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新小説
1(平和)
 きっかけは偶然で、声をかけた理由はとても些細なことだったんだ。
 今だから言うけど、あの時俺は、声をかけようかどうか迷ってた。ってか、声をかけない気のほうが強かった。
 あの頃の俺はささくれてたっていうか、荒んでたっていうか。なにかにつけて当たり散らしたい気持ちでいっぱいで、だけど面倒ごとも真っ平ごめんで、余計なことにエネルギーを回す余裕なんてなかった。
 まぁ、ガキだったんだよ。
 あー、それは今も、か。
 笑うな。
 とにかく、ふてくされてて、いっぱいいっぱいで、だからあの時、声をかける気なんて最初なく、立ち去ろうかと思った。けど、気付いたら声をかけてた。
 いや、まぁその理由は自分でも分かってるよ。バカだよな。
 けど、あの時声をかけて、かけることができて、ホントよかったって、今は思うよ。
 今思えばだけど、あの瞬間、あの出会いから始まり、動き出したんだ。俺の中で、止まってしまっていた思い、時間。俺の新たな旅、新たな物語が。

ーーーーーーーーーー

〜新暦2年(旧暦9645年) 3月中旬〜

 緑香るなだらかな丘の上、頬を通り過ぎる風が気持ち良かった。見上げれば青空。眩しい日差しを手刀で遮りながら、ディン-アーリュはなにを見るわけでもなく遥か彼方を眺めた。平和。そう感じることに抵抗がなくなりどれ位経っただろうか。
 過去の悲劇の爪痕は未だ残り、現在へと続いているし、怨みや悲しみが消える訳ではない。それどころか、自分たちは命懸けの旅もしている。だが、それでも世界が平和になったことは変わらない。
 そろそろ時間だ。ディンは手刀を下ろし、左腕に巻かれた腕時計に似た装置を見ながら立ち尽くした。ハンディ-テレパリジュウムという情報送受信機の携帯型で、HTPという略称の方が広く親しまれている。
 だらんと落ちた右手には、木の枝と水色の宝石が合わさった杖が握られていて、その隣には花束を抱えた青髪の少女がいる。
 やがて腕時計に似た装置から『ポーンっ』というピアノの鍵盤を弾いたような甲高い音が響いた。時報である。少女は花束を1m程の高さの墓石の前に置くと、両膝を付いて座る。そして手を組み合わせ、目を閉じた。
 今日は世界平和記念日だ。命日などは関係なく、これまでの戦争で命を落とした全ての人々への追悼を捧げる特別な日。今頃、アスランダ王国とカダス帝国両国の世界平和記念館では互いのお偉いさん方によるミサが開かれ、人がごった返していることだろう。
 丘を駆ける風が少女の青空に似た色の髪を優しく撫でる。その姿をディンは黙って見守った。静かな時が過ぎていく。やがてそっと青い水晶のような瞳が開いた。

「あなたは、いいのですか?」

 顔を向けるでもなく訪ねられる。

「俺? 俺は、悪いがお前の親なんて知らないし、祈るにしてもなにを語りかけていいのやらなぁ」

「違います。あなたの大切な人に対して、です」

「大切な人、っていうか……」

 誤魔化そうとした所で少女の瞳が彼をとらえた。猫のように大きな丸い瞳がディンの顔を真っ直ぐに覗き込む。
 誤魔化せそうにない。相変わらずガキかと自笑する。頑なに自分の心を偽っても仕方ないってのに。あいつはもう、俺の声の届く場所にはいないのだ。

「そうだな。大切な人、だな」

 その本心を、本人を前にこれまで言えたことがない。それどころか、自分でも気付いていなかった。大切なものは失って初めて理解出来るなんて言葉があるが、まさかそれを痛感する日が来ようとは。

「ただ、今日は忙しくてあいつも疲れるだろうし、日を改めて、静かな日にゆっくりと、な」

「そうですか」

 格好付けてるようなキザったらしい台詞だが、あいつもそれでいいと言うだろうとディンは思う。今年もあいつは英雄扱いを受け、きっと疲労困憊していることだろうから。
 前回の記念日はディンもアスランダの平和記念館に足を運んだが、彼の元に集まる人集りは凄かった。像まで建てられて称えられる姿はディンも誇らしく感じるが、それ以上に滑稽だった。きっと、本人もそう思ってるに違いない。
 だが、そもそも俺はあいつのなにを知っている? なにも知らない。結局、あいつがどんな人間で、なにを考え、なにがしたかったのか、俺は全く知らないのだ。
 少女はそれ以上なにも言わず、ディンの手から杖を取り上げる。元々彼女の持ち物だ。

