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フラン、仕事を始める
インターバルストーリー:妖怪の賢者と吸血鬼(2)
〜第三者視点〜

 かつて、スカーレットという夫妻と、グレゴリオという男との間に戦争が起こった。
 その戦争が、両者の死という形で終結したのが450年以上前のこと。
 その間、時の経過に従って、魔物や妖怪と呼べる者たちが人々の前にも当たり前に存在していた時代は終わりを告げる。
 しかし、彼らは決して世界から消え去ったという訳ではない。
 各々が各々の楽園を見つけ、その地に根を下ろしていっただけなのだ。

 西欧の地のどこかに、文明が著しく発達した時代が到来したにも関わらず、人の手が届いていない深い深い森が残されていた。
 もしかしたら、ここもそのような楽園の一つと呼べる所なのかもしれない。
 しかし、そこの中心に根を下ろした者たちは、楽園に住まう者と呼ぶにはあまりに悲惨な道を歩いてきた者たちだった。

 大きな木々が不規則に枝を伸ばし、複雑に絡み合っているそれは、まるでお伽話の中のよう。
 そして、本物のお伽話のごとく、その森は妖精の住処になっていた。
 人々から忘れ去られた小さな幻想の生物は、決して人前にはその姿を現せない。
 だが、好奇心旺盛でいたずら好きな妖精は、迷い込む人間をよく脅かしては遊んでいた。
 そのお陰でこの森は、人間達の間では迷いの森だとか、魔性の森だとか言われ、地元の人達でもあまり寄り付かない、神の住む魔境として扱われていた。
 そのお陰もあって手付かずのまま残されている大自然。
 それらが更に、人の行く手を固く阻む。

 そんな森の奥深くには、広く、そしてとても美しい湖が広がっていた。
 森と同様、その湖にも、氷を操る強力な個体を筆頭に、多数の妖精達が住み着いている。
 その影響もあり、昼間にはとても深い真っ白な霧が、湖面全体を包むように立ち込めている。
 深い霧に遮られ、まるで先の見通せない湖は、ただでさえ広いにも関わらず、余計に広く感じてしまう。

 そんな二重の難関を乗り越えた先に待っているのは、大きく美しい紅の館。
 自己主張の激しい外観とは裏腹に、まるで人から隠れ住まうようにひっそりと建てられた、窓の少ない不思議な館。
 名前を紅魔館という。

 この館は元々北欧の地に建てられていたのだが、一つの戦争を終結に導いた事件をきっかけに、一度それは完璧に倒壊してしまった。
 ただ一つ、強靭な魔法により守られていた、館の下に広がっていた広大な地下室を除いて。
 そして、その地下室を別の場所に転移させ、新たに作り直したのが、今の紅魔館だった。

 最も、人々から隠れ住まうような場所に建てられており、加えて館に施された結界の影響から、周りからはほとんど視認されることもない。
 なので、その館を見たものはほとんどいない。
 故に、紅魔館という名前も、館に住む住人達と、湖や森の妖精達の間にのみ定着している名称だ。

 この館に住む住人は、地下の図書館に住む魔法使いと、そことは別の地下室に住む当主の妹。
 そして、従者の龍神と、銀髪のメイド見習いの人間の子供。
 他にも湖から雇った一般的な妖精のメイドが多数働いている。
 それらを取り仕切っているのは吸血鬼。
 それは、ヨーロッパ最強とも言われている魔物の名前。
 その吸血鬼である当主は、見た目こそまだ小さな少女でありながら、その外見とはあまりに不釣合いな力を持った、歴代でも指折りの吸血鬼だった。
 名前を、レミリア・スカーレットという。

 そんな才に恵まれたレミリアであるが、今まで彼女が歩んできたその生は、決して楽なものとは言いにくい。
 むしろ、苦渋と苦難の連続だった。
 敬愛していた両親との残酷な別れ、最愛の妹を自らの手で閉じ込め続けなければならない現実。
 堪え難い悲しみ、苦痛、罪悪感に苛まれる日々を一日一日と乗り越える。
 それでも、彼女は明るい未来を信じ、今までずっと戦ってきた。
 彼女達に牙を向けるあらゆる外敵から、大切な妹を守る為。
 ただ、それだけの為に。

 戦争が終わり、全てが壊れた450年以上も昔の話、両親と同時に帰る家すら失ったレミリアとその友人のパチュリー・ノーレッジは、種族として格下に値する人間にすら助けを求めた。
 だが、両親達の前では味方であった者達も、それらがいなくなった途端、手のひらを返したように態度を変えた。
 人間も、魔物も、見知ったものも、そうでないものも、全てが彼女達の敵となった。

 戦争で引き起こされたあらゆる悲劇は、恨みや憎しみの種を蒔いた。
 そして、グレゴリオという晴らすべき対象も、彼等を導いていた先導者もいなくなり、纏まりと行き場を無くした負の感情の矛先は、まだ幼かった吸血鬼へと向けられた。
 纏まりを失った者たちや、その身内にあたる者たちは、戦争中こそスカーレットを弱きを助ける誇り高き吸血鬼と崇めておきながら、戦争が終わった途端、あれらがいたからこそ悲劇が生まれのだと、急に一方的に告げてきたのだ。

