[携帯モード] [URL送信]

新小説
2(恩師)
 永きに渡りアスランダ東部、クロ-ユェン市の貿易事情を支えてきた港町、ポートエリム、通称“水の楽園都市”。海だけでなく複数の川も流れるこの町は、その名前が示す通り水源豊かなとても美しい町だった。
 だが現在は邪神襲来の被害を受けて港機能は完全に麻痺、一部の港などは廃船で溢れかえり、“船の墓場”と評した方がいいような有り様となっている。
 他国の助力も借りた建設的な復興作業により徐々に賑わいを取り戻してはいるのだが、市民が完全に元の生活に戻るにはまだまだ多くの時間と費用が必要だろう。
 例えば食糧を代表とした資源難も現在ポートエリムが直面している問題の一つだ。なにしろこれまでポートエリムの物資は水産物を除いたほとんどが国内取引と貿易により調達されてきた。廃船の撤去、海船の修復、港の整備も間に合っておらず貿易も漁業も行えない今、住民が安定して暮らせるだけの物資を今後どう賄っていくかは喫緊の課題だ。
 ディンがポートエリムに来て今日で三日目。これまで受けた港の整備や交易商人の警護依頼はもちろんなのだが、本日受けた依頼もまさにそういった問題を背景に抱えてのものなのだろう。

 ポートエリムを流れる複数の川の中でも、エカフェティ山地から走っているトラエット川は幅数十m、水深も大人が簡単に潜れるほどの深さがあるこの近隣で一番の大河だ。
 そのトラエット川を船を使ってひたすら上流へ。ターゲットに警戒されないよう途中で降り、そこから暫くは徒歩での移動が続く。草木を掻き分けつつ、雄大な山々に囲まれた大自然を奥へ奥へと押し入る。人の手が入ってない自然地帯はいわゆる魔境と心しておいた方がいい。いつどんな魔物と遭遇してもおかしくはない。

「いいか。ターゲットは奴らだ」

 この山々に精通した熟練のハンター、ダン-ヘッケルは繁みに身を潜めて指をさす。ディンはダンを含む幾人かのハンターに混じって身を低くしつつ、獲物の様子を伺った。
 川辺には、体長3m以上もある四つ足動物が何頭か群れをなして闊歩している。その巨体は川辺の石や水に溶け込むような灰色で、体型はいかにも骨太なようでずんぐりしている。全体的な骨格は虎のよう。頭からは鹿に似た枝分かれした角を生やしており、頭部も鹿のそれに似ているが、まん丸い目は魚のような風貌で、口元からはこれまた魚のような細く鋭い牙を無数に生やしている。首元にはたてがみ。前後の足は鳥類のそれに似て細く鋭い。ヤーガットという肉食の魔物だ。気性はすこぶる荒いとダンはいう。

「奴らの危険性は話した通り。腕力だけでなく俊敏性もあり、おまけに獰猛ときてる。一度暴れだすと手が付けられない。あの鋭い爪、牙による一撃の前にゃ人間なんぞ一たまりもない。おまけに奴らの外皮はすこぶる固く、お前ら剣士の攻撃なんぞ通りはしない。だからこいつが必要だって言ってるんだ。分かるか?」

 愛用の銃を大切そうに抱え込むダンに、ディンは「うす」と返した。本人からしたらこの上なく丁寧にしているつもりだ。

「だがな、その危険性に見合うだけの見返りも大きい。肉は美味だし、骨、皮、内臓、ひいては血に至るまで捨てるとこがない美味しい獲物よ」

 一度の説明ならありがたく頂戴するが、ここに来るまでに同じ話を五回は聞いた。銃を大事そうに抱え、蓄えた白ひげをご満悦に吊り上げながらヤーガットについてあれやこれやと語るダンはまるで恋する乙女のようだ。まったく、惚気るおっさんの話など犬も食わないというのに。