「お前こそ、もういいのか。遥々故郷に戻って来たのに」

「えぇ。元々がついでだったので。用事もすんだし、伝えることも伝えました。寄り道はもう、十分です。さっ、行きましょう。旅はまだまだ長そうですから」

 そう言って彼女は歩き出す。その背中を暫く見つめ、追い掛けた。
 彼女、ターニャ-エルリシェルと行動を共にして、まだ一年と経っていない。だが、時が確かに過ぎて行くことを実感するには十分な時間だ。
 彼の隣に、大切だった人はもういない。
 そして、今、その人の代わりに共にいるのがこのターニャ。ふわりとした青髪をなびかせる、魔術師(ウィザード)の少女。
 背丈はディンのあご位までで、同年代と思えない程小さいが、魔法使いとしては極めて優秀で信頼がおける。
 会った当初はなんやかんやあったが、互いの目的のため、二人は行動を共にしている。

「さて、この近くで人がたくさんいるとこは?」

「知りません。地図見て自分で調べて下さい」

「は? ここお前の故郷だろ?」

「言ってるじゃないですか。私、隠遁者だったんですよ」

 ターニャはすました顔で言う。

「ニートだったことを偉そうに自慢されてもなぁ」

「ニートじゃないです! 誇り高き魔術師の弟子として、日々修行をしてたんです! 何度言ったら分かるんですか!?」

 頬をむくれさせ、ターニャは杖の先をディンに突き付けた。

「わ、分かったから! 杖! 杖を向けるな!」

 その後も喧騒耐えない二人。それが出会ってからこれまでの、本来の二人のあり方である。
 これは、神が当たり前のように信じられ、姿を現し、魔物が自由に闊歩する世界で繰り広げられる世界の話。
 その世界で英雄となった男と、その英雄の影を追う若者達の物語。

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〜新暦元年(旧暦9644年)3月下旬〜

 ディン-アーリュは傭兵だ。若干16歳という年齢でありながら、それなりの修羅場は潜ってきたつもりである。
 特別な拠点や団には所属しておらず、現在個人で活動している。仕える主君も定めずに、思いつくまま各地をふらふら放浪し、その日その日を生きている。この数年ずっとそんな感じの生活だ。
 いったい誰に似たのやら。
 そう本人でさえ自分に呆れる節がある。
 だが、このままではまずい。非常にまずい。それはディンが一番分かっているのだ。自由きままな一人旅も慣れてきたところだが、いい加減今後の方針を考えなければ。なにしろ金銭が底をつきかけている。
 数日前に世界平和条約が確約され、戦争が禁止となった。つまり、傭兵の仕事がなくなったのだ。お金は減る一方。この先どう生きていけばいい? アスランダ王国の高物価は懐事情に重たいが、かといってアスランダを出て行く金もない。
 そんなことを頭のどこかで考えつつも、旅先の宿舎の個室で寝ぼけ眼をコーヒー片手に覚ましつつ、ゆったりのんびり朝食にありつく。
 今現在死活問題に直面していることは頭で分かっているものの、まだ現実味が湧いてこない。その時になればなんとかするだろう。なんとかならなくてもその時はその時。モチベーションが上がらず、上げる気もなく、どうしようもなく非生産的な思考しか湧いてこない。
 卓上に置かれた握り拳程の大きさをした立方体の魔法具を見る。TPという情報送受信機能を持った魔法具で、一般的にも普及しているものだ。
 パンをかじる片手間に念を送ると、TPからは色彩豊かな光の線が放射され、真上に美しい女性を形成した。しかし、八頭身以上あろう抜群のスタイルだが、人というにはあまりに小さい。一見手のひらサイズの小人が出現したようだが、実際はそうでない。女性の背後には背景もある。映像の投影。それがTPが持つ特性の一つだ。発明した魔法科学者は天才極まりない。
 TPから映し出される女性は長身で、しっかりフィットしたアスランダ式の正装がスタイルの良さを引き立てている。