 それから、レミリア達の逃亡生活が始まった。
 追われ、何度も命を狙われ、その度に、紅魔館の転移を繰り返して逃げてきた。
 騙され、裏切られ、傷付き、何度挫けそうになったか分からない。
 かつては姉代りとも思っていた腰の低い龍神が、彼女達の側に常に寄り添い、その小さな体を支えていなければどうなっていただろうか。
 それを考えると、レミリアは自分の従者として常に側にい続けてくれる紅美鈴に、頭が上がらない位感謝していた。
 彼女がいてくれたから、レミリアは両親の持っていた誇りを守りながら歩いてこれた。
 どんなに追い詰められたとしても、ただ大切な者の為だけに、戦い続ける道を歩む事が出来た。
 決して自分からは手を出さず、相手の命を奪うのは、あくまで自分を敵と認識し、襲いかかってくる者に留めた。

 そんな日々を何十年、何百年と過ごし、ようやく彼女達は住処を見つけた。
 そこは、美しい大自然に溢れた、人や他の妖怪の気配のない、まさに理想郷と思える場所。
 そうと思った。

 だが、現実はどこまでもレミリア達を追い詰める。
 ようやく手に入れた安息の地と思っていた森の中、ただ静かにひっそりと暮らしていた彼女達。
 だが、どこかから彼女達の噂を聞き付けきたヴァンパイアハンター達から、ただ吸血鬼がいる可能性があるというだけで、またしても命を狙われる事になったのだ。

 それらを一人の子供を除いて殺し尽くしたレミリアは、決して逃げられない、延々と血溜まりの続く現実に苦悩した。
 彼女は、このまま宛も無く逃げ続ける事に限界を感じていた。
 だがしかし、その日が彼女にもたらしたのは、絶望だけではなく、それよりも大きな希望であった。
 例え今までどのような不運が折り重なっていようとも、今まで自分のしてきた行動全てを肯定出来る、そんな特別な日となった。
 永らく狂気に支配されていた最愛の妹が、ようやく障害全てを乗り越え、復活を遂げてくれたのだ。
 そして、その日、彼らに新しい家族が一人増え、彼らは五人となった。
 レミリアはその事に感謝をしながら、心の底から深く思った。
 ようやく、自分達の歩んできた道が、正しかったと言える時が来たのだ、と。


〜一年後〜


「クランベリー・トラップっ!!」

 紅魔館の地下室に、活き活きと楽しそうな少女の声が響いた。
 彼女の名前はフランドール・スカーレット。
 レミリアの妹であり、姉と同じく、強力な力を持った吸血鬼だ。
 彼女の叫びに呼応して、四つの巨大な魔方陣が部屋の角にそれぞれ出現する。
 それらは妖しく輝くと、部屋を高速で駆け巡りながら、紫色の膨大な弾幕を展開した。
 それと対峙しているのは、紅美鈴。

「おっ、この前考えた技ですね?」

「うん、パチュリーの図書館で、クランベリーの収穫方法っていうのを見て、思い付いたの!」

「やれやれ。それじゃぁ今の私は、差し詰め収穫される美味しい果実ってことですね?」

「そんな事言って、どうせ避けるじゃん!」

「そんな事言って、毎度毎度人の体を吹き飛ばしていたのはどこのどなたですか?」

 そうは言うが、美鈴の顔に焦りは見えない。
 フランドールと同じく、今、この時この瞬間を楽しんでいるようだった。
 やがて、美鈴はフランドールの打ち出した弾幕に囲まれていく。
 それはまるで、弾幕により生み出された、一つの巨大な収穫籠だ。
 紫に光る分厚い障壁で完全に逃げ場を無くした美鈴は、流石に余裕を捨ててフランドールに叫ぶ。

「なんか、前より魔改造されてません!? 避けられない魔弾のパターンはルール違反ですよ!?」

「分かってるよ! でも、美鈴だったら大丈夫でしょ!? お楽しみはこれからさ!」

 彼女が歌うように告げると同時に、魔方陣から放出される魔弾はパターンを変える。
 相手を取り囲む事で行動を制限させる紫の弾幕から、クランベリーを思わせる真っ赤に染まった弾幕に。
 撒き散らされる大量の赤い果実は、籠の中の中心にいる美鈴に向かって凄まじい勢いで引き寄せられる。

「や、やっぱ前より鬼畜になってる! でも、本当に綺麗な弾幕ですね! 思わず食べちゃいたい位美味しそうですよ!」

「あはは! 是非是非、遠慮しないで味見のつもりでお一つどうぞ!」

「遠慮しておきます! コンティニュー出来なくなったら困りますので!」

「むぅ、信用性ないなぁ! これでもちゃんと手加減出来るようになったもん!」

「分かってますって! 冗談です、よっと! あっぶなぁー」

 ぴゅーと口笛を吹きながら、美鈴は直撃仕掛けた赤の弾幕を紙一重で潜り抜ける。
 これは、互いに軽口を交えながら繰り広げられる戦い、否、遊び。
 人一人がぎりぎり入るよう計算されて作られた隙間を、美鈴は体を捻じってなんとか潜り抜けていく。
 凄まじい速度で迫る弾幕の雨を持ち前の身体能力でかわしていきながら、美鈴は言う。