「しかしだ、何度も言うが、たかだか獣となめてかかるな。奴らにはこれまで何人ものハンターがやられてるんだ。まっ、人様としかやったことのない傭兵にはちっとばっか荷が重いかもしれねぇな。まっ、新人同然のお前さんにゃはなから期待なんぞしていねぇ。せいぜい俺らの足を引っ張んないよう……っておい!」

 長い。そう感じたディンはため息と共に立ち上がると、一人ヤーガットの群れに向かって歩き始めた。時間は有限。悪いがおっさんの自己満足を保つためなんぞにこれ以上の貴重な時間を使ってやる程高いサービス精神は持ってない。
 距離は100m近くあるものの、ヤーガットは即座に察知し近寄ってくる。

「なに考えてる!? あのガキ!」

 ダンは悪態を付く。
 最近ただでさえ狩人が減って仕事が大変だったのに、やれ戦争やら邪神やらの被害が追い打ちをかけた。自分達狩人の役目が期待されるのはいいが、深刻な人手不足はこちらも同じだ。ならせっかくだからと仲間に促され、出来たばかりのミリオンズとやらを頼ってみたが、失敗だ。傭兵なんて元から信用してなかったが、来たのは傭兵とは名ばかりの若いガキなのだからもっとひどい。
 せっかくだから人生の先輩として狩りの熾烈さを勉強させてやるつもりが、協調性すら持ってない。なにしろせっかく親切心から行き掛けに銃の扱いをレクチャーしてやろうと思ったのに、性に合わないとか言われ断られた。背に分厚い剣を背負ってはいるが、あんな玩具でヤーガットを狩れてなるものか。本来であれば相手を分断させ囲ったり罠を仕掛けたり、そういった念入りな準備があって初めて相手にできるよう魔物だ。それを単独で複数の前に出て行くなど馬鹿げてる。これでは無駄に人死にを出しただけ。下手したらヤーガットを無闇に刺激させこちらまで危険に晒される。これだから素人なんぞ連れてくるべきではないのだ。
 だが、そんなダンの不満や悩みなどディンはまるきり気にしない。それより、獲物が臆病な気質でないことを神に感謝だ。逃げる獲物を追うのは面倒だし気が引けるが、相手もやる気なら好都合。その方が面倒もなく性に合ってる。

「きたきた」

 両者の間合いが50mに近付いたところで一頭のヤーガットが駆け出してくる。続いて後ろから二頭。川辺の水がバシャバシャはねる。予想より俊敏だ。体高もある。2m程か、重量もかなりあるだろう。油断はできない。だがそれがいい。
 剣を抜いて待ち構える。幅20p、刀身1mもの大剣だ。慣れた重みが手に伝わる。野性の殺意が肌を貫く。ここ数日ご無沙汰だった闘争の感覚がよみがえる。懐かしの緊張感に、ディンは自然と笑みをこぼした。
 振り下ろされる前腕を剣でいなしてそのまま背後へ。追撃を試みるが、続いて迫る二頭がそれを許さない。鋭い爪、牙、転がり避ける。狙いを外した剛腕が川辺の石を飛散させた。一撃でももらえば致命傷となるだろう。
 三体相手はやはりキツいか。正面から打ち合うかどうか一瞬だけ思考を巡らす。結論。オッケー。久々に暴れられるのだ。今は思い切り身体を動かしたい。
 ヤーガット達は素早く反転。だがそれよりも早く飛びかかる。落下の勢いで剣を叩きつけるように振る。腕から血が吹き出たが、固い外皮が致命傷を許さない。意に介さず追撃。腕で防がれ、反撃がくる。すれすれでかわし、二撃三撃と切り込んでいく。いずれも浅く、相手は少しも怯まない。
 いけない。集中してるつもりだが、精神状態があまり良くない。溜まってたイライラのせいだろうか。心身が分離し太刀筋が出鱈目になっている。こんな状態では勝てる相手にも勝てはしない。
 簡単に囲まれ、防戦一方となる。そんな状態でも相手の攻撃を避けつつ時折反撃出来ているのだから自分でも天晴れと褒めたいとこだが、どうもそう長くは続きそうにない。
 腕による薙ぎ払い。かわせないので剣で防ぐ。予想以上の膂力に吹き飛ばされた。
 転がった勢いでくるりと起きるが、既に三体のヤーガットは駆けている。この猛獣、獲物の隙を逃すほど大人しい性質ではないようだ。巨体が重なり押し寄せる。
 ダン含めた狩人は慌てて銃を構えるが、リスクを恐れ発砲までには至らない。上手く当たったとして、倒せて一体。それすら厳しい。下手に攻撃を行えば相手を刺激し、自分達の身まで危険になってしまう。となると本意でなくとも、あの少年が食い散らかされるのを黙って見物するに他はない。
 ほら見たことかと内心毒づく。ディンの予想を上回る立ち回りには少し驚かされたが、あの化け物相手に近接戦闘などはなから無謀だったのだ。
 ヤーガットの牙がディンへと迫る。ディンは動く気配を見せない。観念したようになにやら小言を呟いているようにも見える。あぁこれで終わりか。凄惨なランチタイムの幕開けだ。例え仲間でなくとも、生意気なガキでも、そんな光景は二度と見たくなかったというのに。
 だが、この状況はディンにとっては嬉しい誤算だった。吹き飛ばされて距離が離れたことで集中する間、即ち詠唱の間が出来たのだ。
 爆発。ヤーガットの眼前で赤い炎が生まれた。熱風と衝撃は離れたダン達の元にまで到達する。