『ニュースです』

 映像の女性は真面目な顔で報道を始める。ぴっと伸びた姿勢と真面目な表情はいかにも出来る女性といった風貌だが、ナチュラルなメイクと穏やかな声は誰からも好感を得られそうな印象だ。
 彼女の名はウアロキン-エティシュ。有名なアスランダ王国の記者で、ディンも良くTPで顔を見ている。

『世界平和機構が新たな組合を作ることを発表しました』

 組合ね。どんな組合だろ。まぁどんな組織ができ、とんな制度が設けられるかは知らないが、俺にはそんな関係ないだろ。だがまぁ情報は大切。聞くだけ聞いておこう。
 ディンはその程度の考えで耳を傾けている。それよりも自作の朝食の出来栄えにご満悦だ。

『昨日行われた首脳会議により、国際傭兵組合が設立されることが決定しました』

「こく、さい。傭兵?」

 ディンは眉をひそめた。
 昨日の昼から国際規模の会議が行われたことは知っていた。先日TPにてエティシュがそんな報道をしてたのを覚えてる。
 会議の場所はアスランダ王国の首都、コード-ノークトディーシュ。参加国はアスランダ王国、カダス帝国を始めとした14ヶ国。
 ニュースでは今後の世界平和や各国の被災からの復興作業について各国のトップが会談する、位しか伝えられておらず、今後の展開が気にはなってた。しかし、まさか傭兵の今後について話されていたとは。ディンは驚きながらある一人の男を思い浮かべた。
 それもこれも、きっと伝説の傭兵、ウェルド-アース様々というわけだ。傭兵が高く評価されるようになったのもそいつの功績。大戦を終わらせ、世界に平和をもたらしたのは、間違いなくそいつのおかげなのだから。
 しかし、戦争を廃止した今の世で、新たな組合とやらが一体どんな組織、どんな目的で活動するのか見当もつかない。だが少なくとも自分と無関係ではないだろうし、よく聞いておくべきだろう。
 その後も記者は淡々と決定事項を発表していく。ディンは一旦食事を中断し聞き耳を立てる。知らず知らず身を乗り出していた。
 曰く、終戦に伴い働き口を失いつつある傭兵を集め、国際規模の傭兵組合、“ミニオンズ”を設立。ミニオンズは人種、国家を問わず、人類の平和と繁栄に向け独自に活動する機関である。今後ミニオンズは各国の都市、地方に“ゲート”という窓口、つまり依頼所を建設。今後も傭兵として活動を望むものはゲートにて組合に所属する手続きを行うこと(その場所は今から告知)。依頼内容は多岐に渡り、傭兵には幅広い知識、技術、対応力が求められるが、基本的には自分が解決可能と思われる依頼を探し、受領・解決すれば良い。依頼は個人、組合、ひいては地方の長や国家までもが授与可能。依頼内容が戦争、抗争など、国際平和条約で禁止と定められた行為に該当するかどうかは組合が厳密に審査を行い、問題無しと判断したものは正式に依頼が公表され、受領可能となる。
 概ねそんな感じなようだ。