「ただ、一応名目的にとはいえ模擬戦闘のようなお遊びですから、わざとは当たってあげられませんよ!?」

 全てを避け切り、今度は美鈴が反撃に出る。
 一発一発は対した事のない弾幕だが、それらが規則性を持って、様々な速度、複雑な動きで美鈴の周囲に放出される。
 中心の美鈴を台風の目とした七色の光は、やがて鮮やかな花のように形作られ、フランドールに襲いかかる。
 その美しい光景に、吸血鬼の少女は外見相応の天真爛漫な子供のように、目をキラキラと輝かせた。

「う、わぁー」

 まるで言葉にならないとばかりに、感嘆のため息を吐き出し、翼を休め、迫る弾幕の群れに目を奪われる。
 これだから、パターン作り演習は面白い、と彼女は心の底から嬉々として思いながら、再び翼を羽ばたかせた。

 難易度は先程フランドールの放ったクランベリートラップに比べれば大した事はないかもしれない。
 なので、フランドールはその色とりどりの弾幕を恍惚そうに眺めながらも、それらを軽々とかわしていく。
 それでも、フランドールは尊敬の念を美鈴に抱かずにはいられない。
 これだけ無数の弾幕の雨を、一つ一つ細かに調整し、一つの巨大な美しい花のごとき芸術にまで昇華させる技術は、流石のフランドールも持ってはいない。
 だがしかし、一方の美鈴も、フランドールの弾幕パターンは真似出来ない。
 美鈴の得意分野は、膨大な弾幕全てに気を通わせる事で、まるで一つ一つを自分の指先のように制御する緻密性。
 対してフランドールの得意分野は、移動式の魔方陣を展開したり、弾幕自体に瞬間的な反射作用を持たせたり等、多様性。
 一長一短。
 彼女達の行っている模擬戦闘、実はフランドールのリハビリと訓練に当たるものなのだが、一見すればフランドールの方が回避の厳しいえげつないパターンを作り出している。
 しかし実際は、どちらの弾幕能力が優れているかは比べられない。

 やがて、美鈴が弾幕の放出を止める。
 フランドールは名残惜しむようにため息を吐くと、まるで一つの映画が終わったかのように手を叩き、彼女を絶賛した。

「凄い綺麗な弾幕だった! ねぇねぇ、美鈴! その技にはなんて名前を名付けたの!?」

「え? 技名? あ、あー、じゃぁ、彩虹の風鈴、ですかね」

 まるで今とって付けたようなな返答に、フランドールは憤慨して叫ぶ。

「絶対今適当な思い付きで名付けたでしょ!」

「いやぁー、名前とか考えた事もなかったもので」

 申し訳なさそうに頭をかく美鈴に、フランドールは唇を尖らせる。

「勿体無いなぁー、あんなに綺麗なのに。あっでもでも、彩虹の風鈴かぁ。とってもいい名前だと思う!」

 惜しむように呟いたフランドールだが、やがてパッと表情を明るめた。
 その、くるくると忙しく変わる子供のような可愛らしい表情に、美鈴も吊られて微笑んだ。
 彼女は本当に嬉しく思う。
 この一年の間に、フランドールがようやく自分の知っていた時の可愛らしい女の子に戻ったことを。

「あはは。ありがとうございます。それじゃぁ、妹様の御眼鏡にも適いましたので、今度からはそう名乗らさせて頂きますよ。じゃぁ、今日はここまでにしておきましょうかね」

「えー、もっともっと、たくさん色々考えたのにー」

「あはは、それは残念です。ですが、フランお嬢様も聞いているとは思いますが、今日は大切な用事がありますので。だから、それはまた、次回にでも拝見させて頂きますよ」

「はーい」

 ぶーぶーと不満を露わにするフランドールを優しく宥めながら、美鈴は部屋を後にする。
 抑えきれない狂気のせいで幽閉されていたフランドールだったが、その目にはもはや狂気の混じりは微塵も見られない。
 狂気から解放された一年前から開始された、美鈴によるリハビリ運動。
 それも、当初は力の加減というものがまるで出来ずに、日常生活を送るだけでも危険性の残っていた彼女だが、それも、この一年の成果で、かなりの改善が見られた。
 そこにいるのは、ただ楽しくはしゃぐ普通の女の子。

 だがしかし、フランドールが元の安定を取り戻しつつある一方、その部屋から出た美鈴は、何かを決意しているかのように、とても真剣で険しいものだった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「それでは、本当に今日、実行なさるのですね?」

「無論よ」

 円卓に肘を付くレミリアに、美鈴が尋ねる。
 返って来たのは、一も二もないとばかりの返答だった。
 十人分は椅子のある広い円卓の端で向かい合っているのは、レミリア、美鈴、パチュリーのたったの三人。
 はたから見れば少し寂しい光景にも見えなくはない。
 レミリアは懐から取り出した一枚の紙を広げ、二人にも見えるように円卓の上に置いた。

「何百年か経ち、フランドールが能力の制御と共に狂気から解き放たれた時、この封を開け、中に書かれた紙に従え。お父様とお母様からの、遺言よ」

「えぇ。まさか、本当にその日が訪れるとは。それを予測し、その先まで計算に入れていたあの二人にも、そして、見事に彼らの期待に応え、それをやってのけた妹様にも、脱帽しますよ」