「な!?」

 なにが起こったというのか。突如発生した炎の塊。それに巻き込まれたヤーガットがのたうち回る。ディンはどこだ? いた。隙だらけとなった獲物に駆け寄っている。やったのはあいつか? それ以外に考えられない。一体なにを。爆弾? 違う、そうではない。ダンは確かに見た。爆発が起こる前、ディンの手のひらから光の帯のようなものが出現していた。あれは恐らく魔方陣。魔術師(ウィザード)。あの少年、剣士ではなく魔術師だったのか?
 次の瞬間ディンの一振りがヤーガットの頭部をかち割った。時には銃弾さえ弾くことのある頑強な頭蓋骨が真っ二つだ。なんという剛腕。先ほどまでの一撃とは比較にならない。

「あと二体」

 ディンはぺろりと舌を舐める。体内に力が湧き上がる感覚。さっきまでと比べ、すこぶる調子が良いのが自分で分かる。身体を流れる“魔素”を感じ、高め、動きと一体化させる感覚。大人より体格が劣るディンの場合、筋力頼みの一撃よりもその感覚こそが重要となる。その大切さをディンは若い年齢にして理解している。むしゃくしゃし調子が悪い時にこそ、やはりウォーミングアップが大切なのだ。なにしろ数日ご無沙汰だったのだ。ウォーミングアップは入念に行わなければ。

「クトゥグア ラヴ アルヴ マルナ フレア トー レイス」

 這い蹲る二体のヤーガットの中央に向けて手を翳し、先程と同じ詠唱をする。赤い球体が生じ、爆発。ヤーガットは避けようと動く。一体は巻き込まれたが、もう一体は海老のように身体を弾ませくるりとかわす。着地と同時に攻撃。腕による叩きつけ。もう見飽きた。鋭く踏み込み剣を合わせる。刃が貫通、ヤーガットの前腕が宙を舞う。

「ギィーーっっ!!」

 腕を切断され、ヤーガットはたまらず悲鳴をあげた。支えをなくしたヤーガットはバランスを崩し横這いに倒れこむ。その首筋に一撃。切断には至らずとも、明らかに頚椎は叩き折ってる。
 残されたのはあと一体。爆発のダメージからは既に回復しているように見えるが、怯えてるのか威嚇をするだけで前に出れない。一方のディンはまるで散歩でもするかのように悠々歩を進めてる。狩る側と狩られる側、立場は誰の目から見ても明確だ。
 残された一体はディンが攻撃圏内に入ったことでようやく動く。剛腕が降り上がった。厄介な外敵を叩き潰さんとする全霊の一撃。だが、そこには明らかな恐怖や焦りが見て取れる。あのような大振りの一撃、ダンの目から見ても今更当たるようには思えない。
 事実、ディンは身を低くして一気に飛び込みそれをかわした。同時に斜めに転がりヤーガットの懐へ潜るや否や反転すると、胸郭目掛け剣を深々突き刺した。
 だが、不安定な姿勢だったためか剣は浅く、致命傷には至っていない。残されたヤーガットは最後の力を振り絞りディンを握り潰そうと手を伸ばす。