「んー」

 ディンは頭を悩ませる。自分が知ってる傭兵とはなにか違う。傭兵とは雇われたら兵士として戦地に赴くものだ。だが、これでは傭兵というより何でも屋。まさかこんな世の中が訪れようとは。
 ディンは過去を振り返る。
 一昔前から戦争なんて日常茶飯事だったが、特に世界大戦勃発時の激化は凄まじかった。スタミナも考えず全力で突っ走った各国。代償としてどれだけの命と資源が失われたか。一日における死傷者も、経済損害も間違いなく過去の戦争の比ではない。
 ディンも何度となく命を危険に晒してきた。日々の戦争。明日も生きていられるか自信が持てない毎日。仮に大戦を生き残ったとしても、待っているのはどうせ人と人とが憎しみいがみ、そして平然と殺し合う狂気の世界。
 そう思っていた矢先、邪神“ングトーヴス”が復活。それは共食いで疲弊していた人類にとって最悪のタイミングだった。人類の明日は更に混迷を究める。
 しかし、結果論ではあるものの、それが人類に幸いしたのだ。
 もはや人と人とが争っている余裕はなくなり、必然的に戦争は停戦。その後国と国、人と人は自然と協力し合い、大きな代償、犠牲はあっものの、人類はなんとか奇跡的に邪神討伐に成功。それに伴い大戦は集結、世界平和条約が制定された。
 大戦勃発から今日まで僅か1ヶ月未満だ。1ヶ月にも満たない間にそれら諸々が起こった。嵐のようなひと月だったが、この分だと平和な世でも環境変化という向かい風まだまだ吹き荒れそうだ。世界というのは本当に目まぐるしく変化する。本当に予想もしないことが次々起こる。
 平和条約による傭兵の価値の消失は元々ディンも危惧していたことだ。世界に平和が訪れるのは喜ばしい。だが、実際なってしまうとどうしたらいいか分からない。戦いの腕だけがディンの生きる術だった。生まれてこのかたそれ以外の生き方をディンは知らない。
 それを考えると傭兵の価値が残されるのは喜ばしいが、果たして自分はこの忙しく変革する世界についていけるのか。自信がない。自分は、世界にも、誰にも必要とされていないのではないか。そう、自分を必要とする人などいない。だから、今も自分は一人でいるのだ。そんな自虐的思考が浮かぶ。どうしようもない。

「あー嫌だ」

 ディンは降参するように両手をあげて後ろに倒れた。なにが嫌かも分からない。なにもかもが嫌だ。なにもする気が起きない。

「このまま寝ちまおうかな」

 天井を見上げ呟く声は、今にも消えてしまいそうな程にか細かった。

ーーーーーーーーーー

 時間は正午。ディンが訪れたのは、アスランダ東部の港町、ポートエリム。その町の商業区画の一角に、小規模ながら人集りが出来ている。
 あのまま夢の中への逃避行も本気で考えていたのだが、寝過ごしてしまえば宿に追加料金を支払う必要がある。そんな余裕は全くないので、仕方なく宿を出た次第だ。
 ついでに、せっかくなのでTPにて放映された例の場所、つまり、ミリオンズとかいう新たな組合のゲート(依頼所)へ行ってみることにした。魔導列車に2時間近く揺られた後、更に徒歩で約2時間。ぎりぎりお金がもってくれたのは幸いと思いたいが、果たして。
 今日まで空き地だったような場所なのだろう。地面からは無造作に雑草が茂っており、あまり整備された様子はない。そこには完成もしていない屋台がちょこんと建っているだけだ。

「えー、っと」

 ディンは最初、ここが本当に指定にあったミリオンズの場所なのかと疑った。だがどうやら間違いないらしい。屋台の隣に引っ掛けられた申し訳程度の小さな看板。そこには確かにミニオンズ、そしてゲートと文字が書かれてる。集ってる面々もいかにも強面なおじさん、お兄さん方。間違いなくディンと同じ傭兵達だ。つまり、ディンにとっては先行きが不安な心境を共にしている同業者さん方である。
 彼らもこの施設、と呼んでいいかも分からない依頼所を見てディンと同じ感想を抱いているのだろう。ぶつくさ不満を言い合う男達。中には受付嬢と思われる人に怒鳴り散らしているチンピラまがいの者も何人かいる。
 曰く、本当に大丈夫なのか。戦争で活躍した俺たちの明日をしっかり保障してくれるのか。勝手に平和条約を作り戦争をなくしたのだから、その分の損害賠償を請求する。などなど。自分勝手極まりない。
 ディンとて不安だ。だから気持ちは分からなくない。分からなくはないが、怒りをぶつける男達の姿を客観視することで逆に頭を冷やせた。大の大人が揃いも揃ってガヤガヤと。まったくもって見苦しい限り。あぁはなりたくないものだ。
 それに、状況を考えれば仕方ないのだ。大戦に引き続き起こった邪神復活の被害。その復興にどこもかしこも忙しく、国も民も混乱している。むしろ新組合のフットワークの軽さ、そして政府から傭兵に向けられた温情を讃えるべきだ。
 とはいえだ。あの受付嬢はとばっちりを受け災難極まりないが、かと言って助けようとは思えない。身体だけが偉丈夫のチンピラじみた男達にまくし立てられ可哀想だが、触らぬ神に祟りなしである。
 その瞬間、チンピラ男が宙を舞った。