「当たり前よ。お父様とお母様は言うまでもない。そして、あの子も、なんと言っても、私の妹なのだから」

 全くもってその通りだと、龍神と魔女は笑って頷いた。
 そして、彼女達は表情を真剣なものに戻すと、紙に書かれている内容に改めて目を通す。

「幻想郷。全てを受け入れる妖怪達の楽園、か。本当にそんなものがあるのかしらね。今度こそ、本当に、私達にとっての安息の地となってくれればいいのだけれど、ね」

 パチュリーが、不安を胸に呟いた。
 手紙に書かれていた遺言を要約すると、
「もし行き場に困った時は、日本にある、幻想郷という地を訪ねなさい。
 そこは妖怪の楽園。
 その地は、最後には必ず貴方達を受け入れて、安息の日々をもたらしてくれる」
 という言葉だった。

「大丈夫ですよ。ルーヴ様とサラ様のお言葉なのですから、あの二人を信じましょう」

 美鈴は二人を励ますように、言葉を掛ける。
 しかし、レミリアは、あくまで険しい態度を崩さない。

「分かってる。だけど、流石にお父様とお母様とて、400年以上先の未来を完璧に見通すなんて不可能よ。最後には、という意味深長な言葉も気になるわ。どんな障害が待ち受けているかも分からない。だから、気を緩める事、それは決して許されないわ」

 レミリアが疑り深い発言をしてしまうのは仕方がない。
 彼女達はこれまでの旅道で、常に期待を裏切られ、傷付いてきたのだ。
 だからこそ、美鈴もパチュリーも、彼女の意見に反対したりはしなかった。
 だが、それでも、ここにいる誰しもが、手紙の内容を見た時から、幻想郷という場所に一筋の期待を抱き、行動をしていた。
 そして、今日という日がまさに、全ての準備が整い終わり、紅魔館の転移を遂行させる日であった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 眠りについたフランドールと、一年前に新しい家族として加わった銀髪の少女の安全を確認し、紅魔館の面々は準備に取り掛かる。
 紅魔館を幻想郷に転移させる、大規模な魔術を行う準備だ。
 転移先を正確に知る為の術式は、予め遺言の手紙に記されていた。
 よって、必要になるのは転移させる対象を決定する為の術式と、膨大な魔力。
 それらは、ここ数ヶ月の間に、パチュリーが既に用意していた。

「予定通り、転移させるのは紅魔館だけにとどまらず、あの湖も含めるわ。問題ないわね」

 そう言ったのは、主に転移魔術の中核を担うパチュリーだ。
 紅魔館だけでも大掛かりな術を必要とするのだが、そこへ加えて広大な湖も付属させるとなると、かなりの魔力が消費される。
 いくらレミリアと美鈴が術の補助を行うとはいえ、それでも最大魔力の八割以上の消失は免れない。
 いかに大魔術師と呼ぶに相応しい力を持ったパチュリーとて、最低三日は絶対安静を覚悟する事になるだろう。

 しかしながら、そのような無茶を通してでも、湖を一緒に転移させる利点はある。
 湖から発生する深い霧により、吸血鬼の動けない昼間を少しでもカバーしてくれるのは有難い。
 そして、紅魔館で働く妖精の住処を近くに残しておく事で、どれだけ妖精が打ちのめされたとしても、また直ぐに湖からの復活を果たしてくれる。
 つまり、戦力の無限供給が可能となるのだ。
 これから先、何が起こるか分からない状況では、紅魔館の防御能力は少しでも上げておいた方が良いだろう。
 転移先である幻想郷の地理を調べると、大きな山の上流から麓へ流れる川がある。
 その川の下流に繋がるよう計算して転移を完了させてしまえば、決して枯れない湖の出来上がりだ。

「貴方さえ良いと言うのなら、特に私は何も言わないわ」

「そう。美鈴は?」

「お嬢様に同じ、です。しかし、無茶して倒れたりはしないで下さい」

「そうなった際は、頼れる二人がいるでしょう?」

 つまりは、多少の無茶は覚悟の上という事だろう。
 二人は顔に似合わない無茶な魔術師を見て、全くとため息を吐き出した。

 しかし、自分達を期待し、その上で覚悟を決めた彼女の思いを踏みにじる訳にはいかないだろう。
 たかだか三日。
 その程度の時間、彼女達が当ても無く彷徨い、戦い続けた膨大な日々に比べれば、刹那の間。
 レミリアは誓う。
 三日と言わず、百年だろうが、千年だろうが、この館に降りかかるあらゆる害意から、今度こそ大切な家族を守り切ると。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 パチュリーが呪文の詠唱を開始する。
 彼女達の現在住まう西欧から、東へ果てし無く続いていく広大な大陸、そして日本海を隔てた場所にある島国を繋げるという規格外の大魔術。
 そのような大規模にして長距離移動を行おうとするもの等、恐らくは紅魔館が始めてだろう。
 今まで何度も転移を繰り返してきたレミリアでさえ、自然と体に緊張が走る。
 だが、今の自分が出来る事は、残された両親からの贈り物と、友人の力を信じる事のみ。