「イルギニス ラヴ トニトゥルス マルナ ソー トー レイス」

 再び魔方陣が煌めいた。今度は先程と違う淡い群青色。その瞬間、ドンっと大気が震える音と共に青い閃光が迸った。

「電撃魔法っ!?」

 発生した電撃は剣を伝ってヤーガットを襲う。剣の奥にあるのは身体に血液を送り続ける重要な器官、即ち心臓。電撃のショックを受け巨体がビクンと一度震えた。暫しの沈黙。暫くすると、ヤーガットは糸の切れた人形のように地に倒れ伏した。

「なんだ、あのガキ」

 ダンが驚くのも無理はない。
 ディンの動きは明らかに普通の人間のそれではなかった。これは闘士(ウォーリア)の性質、即ち常人よりも高い魔素の保有量を有しており、その魔素が身体能力を向上させているのだろう。それも驚きであるが、闘士の人間自体はそこまで珍しくない。だが、加えて魔術? あり得ない。
 本来人類は魔素の保有量が低い種族だ。もちろん例外はいる。そういう例外はだいたい勧誘されて兵か狩人に従事する。そして特別な訓練を積むことで、あるいは頑強な身体と優れた身体能力を備えた闘士となり、あるいは魔術の習得を成して魔術士(ウィザード)となる。
 だがしかし、闘士の特性、そして魔術士の特性は全く別物らしい。魔素を体内にて運動エネルギーに変換させるか、外部にて自然現象に変換させるか、それらは別々の回路により事象されるという。そして、人類の場合は基本的にどちらか片方にしか特化出来ないというのが一般論だ。
 理由としてはどちらも習得に時間を有するため偏らざるをえないからとも言われるが、それ以前に各々の特性は先天的、遺伝的に決まっているというのが現在の学者達の見解だ。
 これまでその常識を打ち破った者は数少ない。例えば邪神ングトーヴス討伐の立役者であり英雄となった傭兵、ウェルド-アースがそうであったらしい。だが、その傭兵は邪神と単騎で渡り合ったと言われている時点でものが違う。他にも両方の特性を有する人間がいるにはおり、彼らは“アース”とか言われている。なんでも古代神話に登場する神の一族であるとのことだが、その英雄の名前と一致しているのは偶然か。それはいいが、どちらにしてもそんな奴らは天然記念物級の存在だ。人生で知り合える機会なんぞそうそうない。
 そう思っていたのだが。まさかこんな所に、しかもあんな年齢のガキがそのアースだとは。
 ダンは呆気に取られ立ち尽くす。

「……おい」

 彼らはあまりに呆然とし過ぎて、気付くのか遅れた。

「あのガキ、出てこないぞ」

 剣を突き立てるためヤーガットの懐に潜り込んだディン。その直後崩れ落ちた巨体。今頃ディンはその巨体の身体の下だ。あれが一体何キロあると? 潰されてはただでは済まない。

「きゅ、救出! お前ら、救出だ!」

 ダンの命令を受け、呆然としていた狩人達は慌てて駆け寄ろうとする。すると、絶命したと思われていたヤーガットがビクンと動いた。

「……っ!」

 ダンはヤーガットに銃を向け、他の狩人もそれに続く。手負いの魔物ほど恐ろしいという言葉もあるが、ヤーガットはまさにその部類だ。例え死にかけだとしても油断は出来ない。
 再びヤーガットが動く。断続的に、まるでビクビク痙攣するかのように。

