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フラン、仕事を始める
フランドールの昔話(10)
〜レミリア視点〜

 幽香からの手紙の内容を見て、あいつがフランの居場所を知っていると読み取った私は、咲夜を即刻太陽の畑へと戻らせた。願わくば、そこにフラドール、あるいは風見幽香がいて欲しい。出来るのであれば私も急いで向かいたかった。だが、空は明るい。日傘を刺し、機動力が鈍った状態での私が出歩いてしまえば、逆に咲夜の足手まといになるだろう。それに、私の高ぶった苛立ちも問題だった。早くフラドールを見つける事を考えるのであれば、私はここで待機した方がいい。
 そう考え、私はあいつからの手紙の内容を読み解く事に専念した。門番をしていた美鈴を急いで呼び出し、手紙を見せて事情を説明する。そして、共に地下の大図書館に向かうと、広い図書館をうろつき、本を探した。花言葉の載っている図鑑だ。
 手紙に書かれていた私の大切な探し人というのは、間違いなくフランの事だろう。雪起こしというのは、良く分からない。だが、文脈の下りから判断するに、このクリスマスローズとやらの別の呼び名なのではないだろうか。では、言葉に出せない胸の奥に隠された気持ちも、全ては無数の花言葉の中に。その言葉の意味は? それは恐らく、クリスマスローズの花言葉を調べれば分かるはず。

 見渡す限り綺麗に整頓されている本に囲まれた、ただっ広くも薄暗い図書館の机の上に、それらしい図鑑を何冊も積み上げ、片っ端から目を通す。普段から白黒魔法使いさえ現れなければとても静かな図書館ではあるが、今はパチュリーも小悪魔も異変の探索に向かわせているため、いつにも増してしんとしている。物音一つしない静まり返った空間に、ただ、私達が乱雑に本をバラバラとめくる音だけが木霊していた。
 魔法書とかならともかく、よりにもよって花の本だなんて必死に探して開き見ているなんて、とても私らしくない。だけど、幽香からの手紙に書かれた内容が気になってしまい、そうせざるにはいられなかった。

 調べる内に分かったのだが、雪起こしという言葉はやはりクリスマスローズの愛称みたいなもののようだ。そして、一つの花に付けられている花言葉は、図鑑によって若干の有無や言い回しの違いがあるらしい。しかし、クリスマスローズの花言葉は、どの図鑑にも共通して書かれている言葉があった。
 全てを纏めると、“追憶、慰め、大切な人”。そして、“不安を取り除いて”。“私を忘れないで”。この後者の二つは、どの図鑑にも共通し、同様の言い回しの言葉が書かれていた。これは、一体どういう意味だ。この花言葉は、フランの何を現しているんだ。

「フラン……」

 私は愛妹の身を案ずる。まさか、あの子の姿が今まで確認できなかったのは、風見幽香があの子に何かしたからなのだろうか? だとするならば、咲夜一人に任せるのも危険が伴う。あれは、幻想郷に来た当初、八雲紫を相手に盛大な大喧嘩を繰り返していた規格外の大妖怪だ。私やフラドールとも恐らく互角。弾幕ごっこならともかく、真剣勝負では今の咲夜が相手に出来る存在ではない。
 しかし、咲夜とあいつはそれなりの仲みたいだし、いくらなんでも弾幕ごっこを超えた殺し合いに発展する事はないだろう。
 というよりも、この手紙を見ると、私には何故かあいつが今までフラドールをかくまっていた気がしてならない。元々、フラドールは花の事が大好きだった。なので、案外風見幽香とも気が合ってしまうのではないだろうか。咲夜と仲良くなった所を見ると、あいつもフランと同じく本質と噂との間には大分違いがありそうだ。だとするならば、あいつの事を知らない私が行くよりも、咲夜の方がきっとうまくやってくれるだろう。本当に幽香、あるいは萃香が今までフランをかくまっていたならば、理由によっては私はあいつ等を相手に怒り狂い、事態をよりややこしくしてしまいそうだから。