 紅魔館が、そして、その周囲にある霧の湖が、パチュリーにより予め仕掛けられていた超巨大な魔方陣に包まれ、紅に染まる。
 不自然な程、音もなく、揺れもない。
 ただ、不思議と身体の感覚だけがふわふわと浮遊するような違和感はあった。
 それを感じたのは、恐らくレミリアだけではあるまい。
 レミリアとパチュリーの隣に着く美鈴は勿論、妖精メイドや、湖の妖精、レミリアの妹、そして、後にメイド長となる銀髪の少女も、身体を包む不思議な感覚を感じていた。

「――幻想郷、ここが? 本当に?」

 レミリアが、窓の外を眺めながら呟いた。
 気が付けば、紅魔館の窓から見える風景、そして鼻腔に入る匂いや肌を撫でる風が変化していた。
 レミリアでさえ疑いたくなる程呆気なく、紅魔館と湖の転移は無事に完了したのだ。

 全てが予想通りだった。
 良くも、悪くも。
 紅魔館は勿論、霧の発生する湖の正確な転移も含め。

「パチェ!?」

「パチュリー様!?」

 レミリア達の横にいた、この大規模な転移を完遂させた偉大な魔女、パチュリー。
 だが、流石の彼女も莫大な負荷に体を蝕まれ、行動不能に陥り倒れてしまう。

「だ、大丈夫。少し横に、なれば」

「えぇ、後は私達が。貴方は、少し休んでいなさい」

 彼女の身を気遣いながら、レミリアは妖精メイドを呼び付けると、休憩室へと移送を命じた。

 全てが予想通りだった。
 良くも、悪くも。
 魔力を消費した代償により、暫くの間、強力な戦力がいなくなってしまう事も。

「レミリアお嬢様」

「えぇ、分かっているわ」

 レミリアと美鈴の二人は、紅魔館の周囲からこちらに向けられた、不穏な空気を感じ取っていた。

 全てが予想通りだった。
 良くも、悪くも。
 楽園とは名ばかりの、安息とは程遠い歓迎を、現地の妖怪達から受ける事になる事も。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 棍棒を振りかざす巨人、炎に包まれた巨大な骸骨、人の顔を持った蛇の怪物。
 一つ一つの特徴を述べていけば、切りがない。
 ざっと数えても100種を超え、それらが更に無数に集まる、千にも勝る妖怪の群れ。
 レミリア達が幻想郷に転移して、かれこれ三日が経過しようとしているが、紅魔館はそのような妖怪に囲まれた戦場となり果てていた。
 そんな中、妖精メイドは館の中で通常の業務をこなし、働いている。
 でなければ、人間と吸血鬼、何も知らない二人の少女に、普段と同じ平穏を与える事は出来ないからだ。
 そして、いざという時に備え、妖精達には館の中の守りを重点的に固めてもらう。
 パチュリーも、今はまだ動けない。
 よって、結界により守られている紅魔館の外壁の外で、襲いくる外敵達を迎え撃っているのは、レミリアと美鈴のただ二人。

 レミリアの繰り出した巨大な赤い爪による一撃が大地を割り、数多の妖怪を肉塊に変える。
 そのまま休むこと無く放たれた紅の弾幕が、向かってくる者、背を向けるもの問わず、破壊し尽くしていく。
 だが、どうやら一部、勘の良い強力な妖怪達も混じっていたらしい。
 彼らは、負けじとその弾幕の隙間を縫い、レミリアに襲いかかった。
 爪が、牙が、剣が、槍が、レミリアの肉体を捉え、深々と突き刺さる。
 凶器により抉られた体は、致命傷どころか、絶命してもおかしくない。
 だが、様子がおかしい。
 妖怪達も、空を切ったような、まるで手応えのない感覚に、驚きを隠せないようだった。

 突如、群がるコウモリのような黒く小さな影がレミリアの体から発生した。
 驚く妖怪を尻目にレミリアの身体は瞬く間に闇に溶けると、いつの間にやら上空に姿を現す。
 霧への変幻能力のある吸血鬼。
 その身体を物理攻撃で捉えるのは、不意打ちでもしない限りは不可能だ。

 レミリアは自身の身体を青白く光らせる。
 美しい星空を背に、吸血鬼とは思えない程に神々しく輝くその姿に、妖怪達は思わず目を奪われた。
 しかし、その光が現しているのは救いではなく、滅びの運命。
 次の瞬間、その身体から発せられた神々しい閃光は、幾重にも別れた槍となり、大気を裂いて大地に降り注いだ。
 それはまるで、神が傲慢な生物を裁く為に生み出した捌きの光。
 その雨のような閃光は、レミリアに牙を向けた妖怪達を中心に、次々と群がる敵を飲み込んでいく。

「美鈴! 分かっているとは思うが、猫一匹門を通すな! この紅魔館に害意を向ける虫ケラ共を、一匹残らず根絶やしにしろ!」

「了、解」

 レミリアの怒声を受け、黄金色の闘気を纏いながら美鈴は大地を掛ける。

 一撃。
 彼女の拳が牛のような顔をした巨大蜘蛛を捉え、その頭部爆散させた。

 一撃。
 向かってくる妖怪の群れを、闘気の篭った回し蹴りで迎撃する。
 発生した烈風が、飛び掛かってきた数多の妖怪を粉々に吹き飛ばす。

 一撃。
 5mを越す巨人が振り下ろした巨大な棍棒をするりといなし、それを掴んで背負い投げる。
 相手の重心の真下に入るという担ぎ投げの常識を無視し、相手の勢いの利用だけで、巨体が軽々と宙を舞い、他の妖怪を押し潰す。