「とどめだ!」「撃て撃て!」

「待て! 撃つな!」

 幾人かの狩人が銃の引き金にかける指に力を入れたのを察知し、ダンは両手を上げて制止する。
 彼はある種の確証を抱いていた。
 故に銃を捨ててヤーガットまで駆け寄ると、巨木のような腕を抱え持ち上げようと力を込めた。ヤーガットに襲い掛かる気配はない。やはり息絶えてある。だが重い。とても一人の力では持ち上がらない。

「早く出てこい! いんだろガキ!」

 必死に力を入れるが、動かない。

「あんだけカッコつけて、こんなだせえ終わり方でいいのかよ!? おい、お前らも手伝え!」

 ダンの言葉で他の狩人も続々と続こうとする。だが、その必要はなかった。またヤーガットの身体が動いたかと思うと、腹部からディンが芋虫のように顔を出した。

「あー、死ぬかと思った」

 言葉の割には元気そうだ。ディンはそのままもぞもぞとヤーガットから這い出ると、億劫そうに起き上がる。

「怪我はないのか」

「まぁ。なんとか。腕がちょっと痺れてますが」

「そうか」

 ダンは安堵の表情を浮かべる。

「まぁなんにしろ、お前、大したんもだよ。これからもよろしく頼む、ディン」

「え? あ、うす。はい。よろしくお願いします」

 ディンは差し出されたダンの手をおずおずと握る。すると周りからは歓声が。拍手も聞こえる。
 照れくさく、恥ずかしい。どうやら自分を認めてくれてるらしい。
 ダンが言うように格好をつけた訳ではない。が、身勝手で軽率な行為だったことはディンも理解し反省している。だからてっきり非難や罵倒を浴びせられると覚悟していた。それがまさかの扱いだ。苦手な人たちと勝手に思い、壁を作ってしまっていたが、どうやらそれは勘違い。彼らは随分とお人好しな人たちらしい。
 この仕事は今までの仕事と勝手が違う。だが、まぁそう悪くない。これからは平和な世で剣を振るい、それでも人を傷付けず、人の役に立ち生きていける、かもしれない。
 これもあんたのおかげだな。
 ディンは心の中で自分の恩師に感謝を述べた。

ーーーーーーーーーー

 ディンとダン、数名の狩人は見張りの為にその場に残り、残りは一度船へと戻る。戻った狩人達は船を現在の川辺まで近付け、そのあと皆でヤーガットの死骸を船に積み、ポートエリムの加工施設に持って帰るらしい。
 残された者達も船が来るまでのんびり休憩という訳にはいかない。せっかくの貴重な資源を無駄にしないため、急いで鮮度を保つ作業をしなければ。

「お前、ずいぶん器用だな」

 ナイフや特殊なホースが付いた注射器を慣れたように扱い、てきぱきと血抜きするディンを見ながら狩人の何人かの狩人が口を開く。

「本当だな。教えることがほとんどない」

「本当は傭兵じゃなくて狩人だったんじゃないか?」

「いやいや、本当に傭兵ですよ。ただ、俺は今までフリーの傭兵で、それもあって結構ふらふら旅してて、その過程で魔物とやり合うこともあれば、魔物を狩って食べたり、時には捌いて売ったりもして生きてきたので」

「ほー、その年で随分濃いというか、経験豊かな人生送ってんだなぁ。旅はずっと一人で?」

「んー、まぁ、ここ最近は」

 ダンの問いかけに少し悩んだ様子を見せながら答えたディンは、なにやら少しばつが悪そうだった。ダンはそれを察知し話題を変える。

「そういやお前、両親は?」

「いないですよ。小さい時死にました」

「あー、そいつはすまない」

 どうやら気配りしたつもりが裏目に出たらしい。

「平気っすよ。今の時代じゃ普通のことじゃないですか」

 ディンは平然という。この年で悟ったようなことを言い、この年で戦争を経験し、平然と魔物を狩り、剣と魔法、異なる特性を持つアースでもある。いったいこの少年はどんな人生を歩んできたのか、ダンはますます興味をそそられる。