「でっ!」

 背中から地面に叩きつけられた男の無様な悲鳴が響く。なにが起こったのかまったく分からなかった。だが、どうやらやったのはあの受付嬢らしい。ディンにとって、そしてもちろんチンピラ達にとっても予想だにしていなかった事態だ。

「まったく、勘弁してほしいな」

 受付嬢らしき女性はためいき混じりに呟く。それを皮切りにさっきまで受付嬢に詰め寄っていた数名の男が一斉に彼女に襲いかかった。ある者は拳を振り上げ、ある者は掴みかかり。
 だが、囲まれてるにも関わらず男達の手はかすりもしない。長い黒髪をなびかせながら舞う様は、まるで踊っているように美しく、それでいて無駄がない。
 ある者はいなして転かされ、ある者は投げ飛ばされ、ある者は痛烈な打撃をお見舞いされ、チンピラ達は瞬く間に倒される。
 あぁ、これはものが違う。一応男達も戦の経験がある傭兵らしいが相手にならない。どうやら単なる受付嬢ではないらしい。

「くっ、舐めやがって。このアマ!」

「あ、おい!」

 ディンが他人事のように感心していると、最初に倒された男が腰に手を回す。そこにあるのは物騒なククリ刀。完全に血が上っているらしい。流石にそれはまずいだろう。
 ディンは前方に右手を出す。それよりも早く男は刀を掴んで立ち上がろうとし、叶わなかった。男の首筋で鋭い刃が止まっている。いつの間に抜いたのか、受付嬢の手には方刃の細い剣が握られていた。刀という名称の、扱いが難しい特殊な剣だ。

「そっちがそれを抜く気なら、こっちもそれなりの考えがあるけど、どうする?」

 顔を青ざめさせ固まる男。やがて声をふるわせ言った。

「い、いや」

「まったく」

 受付嬢は鮮やかに刀を納刀。それだけで惚れ惚れする、洗練された腕前が伝わってくる動きだ。

「先に言っとくけど」

 受付嬢は倒れた男達を含め、集った群衆全員を見渡した。良く見ると可愛い顔をしているのだが、目力が半端ない。

「私に文句言われても困る。わたしゃー本日限定雇われバイト。ミリオンズとやらから依頼を受けて手伝ってるけど、ミリオンズのことはろくすっぽ知らないの。ついでに、あんた達の未来もね。好きで戦ってきたんでしょ? だったら他人に責任を押し付けんな。自分のこと位自分で責任取れっての」

 どうやら彼女の受付は臨時だったらしい。それにしてもオーラが凄い。有無を言わせない迫力がある。
 ディンは咄嗟に助けようとしてしまった自分を自笑する。ああいうタイプにこの程度のことで心配など、いらぬご無用なのだ。
 それから、臨時受付はてきぱきと業務を始めた。TPにもあったミリオンズの業務内容の案内をしつつ、書類と筆記用具を回し注意事項や補足、記入説明。記入が終わったものから交通整理し、登録手続き。とても臨時とは思えない手際だ。強いだけじゃなく出来る人のようだ。色々な意味で隙がない。
 ディンはとりあえず先に記入が終わった人の後ろに立ち、自分の番を待つ。早く書き終わったのでだいたい5番目。
 まぁ先に終わろうが後に終わろうが、この後依頼の受注をしなければならない。となると全員の登録まで待たなければならないので、結局のところ変わらない。だがまぁ、依頼は既に山積みらしいし、その間ゆっくり吟味しよう。
 そんな調子で待つこと10分少々。ディンの登録する番が来た。

「はい。それじゃぁ次の方、用紙と身分証の提出を」

「はい」

 用紙と共にこれまで使っていた傭兵としての身分証を提出。雇われる際に雇用者に提出しサインをもらう仕組みだったので、今までの経歴がある程度分かる仕組みだ。
 もっとも、今後この手の管理はTPのような魔法具による魔素を用いたデジタル管理に徐々に移行していくらしい。