「妹様も、やはりご無事だったみたいですね。この花束は、恐らく妹様がお嬢様へのプレゼントとして作ったものでしょう。そんな気がします」

 幽香や萃香がフラドールと関係しており、あの子が無事であるという考えは、どうやら美鈴も同じのようだ。美鈴の言葉に、私は胸を撫で下ろす。

「そっか、良かった。美鈴の気がする、はよく当たるからね」

 美鈴は、そんな事ないですよと言って照れ笑いをしているが、実際、彼女の直感はよく当たる。それは、彼女の気を操る能力が関係でもしてるのか、あるいは、それも彼女が隠している神格としての能力の一部であるのか。パチュリーの探索魔法を使っても、あの子の位置までは掴めなかったが、あの子がまだ幻想郷のどこかにおり、無事でいてくれているという事実だけは分かった。そして、美鈴の直感が、フラドールはこの幻想郷で元気に暮らしていると訴えていていたからこそ、私はまだ冷静に、異変の探索の方を優先する事が出来た。

「えぇ、きっと、咲夜さんが連れて帰ってきますよ」

「それも、気がする?」

「そうですね」

 彼女はどうやら、伊吹萃香からの能力干渉が無くなった時点で、もう大丈夫だと安心していたようだ。あの鬼は、自分ではどう思っているのか知らないが、かなりの寂しがり屋だ。そして、私に言わせればとても臆病者だ。それは、フラドールにとても似ている所がある。
 だから美鈴は考える。フラドールの失踪にはあの鬼が一役買っており、今もきっとあの鬼と一緒にいる。少なくとも、今回の異変、あの吸血鬼に、フラドールは関係していないだろうと。
 幽香と、萃香と、フラドール。どこでどう知り合ったのか想像すら出来ないとても奇妙な組み合わせだが、本当にあの二人がフラドールの味方をしてくれているのなら、今は逆に心強いのかもしらない。二人共、八雲紫にさえ対抗出来うる存在なのだから。
 ならばこそ、私は、フラドールが帰ってくる事を期待して、早急に異変の方を解決してしまおう。

「今日は私も出るわ。美鈴、門番はいい。付き合いなさい。何としても、今日で決着を付けるわよ」

「待ってましたよ。その言葉」

 私の言葉に、美鈴は今までの軽い態度を即座に胡散させると、体から隠しきれない殺気を滲み出した。彼女も、私達の日常を再び破壊しようとしている奴等に対し、かなり気が立っているようだ。だが、それは私としても話が早くてとても助かる。

「黒幕がこれ以上姿を隠し続けるのであれば、現れるまで、奴らを一匹残らず排除する。いいな」

「もちろんです。私達に手を出した事の愚かさを、骨の髄まで刻み込んでやりましょう」

 美鈴は、普段の穏やかな彼女からはかけ離れた乾いた笑みで表情を歪めた。平和の続いた幻想郷では久しく見る事の叶わなかった彼女の素顔が徐々に露わになっていくのがたまらなく頼もしく、私もまた、不敵に微笑んだ。

 私達は、全てを終わらせるべく図書館を出る。しかし、その途中、一つ心残りが出来てしまった。それは、冷静に優先順位を考えれば、とても小さなくだらない事。それでも、私は足を止めてしまった。

「お嬢様?」

「ごめんなさい、美鈴。十分ばかり、時間をもらえないかしら」

「いいですけど、なんでまた?」

「……」

 自分でも、馬鹿らしいと考え、思わず頬が赤くなる。そんな私を、美鈴は不思議そうに眺めていた。今はそれどころではない。それは分かる。それでも、紅魔館を離れる前に、これだけは、どうしても――

「クリスマスローズ、放っておくのは勿体無いから、あれを生けてきても、いいかしら」

 それは自分で言ってて呆れてしまう事だった。しかし、そんな私らしからぬ発言でも、美鈴は優しく微笑んでくれた。

「もちろんですよ。宜しければ、私も手伝いましょうか?」

「いや、大丈夫よ」

 私は首を横に振る。フラドールからの、贈り物。その美鈴の直感が真実ならば、それは私が一人でやりたかった。それに、その間、美鈴にはやってもらいたい事があった。

「代わりに、パチュリーを呼び戻しておいてくれないかしら。奴ら相手に戦争を起こすとなると、これからの時間、単独での行動は危険が伴うわ」

「畏まりました。確かに、お嬢様の仰る通りですね」

 美鈴は頷くと、即座にパチュリーと念話を繋げる準備に入ってくれた。その間に、私は花を生ける準備を始める。普段は咲夜や美鈴がやってくれるが、私としてもやり方位は心得ている。
 ハサミの代わりに人差し指と中指の二本でクリスマスローズを生けやすく整えていると、唐突にあの子の愛くるしい笑顔が脳裏を過った。私は守る。何としてでも、あの笑顔を。