「なぁ、お前、アース、なんだろ?」

「は?」

 ディンは目を丸くして素っ頓狂な声をあげた。そして。

「あぁ、アース。まぁ、アースといえば、アースですね」

 その微妙に言い淀んだ言い方に、ダンは自分が変なことを言ったのかと疑った。だが気にせず続けることにした。

「お前、いつからアースに?」

「いつからか、は覚えてないです。ただ、俺も最初は並の闘士でした。並以下かな」

「そうなのか?」

「えぇ」

 本人は特に謙遜している訳ではないらしい。天才だと思う人物も決して皆が生まれつきそうだという訳ではないようだ。なにしろこの年で傭兵として稼いできたのだ。生い立ちといい、人並みかそれ以上の苦労をしてきたのだろう。

「俺が魔術を覚えたのはある人と出会ってから。闘士としても未熟だった俺に、ある人が魔術を教えてくれた。初めはなにも出来なかったけど、多少魔術が使えるようになって、それから、魔術を使用する際の魔素を掴む感覚が、魔素を用いて身体能力を上げる感覚にも応用が利くようになってきたんです」

「はぁ、俺みたいな一般人には魔素だとかそういう感覚はさっぱりなんだが。いや、しかし、それはなんというか、一般論と矛盾してるな」

 闘士と魔術師とで魔素を扱う回路が異なるというのが現在の学説だ。であればディンの体験はそれを否定するものである。ダンは学者でもなんでもないが、ディンの話は興味深い。

「まぁ、しかし、それが才能ってことなんだろうな。なにごとも例外がある、っていうことか」

 ダンは一人で納得しようとしたが、ディンは「いや」と否定した。

「俺は、誰でも訓練次第で闘士にも魔術師にも、アースにもなれると思いますよ。まぁ、俺を教えてくれた奴は紛れもない天才、ダンさんが言うところの例外ってやつなんでしょうがね」

「はぁ。ちなみに、お前を教えてくれた奴ってのは? どんな奴なんだ」

「あー」

 ディンは言いにくそうに口ごもる。

「どうした。言い難いことなのか」

「言い難くは、ないんですが、言っても信じてくれないと思って」

「んなことないぞ」

「んー」

「本当だ。無理にとは言わないが、言い難くなければ、教えてほしい」

 ただの世間話の一環だけではない。この少年が、一体どのようにして今の力を手に入れたのか。話を聞けば聞く程ダン達は興味が湧いてくる。
 ディンはまだ渋い表情を浮かべていたが、皆の目線が集まってるのを感じると、渋々口を開いた。

「……ヴェルド-アース」

『は!?』

 ディンの言葉に、ここにいる全員が一驚する。目をまん丸にして身を乗り出す狩人達に圧倒され、ディンは若干後ろに引いた。

「ヴェルド-アースって、嘘だろ? いや、疑ってんじゃないが、あの!?」

「えぇ、あの、英雄様です」

 名高い傭兵にして、邪神討伐の立役者。戦争を終わらせ、世界に平和をもたらせたもの。
 自分では平然と、無感情に、いっそ皮肉混じりに言葉にしてみたつもりが、彼は知らず知らず、心のどこかで誇らしさを感じていた。

〜〜〜〜〜
・闘士(ウォーリア)
 体内の魔素保有量が高く、その魔素を身体能力向上に特化させ用いることができる人間の総称。基本的に魔術を使えないことが多い。

・魔術師(ウィザード)
 体内の魔素保有量が高く、その魔素を魔法に変換させることができる人間の総称。基本的に身体能力は一般的な場合が多い。


・アース
 闘士と魔術師両方の性質を持った人間の総称。例外中の例外で、ほとんどいないと言われている。
 古代の神話に登場する神々の総称が語源らしい。

・ヴェルド-アース
 邪神討伐に最も貢献し、伝説となった英雄。彼がアースの性質を持っていたのは有名な話。
 なお、上記のアースとしての性質と名前が関連しているかは不明。一般的には恐らく関係ないと思われている。

[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!