 一撃。
 両手で眩い闘気を球体の形に圧縮し、それを高速で打ち放つ。
 その球体を中心に、竜巻を横に向けたかのような不可思議の暴風が発生した。
 妖怪達は木の葉のごとく宙を舞ったかと思えば、地に叩きつけられ、そして再び舞い上がる。

 それは、とても闘争と呼べるようなものではなかった。
 一方的に相手を蹂躙していくこの両者。
 だが、これでもまだ、彼女達は先を見据えて力の温存を測っている。
 レミリアはまだ一度として自信最強の技である最高神の槍を生み出していない。
 また美鈴も、龍の力はまだ少しも解き放ってはいないのだ。
 にも関わらず、力の差は一目瞭然。
 規格外の物理減少を巻き起こすこの二人の前に、ようやく群がる妖怪達も、相手との実力の差を感じ始めた。

 レミリアとしても、もし相手が話し合いに応じるのであれば、こちらも穏便な態度に出る準備は出来ていた。
 だからこそ、最初の二日は、今よりも更に手を抜き、少しでも知略のありそうな者を見付けてはこちらから話し掛けようともした。
 だが、結果はどうだ。
 彼女達を待ち受けていたのは、それなりの知能は持ち合わせていながらも、暴力という手段に訴えるしか能のない、獣と同義の連中ばかり。

 レミリアは苛立っていた。
 確かにこうなる事を覚悟はしていた。
 とはいえ、両親が理想郷として残してくれた幻想郷と呼ばれるこの場所に、多少の期待を持っていたのもまた事実。
 しかし、待ち受けていた現実は、これだ。
 状況は悪化した。
 襲いくる妖怪の群れ。
 だがしかし、何より最も腹立たしいのは、遠くから空間を裂き、こちらの戦いを観察している、『あれ』の存在だ。
 正体は分からないが、あの能力は、間違いなく、かつて自分が相対した憎き吸血鬼と同じもの。
 となると、今回の相手は、それに関係している魔物という可能性が最も高い。

 400年以上経ったというのに、あの憎き吸血鬼はまだ私達を解放しないというのか?
 これならば、まだ欧州のあの地に暮らしていた方が良かったのではないか?
 例え、再びヴァンパイアハンターやエクソシスト、ウェアヴォルフの生き残り等と戦う事になろうと、その方がよっぽど。

 いや、どちらにしても、同じこと。
 どこまで逃げても追ってくるというのであれば、今ここで、あれを潰す。
 今度こそ、確実に。

 決意を固めてしまえば、行動までは早かった。
 レミリアは、戦いながら力を込める。
 温存していた力。
 神の槍、グングニル。
 それを、いつでも発動出来るように、予め準備する。
 相手はあの吸血鬼か、それとも、それに関係するものなのか。
 どちらだろうが、許せない。
 許してたまるか。
 生かしておいて、なるものか。
 堪え難く湧き上がる怒りを飲み込み、一瞬の機を逃さない為、冷静を保つ。
 決して相手に悟られないよう何気なく戦闘を継続しながら、その流れに紛れ込ませるように、周到に準備する。

 そして、念願の時は来た。
 報復の瞬間が。
 空間に、隙間が開いた。
 油断をしたのか、近寄ってきた。
 距離は凡そ一キロ。
 入口には防御結界。
 どちらも問題ない。
 正面から、真っ直ぐ貫く。

「っ!? お待ち下さ――っ!!」

 美鈴は、レミリアの行動に気が付き、とっさに彼女を止めようとした。
 しかし、彼女が言いかける前に、レミリアは赤い閃光と暴風だけを残し、消えていた。
 自分の身体を、一振りの槍に変化させ。

 美鈴は予期せぬレミリアの行動に大きく焦った。
 相手が何者かは知らないが、気配を隠してあの隙間から覗き込んでいた者の力は尋常ではない。
 紅魔館の周りに群がる格下とは違い、決して単独で太刀打ちして良い相手ではない。
 レミリア様とて、それ位の事は分かっていたはず。
 なのに何故、自分を置いて一人で突っ走るような行動に出たというのか!?

 レミリア様を助けに行きたい。
 だがしかし、この館の守備を空にする訳にはいかない。
 ならば一体、どうすればいい!?

 美鈴は頭を悩ませる。
 だが、元々彼女は、謀や作戦を練るなど頭を働かせることは、決して得意な方ではない。
 レミリアやパチュリーが成長して以来、その手の分野は彼女達二人に任せてきた。
 それが、仇となってしまった。
 美鈴は思い浮かばない。
 今の危機を回避するにはどうしたら良いか、その方法を。
 だからこそ、起こってしまった事実を後悔し、ただただ悔しく歯噛みする。
 その時、

「何をぐずっとしてるのよ、美鈴」

 美鈴は驚き、慌てて後ろを振り返った。
 聞き慣れた声だが、それは決してこの場にいるはずのない者の声だ。
 パチュリー・ノーレッジ。
 紅魔館と霧の湖を転移させる代償で、暫く動けるはずのない彼女が、そこにいた。
 その隣には、見慣れない少女が立っていた。
 コウモリの翼を頭と背中に生やし、髪は美鈴と同じ赤の長髪。
 種族的には悪魔と呼べるものだが、それにしては少し感じる力は頼りない。
 パチュリーは、その赤髪の少女に肩を背負われ、立っていた。

