』

『余に傷を付けし事、賞賛しようぞ。だがそれもここまで・・・選ぶがよい。降伏か、それともまだ続けるか』

二人の戦いは凄まじかった。

それは玉座の有様を見れば一目瞭然で、床は抉られ、ガレキが散乱し、壁は切り崩されている等、凄惨たる様相を呈していた。

そして、その光景を生み出した二人の姿は対照的であった。

ボロボロで、息絶え絶えになりながらも刀を杖がわりにして無理矢理立っている依姫と左手の手の甲に有る切り傷以外は一切傷を負っておらず、息も乱れていないヴィンセント・・・

どちらが勝者かは一目で分かった。

『・・・武人に降伏しろとは。受け入れるとでも?』

『それが答えか。ならば・・・』

クンッ

ドドドドォン!

『ッ!』

ガガガガガッ!

ズバババババッ!

ドギュウン!

『望み通り・・・』

ギュイイィィン・・・

『天から落ちよ!!』

ドオオオォォン!!

まだ戦いを止めないと言った依姫に、ヴィンセントは止めの攻撃仕掛ける。

まず腕を振るって光の柱を放ち壁まで吹き飛ばし、そのままに拳と脚による高速の連続攻撃、帯剣している蛇腹剣による攻撃、さらに服に装着された4機の機器から4機同時に光線発射し、とどめに腕に気を込めて光り輝く巨大な光球を叩き込む。

攻撃の衝撃で壁が崩れ、依姫は外に放り出され落ちていく。

『・・・ほう』

だが依姫は最後の力を振り絞って壁に刀を突き立てて落下速度を減らし、何とか命を落とさずに空中庭園に落ち、そこで意識を失った。

流石月軍最強の将・・・と関心しつつ、依姫に傷付けられた手の甲を見る。

『また、傷が・・・癒えぬ』

ドクンッ!

『ぐッ・・・がはッ!!』

バシャッ!

『ぐ・・・おお・・・ッ!』

手の甲の傷は未だ癒えず、痛みや出血は収まらなかった。

それだけではなく、急に大量に血を吐き出し胸を押さえてうずくまる。

ここ数百年で、ヴィンセントは『老い』を確実に感じ取っていた。

回復力の低下、そして身体能力の急激な衰えを補う為に身に付けている強化スーツ等、かつての圧倒的な力や不死である筈の命・・・それを数百年の内に殆ど失ってしまった。

恐らくシステムの一部であるヴィンセントが世界に歯向かったら為に発生したペナルティであろう。

それを数百年の間受け続けたヴィンセントの痛みと苦しみは、想像を絶する物だった。

『まだだ・・・まだ、死ねぬ。余はまだディナシアの無念を晴らせておらぬ・・・!!』

自分の死期が近い事を実感しながらも、搾り出すように言葉を紡ぐ。

それは小さな声であったが、玉座内のどこに居ても聞こえる声質であった。


『本艦の前方数キロに何かが出現・・・何だこれは!?』

『どうした?』

『大きい・・・月の直径とほぼ同じです!形状から、砲身の様にも見えますが・・・』

『陛下、これは・・・』

『ようやく・・・ようやく引きずり出せたわ。我が妻を死に追いやった報い、今こそ受けさせようぞ・・・!』

記憶は途切れる事無く続いた。

あれから1月経たぬ内に、残存の旧月軍が大挙してロマ・ディナシアを攻撃した。

どこにこんな戦力が居たのかと思う程のこの軍の指揮官は叢雲元帥・・・

旧月軍の最高指導者であり、依姫の上司であるのだが素性が殆ど不明な人物でもある。

それと言うのも全身を余すところなく鎧に身を包んでいるので顔も分からず、変成器で声も変えられている為どんな人物かが全く分からない。

しかも月夜見が死亡した直後から急に名前が知られる様になった事から、『月夜見ではないか?』という噂も流れている。

叢雲元帥が攻撃を仕掛けてきた時、ヴィンセントは依姫の副官であった伊邪那岐中将を自身の座座乗艦『スピリット・オブ・ムーン』の艦長として艦隊戦力(主力が各方面に散っているのでそれしかなかった)で迎撃に出る。

が、艦隊だけではやはり苦戦は免れず、劣勢になってきた時、幸運の女神が微笑んだ。

嫡子であるリヒター・ガルガンディア・クレダ・ヒュラッセインと末の娘であるオリヴィエ・シュヴァイツァー・アウラ・ゼーゲブレヒトが、王都攻撃の報を聞き自分の軍・・・そして豊姫から借り受けたスエッソン・ステロ率いるMS部隊と共に帰還したのだ。