 フラン。あなたはもう、何も怖がらなくて良い。今日中に、私が、お姉ちゃんが、全部終わらせてあげるから。クリスマスローズの花言葉の通り、貴方の心配を全部取り除いてあげるから。だから、全部片付いたその時は、私にまた人形劇を見せて。そして、また、一緒に組手もやりましょう。なにより、貴方の笑った可愛らしい表情を、もう一度私に見せて頂戴。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






〜フラドール視点〜

 私でよければ、力になる。幽香の言ってくれたその言葉が、私にはとても嬉しかった。金輪際、他者との関わりを避けて生きていこうと考えていた私だったけど、気が付けば、私は幽香や萃香を受け入れていた。きっと、初めから無理に近付かれていたら、私は二人の前からも消えていただろう。それを考え、恐らくこの二人は、私に相当の配慮をしてくれていたに違いない。
 そんな優しい幽香が、幻想郷の住人達からは危険度も友好度も最悪なんて言われている。例え幽香の昔話を聞いたとしても、私にはそれが、とても信じられない事だった。だって、私にとって幽香は、どこまでも私の事を考え、気を遣ってくれる、とても優しい妖怪だから。

 私は、幽香を相手に、昔の事を話し始めた。これまで、私は誰にもこの話をした事がなかった。紅魔館に閉じこもった450年間、咲夜を除いて話せる相手がほとんどいなかったというのもある。だけど、お姉様やパチュリーも、咲夜には昔の話をしようとしない。私も咲夜には言いたくなかった。私の事を、怖がって欲しくなかったから。
 紅魔館を出て、たくさん大好きな友達が増えた私。アリスや、妹紅、輝夜を相手に、過去の辛い思い出を言いたいと思った事は、正直何度もあった。だけど、結局、打ち明ける勇気が出なかった。それでも幽香に話せてしまうのは、彼女の方も、私に自分の過去を打ち明けてくれたからか。あるいは、この二ヶ月間、彼女がどこまでも私の事を考えてくれていたからなのもしれない。


 この昔話は、私達姉妹が、まだ北欧の地で暮らしていた頃の話だ。最近まで久しく思い出していなかった過去。だけど、私は、静流ちゃんに武術を教える上で、美鈴に出された宿題を解決する為、そして、萃香に、昔ここで暮らしていたという鬼のお仲間さんの話を聞き、墓場を作っては祈っている日々の中で、自然とあの時の事を思い返していた。
 450年という膨大な日々の中、忘れ掛けていったと思ってた。だけど、どれだけ時が経っても決して消えず、心の奥の底にまで深く深く染み付いていた。それは、私とお姉様が、優しいお父様とお母様と一緒に幸せに過ごしていた穏やかな記憶でもあり、それ等の日々が、まるで全て夢であったかのように、一夜にして粉々に砕かれてしまった忌まわしい記憶でもある。


 私達が生まれるよりも以前、北欧の地は、ある二つの勢力により支配されていた。その一つを纏めていたのは、仲睦まじい吸血鬼夫婦。男の名前をルーヴ・スカーレットといい、妻に当たる吸血鬼をサラ・スカーレットといった。彼らは齢3000年を優に超える最強の吸血鬼として、北欧全土にその名を轟かせていた。何を隠そう、私とお姉様はそんな偉大なる父と母との間に生まれた。

 彼らが残した伝説は数しれない。少し走ればものの数秒で山々を駆け抜け、その一撃は大地を割って地割れを起こしたとまで言われている。滅茶苦茶な話をするのなら、二人がまだ若い時、彼らの気まぐれで起こした魔法一つで、地中海一帯の沿岸を血の海に変え、空からは血の雨を降らせただとか。お姉様が起こした紅霧異変を思い返すと、やっぱり親子なんだなと呆れてしまう。しかし、その規模たるや、お姉様の紅霧と比べても比較にならないだろう。幻想郷全土を紅霧で包むだけで普通ではないのだが、あの二人は広い広い地中海沿岸の海一帯に加え、空からは嵐のような血の雨だ。

 とんでもない逸話を数々残す父と母。そんな無茶苦茶な人達ではあったみたいだけれど、義理人情には厚く、無闇な殺生を嫌う誇り高い吸血鬼として、人々からは慕われていたみたいだ。