「パ、パチュリー様。どうしてここに? それと、その、えと、悪魔は?」

「この子に気を使わないでいいわよ。見た通りの悪魔じゃなくて小悪魔よ。新しく雇った私の従者。と言っても、名前も決めてないし、決める気もないけど」

「そんな!」

 パチュリーに小悪魔と呼ばれた少女は、ガビンとショックを受けたように頭を抱える。
 だが、あまりプライドのなさそうなその態度を見る限り、予想通りの人畜無害、あまり力はなさそうだ。
 妖精メイドよりは幾らか上、といった所だろう。

「まぁ、昨日の夜、魔力が消耗している状態でも呼び出せる程度の使い魔だから、貴方の予想通り、お世辞にも優秀とは言えないけれど」

 またもや小悪魔はショックを受ける。
 それに対し、美鈴はその言葉で、再びこの魔法使いの無鉄砲振りに呆れる事になった。
 ただでさえ魔力を消費し尽くし弱っている時だというのに、召喚術という負担とリスク、両者の伴う術を遂行したのだ。
 これだけの頭脳を持ちながら、もし現れていたのが力と誇りを持った本物の悪魔だったらどうなっていたかとか、考えなかったのだろうか、と。
 だが、そんな美鈴の考えはパチュリーにはお見通しだったようだ。

「いくら私とて、そこまで計算無くして行動はしないわよ。この子にはたまに図書館の整理を手伝ってもらってた間柄。で、本格的な使い魔として呼び出したのが昨日というだけ。それに、特別強い力は持っていない彼女だけれど、私を背負ってここには立てる。ならば、私は自分の出来る事をやるのみよ」

「そ、そんな無茶な! 貴方、自分の身体がどんな状態か――っ!? ちぃっ!」

 言い掛けた所で、彼女は背後に殺気を覚え、慌てて振り返る。
 有無を言わさず紅魔館に襲い掛かってきた凶暴な妖怪達が、話し合いの最中だからと優しく待っていてくれるはずはない。
 こちらの空気を読もうともしない妖怪達に向かって、美鈴の拳が鋭く空を走る。
 ドゴォという爆音が響き、妖怪達は吹き飛ばされた。

「なっ!?」

 その光景に、美鈴は思わず驚いた。
 何故ならば、自分の拳よりも先に、突如爆発と共に生み出された紅蓮の炎が妖怪達を飲み込んだからだ。

「私は至って冷静」

 その言葉と共に、パチュリーは小悪魔に肩を貸されながらも前に出る。
 その手には、妖しく光る魔道書が開かれていた。

「ある程度の魔法を使える位には魔力も戻った。ならば、こういう餌がいてくれた方が、寝るよりずっと効率的に、魔力の補充が出来るというもの」

 パチュリーは呪文を詠唱する。
 すると、今しがた吹き飛ばされた魔物を囲うように、紫色の魔法陣が展開される。
 危機感を感じ、妖怪達は脱出を図る。
 だが、それは不可能。
 妖怪達の四肢に、大蛇のような木の枝が巻きついていた。

 やがて、呻き声と共に、妖怪達は萎れていき、反対にパチュリーの顔には少しずつ生気が戻り始める。
 マジックドレイン。
 対象の魔力を吸収し、自らの魔力として再利用する、普通の魔法とは一線を画する上級魔法だ。

「貴方達二人のおかげで、相手の戦力はあと僅か。だったら、問題なのは私よりもレミィでしょ。なんで一人で突っ走ったのかは分からないけど、相手はかなり危険な妖怪よ。分かっているなら、貴方は早くレミィの所へ向かいなさい」

「はいはい。了解しましたよ。小悪魔さん。どうかパチュリー様を宜しくお願い致します」

 参ったとばかりに美鈴は両手を上げると、小悪魔の返答を待たずして、即座にその場を後にした。
 美鈴は心の底から感嘆していた。
 本当に、二人とも、よくぞここまで強く逞しく成長したと。
 彼女の目から見て、どちらの娘もこの先確実に、偉大なる親さえ超える資質を持っている。
 ならばこそ、自分は喜んで彼女達に付き従おう。
 自分の恩人でもある偉大な三人の忘れ形見だからか?
 もちろん、それもある。
 だが、そんな単純な理由だけという訳では勿論ない。

 どれだけ傷付いても、大切な者の為に真っ直ぐ走り続ける優しさと誇り。
 それを受け継ぎ、この先も成長を続けるであろう、偉大なる吸血鬼と、魔法使い。
 自分はその下で、彼女達が悲しみや苦難を乗り越え、幸せな未来を手にする瞬間を見てみたい。
 だから、彼女達に付き従うのだ。
 傍から見れば、自分は元々が龍神だったとは思えない、変わり者の性格なのかもしれない。
 だが、あの二人、いや、あの三人には、それだけ期待出来るモノを確かに内に持っている。
 故に、自分は、自分の意思で、彼女達の剣となり、盾となる。
 彼女達に害を成す者達からはこの身を盾にしてでも守り抜き、邪魔な障壁は剣となって打ち壊す。
 例え、相手が何者であっても関係ない。