戦況は一気に好転し、このまま押し勝てるかと思った時、『それ』は音も無く現れた。

ヴィンセントの率いる艦隊の前方に展開した月軍主力艦隊の後方から現れたその物体は、極めて巨大なチューブの様な形状をしており、砲身の様にも見えた。

この物体・・・正式名称は『ワールドデストロイヤー』という。

世界の害悪となる物を排除する為の存在『抑止力』の中でも最大の大きさを誇るワールドデストロイヤーは星に生きている生命全てを排除・・・つまり、リセットする為の物である。

勿論、この事を知る者は殆ど居ない。

『物体の中心部にエネルギーg集まっています!どうやら未確認の戦略兵器の模様!』

『撃ってくる気か!?目標は!?』

『・・・解りました!目標ロマ・ディナシアです!』

『あの口径だ・・・もしロマ・ディナシアを撃たれれば、月の生物は皆死滅する!!』

『・・・発射までの時間は?』

『はっ?』

『発射までどれ程の時間が残っているかと聞いている』

『は、はっ!およそ10分程度どいったところです!』

『十分だな・・・』

『陛下・・・一つお聞きしたいのですが、陛下はアレの正体を知っておられるのではないでしょうか?』

『・・・確かに余はアレの正体を知っておる。アレは、世界その物よ』

『世界・・・とは?』

『世界とは惑星、衛星に関わらず存在する強大な意思・・・星を正しく運用する為のシステム・・・普通の者では認知すら出来ぬが、世界は自らの支配下に有れば全てを思うがままに操作できる。生物の生死さえな。余と娘はシステムを補助し、不安要素を排除する為の監視者として生み出された』

『まさか・・・そんな存在が居たとは・・・』

『娘はシステムに忠実であったが、余はそうではなかった。時が経ち娘は人類の排除の為に地球に去っていき、余はただ見守り続けた。やがて何とか全滅を免れた人類が月に移住し、月人となった。余は排除を命じる世界の意思を無視し続け、数えられぬ程の時が経った。その末に、余はディナシアと出逢った。余はディナシアを妻として娶り、息子らが生まれた・・・だがそれが世界の意思の怒りを買ったようでな、ディナシアは死に追いやられてしまった。余は世界の意思を呪い、憎み、世界に世界に真っ向から反抗する事を選び・・・この有様だ。肉体は老いぼれ、不死の命を失い・・・恐らく、この命も永くはなかろう』

『な・・・それでは聖王国はどうなるのです!?王が居なければ国は・・・』

『もう世継ぎは決めておる。メシュティアリカが次の王だ』

『・・・無礼を承知で申し上げますが、何故リヒター王子ではないのですか?メシュティアリカ様は凡庸だと言われているのですが』

『メシュティアリカが凡庸だと?メシュティアリカは我が子らの中で唯一余と同じアナスタシアの名を持つ者・・・それが凡庸である筈なかろう』

『確かにそうですな・・・失言でした、お許しを』

『良い。それよりも、部屋に居るはずのメシュティアリカに回線を繋げよ』

『お任せを。繋げ!』

『はっ!』

ヴン!

『おお、メシュティアリカ。何か変わりは・・・そのドレスは前に余が贈った物か。よく似合っておるぞ』

『ありがとうございます・・・あの、お父様?お外がにぎやかですけど、何か有ったんですの?』

『お前は気にしなくても良い。そういった事は余や他の兄弟逹に任せておけば良いのだ。お前は勉学や作法をひたすらに学ぶのだ、よいな?』

『はい、お父様』

『良い子だ・・・戦争が終ったら、また買い物に行こう。好きな物を勝ってやろう』

『はい!お帰りをお待ちしていますわ!』

ヴン!