「はいはい。へー、君、凄いね。その歳でこんだけ戦争を」

「ども」

「ん。オダロ高原防衛戦って、大戦当初の? あれ、地獄だったって聞いてるけど、よく生き残ったね」

「まぁ、色々と幸運が重なりまして」

 一言二言のちょっとしたやりとり。とはいえ、形式作業ではない会話をちょくちょく挟んでくれるのが嬉しかった。只者でなさそうな人だし、なんといっても綺麗だ。気の強いお姉さんかと思ったが、案外親しみ易い一面もあるようだ。

「サインも全部本物ですね。おっけーです。ではお名前と生年月日の確認、を……?」

「ディン-アーリュ。旧暦9628年9月16日、ですけど、あの?」

 なにか変なものでも見付けたのか、受付嬢は眉を潜めながら、身分証とディンの顔を交互に見返した。

「な、なにか?」

「んー」

 黒い瞳でまじまじと見つめられる。近い。そしてやはり綺麗で可愛い。自分よりは年上だろうが、よく見ると少し童顔で若くも見える。何歳だろう? ってかそれより一体? 経歴詐称はないものの、怪しいところは確かにあるのだ。色々な意味でドキドキし、心臓に悪い。

「いや、なんでも!」

 拍子抜けにも、臨時受付嬢はにっこり笑い身を引いた。

「ディン君、だね。なるほどなるほど。そういや君、さっき一人だけ私を助けようとしていたね」

 どうやら気付かれていたらしい。あの騒動の中でよくもまぁ。やはり只者ではようだ。

「あれは、出過ぎた真似を。結局必要なかったですね。恥ずかしいので忘れて下さい」

「いや、嬉しかったよ。はい、ハンコを押したので、これが今日からあなたの新しい身分証! じゃぁこれから頑張ってね。ディン、アーリュ!」

「は、はい」

 ディンは照れくさそうに新しい身分証を受け取った。なんとなく、言われたようにこれから頑張りたくなってきた。頑張らなくちゃ。
 どうやら自分は思ってたより単純で現金なようだとディンは感じた。

〜〜〜〜〜

・アスランダ王国
 カダス帝国と並び世界で1.2を争う経済大国であり、飛び抜けた魔法科学技術を持っていたが、大戦により疲弊している所へ邪神襲来による被害を最も浴びる。現在復興作業に奔走中。

・カダス帝国
 アスランダ王国と並び世界で1.2を争う経済大国。アスランダとは海洋を挟んで西に位置する。長らくアスランダ王国と対立してきたが邪神討伐後和解、復興支援も行っている。

・ングトーヴス
 神話や古文書に登場する邪神であり、歴史にも登場している。存在を否定する者も多かったが、近年の出現で実在の魔物であることが証明された。邪神以外にも『黒き神』、『終末をもたらすもの』、『破壊神』、『人類の罪』などとも呼称され、漆黒の身体は連なる山脈のように巨大である。歴史を紐解くと数百年から数千年単位で世に現れ、その度に災害級の被害を人類に与えてきた。これまでの歴史においては最終的に女神が降臨し打倒してきたと伝えられており、今回の邪神討伐は女神の力を借りずに打ち倒したことで人類初の快挙とされる。
 なお、ングトーヴス討伐を記念し改暦、これまでを旧暦、討伐後を新暦と規定された。

・魔素
 空気中、物質内、生物の身体に蓄えられている万能のエネルギー源。
 剣士は魔素を身体能力強化などに用い、魔術士は魔法(方式を用いて魔素によるエネルギーを現象に変換させる術)に用いる。
 優れた種族や個体は総じて魔素の保有量や変換能力が高い。
 また、文明を持つ種族はこれらのエネルギーを利用した道具『魔法具』を作り活用している。情報送受信機であるTPはその代表で、他にも魔導列車、飛空艇など移動手段に用いられたり、魔剣や魔銃、爆弾などの兵器にも利用されている。

・オダロ高原防衛戦
 大戦勃発当初起こった戦争。海洋線にてアスランダ王国を破り上陸してきたカダス帝国に対するアスランダの防衛戦。

・TP
 テレビとインターネット機能を一体化させたような魔法具(インターネット程万能ではない)。旧暦の時点では握りこぶし大の大きさだったが、新暦二年には小型化に成功している。

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