 それでも、気まぐれ一つで人々に多大な迷惑を掛けもした彼らが慕われるに至っていたのは、それとは別の理由もあった。それは、第二の北欧の支配者である、グレゴリオ・ゲシュペンストと呼ばれる吸血鬼と敵対関係にあった事。両親と支配権を巡って激しい争いを繰り広げていたこの吸血鬼との間には、いつも血生臭い戦の逸話が付きまとっていた。

 私の両親が最強と讃えられていたのに対し、グレゴリオは最凶の吸血鬼と言われていた。お父様やお母様と同じく齢3000を優に超え、滅ぼした人魔は数しれず。
 誇りを持ち、回りから敬われながら数多の魔を率いてきた両親とは対象的に、恐怖と暴力をもって北欧を支配していた悪名高き吸血鬼。特に、腹心と噂される、死霊や闇の魔物を操る黒魔術師が彼の軍勢にいた事も、この吸血鬼を最凶の存在足らしめていた。
 そんな人々にとって恐怖の象徴であるグレゴリオ率いる勢力と敵対関係にあったからこそ、同じ吸血鬼という闇に生きる魔物であり、過去に人々の生活にすら影響を与えるような異変を引き起こしておきながらも、両親は人間にすら敬意の目で見られていたのかもしれない。

 しかし、両親とこの吸血鬼とが激しく争っていたのは、私とお姉様が生まれるより、何百年もの過去の話だ。ある日を境に、スカーレットとグレゴリオは全面戦争に陥ったらしい。そして、両親は、グレゴリオの軍勢を打ち破り、勝利した。
 この成果には、ある一人の腹心、そして一人の協力者の功績が非常に大きかったと言われている。腹心に当たる人物は、スカーレット家に仕えていた偉大なる魔術師、デイラー・ノーレッジ。いや、仕えていた、という言葉は少々語弊があるかもしれない。ディラーは、両親の親友に当たる存在で、私とお姉様も良くお世話になっていた。ノーレッジの名前から連想出来るかもしれないが、パチュリーの父親だ。
 もう一人の協力者とは、東洋を起源とした龍の末裔であり、当時武者修行の為に世界を放浪していた、まだ若々しかったらしい一人の少女。小さな少女の身体に、それに見合わない巨大な龍の力を宿し、それに加えて人としての人間の武術さえも極めた彼女は、武神やら闘神と崇められ、グレゴリオの兵を瞬く間に次々と粉砕していったと言われている。今でこそ昼行灯のようでとても信じられないが、紅美鈴その人だ。なんでも、両親に恩義があり、この戦争への参加を志願したらしい。

 彼らの活躍により、グレゴリオ勢は壊滅した。噂ではグレゴリオもお父様の手によって殺されて、彼が率いていた軍勢も、黒魔術師を除いたほとんどが闇に葬られたと言わていた。

 戦争が終わり、北欧は平和になった。それを境に、両親は大分変わったみたいだ。後に美鈴は、穏やかな微笑みを浮かべながら私とお姉様にこう語る。

「あの戦が終わって、あの人達は大分変わられました。落ち着かれたというか、あまり無茶な事はしなくなったというか、丸くなったというか。ですが、彼らが一番変わった原因は、その何百年か後に起こった、もっと別の、喜ばしい事件によるものだったのかもしれません」

 その喜ばしい事件というのは、どうやら、お姉様、そして、同じ年に生まれたディラーの娘であるパチュリー、更にその五年後における、私の誕生によるものだったらしい。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 私がこの世界に生を受け、20年の歳月が流れた。私とお姉様の外見年齢は、人間でいえばだいたい10歳前後位まで成長していた。私達姉妹が両親と共に育った場所は、紅魔館ではなく、もっと巨大な、入り組んだ石垣に囲まれた灰色のお城。紅魔館や霧の湖は、元々ノーレッジの一家が暮らしていた場所だった。この時美鈴は、また放浪の旅に出ていたらしく、私達とはたまに来て顔を合わせる程度。私達にとって美鈴は、年に数回来てくれる、優しいお姉さんという印象だった。