『・・・買い物か。恐らく、その約束は果たせぬのだろうな』

『陛下?』

『ヴィンセント・エーゲハルト・フォン・アナスタシアの名の下に命ず。皆、直ちに下艦せよ。世界の意思などという物と心中するのは余だけで十分よ。さあ、行くがよい』

『お断りします』

『ぬ・・・?』

『かような話を聞いて、おめおめ逃げ帰れる程愚かではありません』

『我々も同じです!』

『陛下、我々に死出の旅を共にさせて頂きたい。これは皆の意思です』

『そうか・・・ありがとう。この老いぼれに付きおうてくれ!』

『『『はっ!!』』』

ワールドデストロイヤーがロマ・ディナシアを攻撃しようとしている事が分かり混乱する最中、待ち侘びていたかのような空気を漂わせているヴィンセントに『あの「物体の事を知っているのか』と聞いてみる。

ヴィンセントはそれを肯定し、自身の身の上話をする。

話を終えると、ヴィンセントは溺愛しているメシュティアリカ・エンジェレイティア・レイ・アナスタシアに通信を繋げさせ、暫し会話を楽しむ。

メシュティアリカはディナシアによく似ており、過剰な程に大事にしていた。

それも有ってか、兄逹や妹のような軍人としての道をヴィンセントは許さず、政治学や魔法学等の勉学、全般的な作法等を学ばせていた。

・・・その溺愛ぶりが祟り、一部の心無い者に『冥王の可愛い人形』、『父親の庇護無しには何も出来ぬ姫君』と嘲笑すされてしまっているのが現状なのだが。

会話を終え、通信を切らせるとヴィンセントは船員に艦を降りるように命じる。

ヴィンセントは最初から死ぬつもりだったのだ。

だが、船員達はそれを拒否し、死ぬまで付き従うと言ってきた。

ヴィンセントはそれを受け入れ、自身最後の戦いに望む。

7分後・・・

ドオオオォォン!!

『うおっ!』

『5番エンジンに命中!戦速、40%に低下!』

『3番、5番プリズム砲使用不能!後部対空砲座からの応答無し!』

『叢雲め・・・どうやらアレの正体を知っておるようだな。知って上で守ろうとするという事は、世界は奴を新しい監視者に選んだ様だな』

『既に存在する生物を、そのような存在に変えるなど可能なのですか?』

『世界からすれば造作もない事よ。世界とはそれ程までに強大な存在なのだ』

『厄介ですな・・・』

『だが、倒せぬ相手ではない・・・目標地点まで後僅か、何としても持たせよ!』

『お任せくだされ!』

ヴィンセントの人生最後の戦いも最終局面を迎えていた。

友軍艦隊の援護攻撃を受けつつ、月軍主力艦隊に正面から突っ込む。

損傷を受けつつも突破を果たし、ワールドデストロイヤーの砲門内に突入したが、叢雲元帥の旗艦とその護衛艦2隻が急速回頭して追撃を開始する。

目標まで後僅かという所では、スピリット・オブ・ムーンは中破にまで追い込まれていた。

『目標地点に到達しました!』

『艦をコアにぶつけよ!艦の爆発の衝撃でコアを破壊するのだ!』

『はっ!』

『陛下・・・貴方にはもっと早くお仕えしたかった。それだけが心残りです』

『・・・もし、来世とやらが有るのならば、その時また余に仕えよ』

『・・・了解しました。その言葉魂に刻み込みましょう』

『うむ・・・』

それでもスピリット・オブ・ムーンはワールドデストロイヤーの中枢である『コア』に辿り着き、ヴィンセントはスピリット・オブ・ムーンをぶつけよと命じる。

命令はすぐに実行され、スピリット・オブ・ムーンはコアに体当たりして爆散、コアを破壊されたワールドデストロイヤーも内側から崩壊を始め、追撃していた叢雲元帥の旗艦と護衛艦2隻も巻き込まれワールドデストロイヤーごと世界から消滅した。

スピリット・オブ・ムーンが爆散する瞬間、ヴィンセントは常人には聞こえぬ世界の意思の断末魔の叫びを聞き、満足しながら人生を終え、そこで記憶は途切れた。

ヴィンセントは自身の記憶を見終わった。

その途端、何か凄まじく強い力で引っ張られる様な感覚に襲われ、眩い光が視界を奪う。

そして視界が戻った時、ヴィンセントは蘇っていた。


「カ・・・カカカカカカ!!蘇ったぞ・・・我が主、冥王ヴィンセント陛下の再臨だ!カカカカカカッ!!!」

ヴィンセントを復活させた臓硯は耳障りな笑い声を上げる。

臓硯・・・ゾォルケンは、かつて極めて偉大で高潔な魔術師であった。

が、ヴィンセントへの忠誠心が異様に高かったゾォルケンはヴィンセントに甘やかされ、世間を殆ど知らないメシュティアリカを次の王と認めず、ヴィンセントを復活させる為だけの魔術『エヴェダムの門』を生み出し、その生贄としてメシュティアリカを攫い、その邪魔をしたロレンツォ教皇以外のエンデレイシア七王と偶然白の王宮で待機していた十二将軍の内4人等を殺害した上、王都をガレキの山に変えるといった月の歴史上類を見ない大罪を犯したが、ヴィンセントの復活は二人の王子やロレンツォ教皇、五老聖の力によって阻止され、ゾォルケン自身は地球に逃げ果せる事となった。