 美鈴は龍の力を解放し、風のように幻想郷の大地を駆け抜ける。
 空間に空いた亀裂はもはや塞がっているが、その者の気配は既に覚えた。
 そして、自分の主であるまだ小さき吸血鬼の気配も感じる。
 方角は間違いようがない。

 やがて、彼女の前に、巨大な屋敷が現れた。
 恐らくはレミリアがやったのだろう。
 そこは戦いの影響を受け、既に大きく崩壊していた。
 崩壊して尚得体の知れない存在感を放つ、不思議な屋敷。
 だが、美鈴は構わず、門を蹴り破って乗り込んだ。

「ぐっ!?」

 飛び込むように屋敷へ入った彼女を歓迎したのは、黄色い丸太のような、巨大な塊。
 咄嗟に両腕でそれを防ぐが、悠々後ろへ吹き飛ばされる。
 だが、彼女はぐるりと宙で一度回転すると、鮮やかに着地をして見せる。

「――狐? 九尾か」

 美鈴は、門の前に立ち塞がっている人影を眺め、呟いた。
 そこにいたのは、黄色い髪を帽子に隠した美しい女性。
 量の袖の先を合わせるようにして腕を組み、堂々立ち塞がるその背には、九つの巨大な尾が生えており、その内一つが、ゆらゆらと不気味に揺れていた。
 どうやら美鈴を吹き飛ばした攻撃の正体は、この尾による一撃だったらしい。

「貴方があの隙間の正体、という訳では、なさそうですね」

「だったらどうする?」

「どいてくれませんか? ぶっちゃけ、私は貴方なんかに用はないんです。この奥にいる、勝手に勇み足を踏んだ私の主人を連れて帰りたいだけなんですよ」

「そうはいかない。幻想郷を管理するのが、私の主の持つ役目。そして、お前達はこの幻想郷で暴れまわる無法者。お前達がこの幻想郷の平和を乱し、私達の邪魔をするというのであれば、こちらとて容赦はしない」

 それは、美鈴にとって一方的に告げられた、言われのない言葉。
 だが、この幻想郷に来て、ようやく返って来たまともな返答でもあった。
 もし美鈴が冷静だったとしたら、ここで相手の目的を探り、場合によっては自分達の無実を証明で来たかも知れない。
 だが、今気が立っている美鈴には、そんな余裕などありはしなかった。

「よくもまぁぬけぬけと言ってくれるわ。こちらの事情さえ知らない分際で、よくもまぁ」

 美鈴の瞳に怒りが混じる。
 こちらの事情等知りもしない相手に対し、自分の仕える主と一緒に一方的に悪者扱いされたのだから当然だ。
 そして、その怒りは膨大な殺気へと変化する。
 九尾の狐さえ下がらせる、龍の持つ途方もない威圧感に。

ドゴォォオオオっっ!!!!

 突如、巨大な地震でも起こったかのように、屋敷が大きく振動した。
 やったのは美鈴でも九尾でもない。
 屋形の中で戦っていた者たちだ。
 耳を劈く破壊音、そして、屋敷の奥からは今の振動を起こした原因の余波と見られる暴風が吹き荒れた。

「お嬢様っ!?」

 美鈴は感じた。
 この中で行われていた戦いが、今、終わった。
 敗北したのは、自分の主。

 遅かった!?
 否、傷付いてはいるが、まだ辛うじて、お嬢様の気配は残されている!

 突然の現象に驚く九尾を置き去りに、美鈴は駆ける。
 ふざけるな、と歯を食いしばり。
 九尾は言った。
 お前達は無法者と。
 一体私達が、お嬢様が何をした!?
 ただ、ただ、自分の妹を守る為に、自分がどれだけ傷付きながらも、走り続けてきただけだというのに。
 この九尾達は、いや、運命を司る神様は、それが、罪だというのか!?

 とめど無くこみ上げる怒りの前に、思考が歪み、龍としての本能が剥き出しになりそうになる。
 それは、駄目だ。
 九尾の狐は、自分の主人を管理者と呼んだ。
 そして、恐らくこの屋形の者たちは、紅魔館を襲っている獣のような連中とは少し毛色が違うらしい。
 幻想郷を守るという、意思と目的を持った者たちだ。
 ならば、交渉の余地もある。

 ここに来て冷静さを取り戻した美鈴は、ようやく見付けた。
 ボロボロの姿で大地を踏みしめる、自分の主人を。
 レミリアの前には紫の衣服に身を包んだ、金髪の妖怪。
 恐らくは、隙間の主。
 両者共に大地に足を下ろし向き合ってはいるが、どちらが優勢かは一目瞭然。
 そもそもレミリアは、普通であれば立っていられるようなダメージではないだろう。
 にも関わらず、膝を付ける事を良しとせず、最後まで相手に敵意を向けるその姿はなんと気高き事だろう。
 だからこそ、死なせる訳にはいかない。
 こんなつまらない誤解の中で。
 家族全員で、幸せな未来を掴む、その前に。
 だからこそ、本来であれば主人を傷付けられた怒りを優先させたい美鈴だったが、今はそれを深く飲み込む。
 そして、

「そこまでにしてもらえませんかね。管理者殿」

 レミリアを助ける為に、二人の間に割り込んだ。

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あきゅろす。
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