 他の妖怪は知らないが、北欧の土地に住む吸血鬼を含めた長寿の魔物は、成長期までは人間と同じ速度で成長をして、そこからの発育のスピードは種族、それに個体差により大きく異なってくるとされている。その、成長期がどれ位までにあたるのか、成長期が終わった後の個体の成長速度も、バラツキがあるそうだ。
 私とお姉様は、8歳頃に成長期の終わりを迎え、それからは十数年以上経過しても、あまり外見が変わらなかった。当時のパチュリーもそれは同様だったみたいで、今でこそ、私達と比べ、年の離れた姉妹程には上に見えるが、当時は私達とほとんど変わりはしなかった。これは、長寿の妖怪でもかなり早い例みたいだ。
 例をあげると、私達の両親が成長期を終えたのは18歳。なので、両親は早期に成長期を終えた私達をひどく心配したみたいだ。だが、両親に頼まれてディラーが私達を検査した所、魔力等、吸血鬼としての成長は確認出来たので、特に問題なしとされたそうだ。事実、あれから数百年の時が過ぎた今、私とお姉様は、非常にゆっくりではあるが、13歳から14歳位の外見までには成長している。――はず。身長は、どうやら人間のそれ位の子達と比べても低いみたいだけれどさ。けっ。

 この時の検査で、私達は初めて、両親の親友であるディラー、そしてその娘であるパチュリーと顔を合わせた。年齢は、当時のお姉様と同じ、25歳。
 大魔術師の娘として生まれたパチュリーも、吸血鬼程ではないが、何千年という歳月を生きる存在のようだ。そして、私達姉妹と同じく、10歳という早い段階で成長期を終えた彼女も、度々ディラーにより身体と魔力における成長の検査を受けていた。

 この日の数日後、きっかけは覚えてないが、私達とパチュリーは友達になった。この日から、私達は度々互いの住む場所を訪れては、何をするにも一緒に過ごした。

 この頃までは、本当に幸せだった。毎日毎日が色鮮やかで、何をするにも楽しかったのを覚えてる。だが、やがて、私の中での世界が変わる第一の事件が訪れた。それは、五年後の冬。私が25歳の誕生日を迎えた朝だった。


 城の外観が冬の贈り物により美しい白銀色に包まれる中、私は大好きな家族達、それに、ノーレッジの一家に囲まれて祝福された。大きなリビングで、私は両親と、ディラー、パチュリー、そして、お姉様から、プレゼントをもらった。
 両親からは、赤いドレス。ディラーからは、ふわふわの帽子。パチュリーからは、魔法の本。そして、お姉さんから、手作りのお人形。どれもこれもが嬉しくて、私はとても舞い上がった。

「ありがとう、お姉様!」

 不器用ながら、手の混んだ可愛らしい人形を、私は一度ぎゅっと抱きしめると、もっとしっかり見る為に手を伸ばす。その時、私はある違和感に気が付いた。人形を抱えているはずの右手に、奇妙な異物感があったのだ。手で丁度握れる大きさの、まん丸い球体で、ぐにゃぐにゃと弾力がある。とっさに、私は思った。まるで、これは、目玉のようだと。
 私は人形から手を離して、自分の手のひらを眺めた。

「きゃっ!?」

 私の手に握られていた物体は、白い球体に、瞳孔を持った、本当に何者かの目玉だった。それは、一人でにぎょろりと動き、こちらを見て来た。

「わぁ!!」

 私はとっさに右手を振った。それと同時に、いつの間にやら右手に握られていた目玉は、消えてなくなっていた。

「どうしたの? フラン」

「え? いや、今、目が……」

「目? 人形の目? それはただのビー玉よ?」

 違う。あれは、人形の目なんかじゃない。お姉様には、何も見えなかったのだろうか。もしかしたら、ただの私の幻なのか。今があまりに幸せ過ぎて、興奮し過ぎて幻でも見てしまったのか。

「いや、なんでも……え?」

 人形に目を向けると、再び、私の手に奇妙な感覚が蘇る。柔らかくて、生温かい。嘘だ。これは、気のせいだ。幻だ。目玉なんかな訳がない。そう、幻。気のせい。平気、大丈夫、平気、大丈夫大丈夫大丈……

「あぁ!?」

 それは、やはり気のせいではなかった。開いた手には、気味の悪い、ギョロリと動く目玉が一つ。

「こ、のぉ!!」

 呪いだかなんだか知らないけど、こんな訳の分からないものに負けるか! そう思ったのだろうか。私は、とっさに右手に現れた目玉を握り潰す。それと同時に、私が抱えていた、お姉様からもらった大切な大切な人形が弾け飛んだ。私は、最初、何が起こったのか全く理解出来ず、飛び散った綿ぼこりを、ただ茫然と眺めていた。普段冷静なお父様とお母様が、ひどく驚いた顔をしていたのは覚えてる。
 私の見知った日常が壊れた原因の一つ。それは、私の能力の発現だった。

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あきゅろす。
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