幸運な事に地球にも魔術師が存在していた為ゾォルケンは上手く溶け込み名前もマキリ・ゾォルケンから間桐臓硯と変え再び魔術を行使する為に魔力を溜め続けた。

だが月とは違い地球では肉体、魂共に老いが進行するため定期的に肉体を替えねばならず、回数を重ねる事に魂は腐敗ししていく。

結果、かつての強大な力と高潔な精神は消え失せ、生き続ける為だけに生きる怪物と化した。

そのような状態になってもヴィンセントへの忠誠心は消えておらず、無限の魔力を手に入れる為に聖杯のかけらと制御用の刻印蟲を桜に埋め込むなどといった行為を行なった。

桜に埋め込んだ聖杯のかけらと刻印蟲はチルノに全摘出された上、刻印蟲は尽く焼き尽くされ為当初の目的は頓挫したが、そちらはくまで『保険』であり、エヴェダムの門を起動するのに必要な魔力、生命エネルギーは十分に溜まっていた為、エヴェダムの門を起動し、ヴィンセントを蘇らせた。

おのが悲願を達成した臓硯の喜びは天をも突く程であった。

「・・・(これは・・・危険過ぎますわ。私クラスじゃとても太刀打ち出来ない・・・それにあんな神クラスの物を食べたりしたら、身体が破裂するか逆に吸収されちゃいますし。せめて私より上位の方々が居れば・・・)」

それとは対照的にセレナはかなり困惑していた。

元々軍を率い、王族に剣術を教えていたセレナは判断力や観察力が極めて高い。

それが目の前に現れた黒装束の老人が危険な存在であると知らせているのだ。

他にも直感でヴィンセントが神に等しい存在たと気付き、食い散らかす事も不可能だと判断し手詰まり状態になっていた。

「(※ヴィンセントと臓硯の会話は古代語である為、セレナには理解出来ない事を先に明記しておく)何故・・・余が肉体を得ておる?それに、この肉体をから沸き上がる力と流れ込んでくる記憶は・・・」

「再臨、心から祝福致しますぞお陛下!久方ぶにの肉体を得た気分はどうですかな?」

「・・・ゾォルケンか。何故余を蘇らせた?」

「陛下のお力で、この星を導く為に御座います」

「詭弁よな。余を欺こうとは、かつての七王も堕ちたものよ」

「い、いえ!決してそんな・・・」

「蘇った時、貴様の記憶の一部が流れ込んできてな。余が死んだ後、随分と好き勝手やっていたようだな?余の国、余の臣下・・・そして余の可愛いメシュティアリカを傷付けたその罪と余を欺こうとした先程の不敬・・・許す訳にはいかん」

ヴィンセントの復活を心底喜んでいた臓硯だったがヴィンセントの口から出た言葉に凍り付く。

ヴィンセントは人々に慕われていた偉大な王であるが、国に仇成す者に対しては容赦がない。

ヴィンセントを復活させる為とはいえ、大罪を犯した自分がどうなるかはすぐに理解出来た。

「陛下、お待ちを!お待ちを!!」

「地獄に堕ちよ!!」

ドギュウン!!

「ギャアアアアアァァァ・・・・!!」

臓硯は身の危険を感じ、何か言い訳をしようとしたがそれすら許されず極太の閃光によって消滅させられ、その人生を終えた。

「一体どうなってますの?仲間割れ・・・かしら?」

「ふん・・・蘇ったとしても成すべき事など何もないが、地球の文化を覗くのも悪くは無かろう」

シュン

臓硯を消し去ったヴィンセントは即座に転移魔法で姿を消し、セレナ一人だけが残される。

「ああ、何だか嫌な予感がしますわ。誰かに知らせないと・・・」

一人残されたセレナはめまぐるしく変わる状況に戸惑いつつも誰かに知らせる為に蟲倉を後にする。

事態が混迷の一途を辿り始める。


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