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フラン、仕事を始める
フランドールの昔話(6)
〜レミリア視点〜

「あの小鬼、一体どういうつもりだ!?」

 心の中でのみ叫んだつもりが、私の悪態は自然と音となり空気を振動させていた。自分の聴覚によって知覚され、その事実にようやく気付く。余程苛立っているのだろう。しかし、あの子の探索への希望が見えたのもまた事実。

 私達吸血鬼は、人間と比べ、遥かに魔力や妖力に対する感受性が高い。例え魔法や能力により精神に介入されたとして、それを体は無意識の内に察知する。
 だから、あの小鬼がかつて幻想郷にて異変を起こし、宴会を定期的に開催させた時も、私はあの妖霧の出処、そしてそれがもたらす意味を素早く察知できた。
 最もあの時は、得体の知れない相手に踊らされ続けるのはごめんだとも思いはしたが、これからの幻想郷の為にも人間達に任せてみようと考え、結局傍観する事に決めたけど。ってか、まぁぶっちゃけ面倒だったし。
 そしたら霊夢や魔理沙はともかくとして、うちの咲夜まで見当違いな事ばっかやってて中々異変が解決しなくて呆れるはめになったっけ。だから少しばかり様子見と暇つぶしを兼ねてあの小鬼と戦り合いはしたが。まぁ、口は偉そうだったが、向こうも遊び感覚だったし、危険はないと判断し、また私は傍観に戻った。
 だけど、その後も皆中々真相までたどり着けず、挙げ句の果てには私が主犯だとか霊夢と魔理沙が勝手に決め付けてきて、無実というのに喧嘩を売られる始末。あぁ、よくあの時は我慢した。まぁ子供をフォローするのが私達大人の役目だからね。うんうん、なんたって私は器の大きい吸血鬼。こういう包容力の大きさも、私のカリスマの所以だわ。

 でも、やっぱり思い出しただけでイライラしてくる。眉間にしわが寄り、血管がぴくぴく浮き上がる。いけないいけない。クレバーになるんだレミリア・スカーレット。このままだと自慢のぴちぴちお肌に悪影響。せっかく若々しいお顔が老けてしまう。いや、私だって本当はもう少し大人になりたいけどさ。いやいや、さっきも言ったけど私は大人よ? 優雅さと知性を十二分に兼ね備えた大人のレディよ? ただ、顔はもちろん、胸とか身長とか、その辺りはもう少し――って、違う違う。今はそんな事はどうでもいい。取りあえずその事は置いといて。

 とにかく、私が何が言いたかったかと言うと、普段の私ならば、今回あの小鬼が何やら私達の精神に介入していた事もすぐに察知出来たはずだ。にも関わらず、今回の件に関しては、今になるまで気付かなかった。いや、そうではない。心の何処かでは、何やら違和感を感じていたし、それが鬼の仕業であるとも分かってた。だが、恐らくはそれが、異変は勿論、フランにも関係がないと思い込んでしまい、無視してしまっていたのだ。それとも、それも含めてあの鬼の持つ能力の内か? 気に食わない。どちらにしても、余程、フランとあの吸血鬼の事に気がいっており、視界が狭くなっていたに違いない。

 私は、自分に掛けられていた精神操作が解けた所で、ようやく自分を含めた一部の人妖に対して、伊吹萃香がどのような能力干渉を行っていたかに気付かされた。
 あの異変の方にあの小鬼が関わっているとは思えない。あの異変は、間違いなく奴らが関わっている。流石にこの幻想郷の住人が、それも伊吹萃香のような大妖が、奴らの肩を持つとは思えない。となると、仮に伊吹萃香が何かに関わっているとしたら、それはフランの件に関しての可能性が高いだろう。
 しかし、まさか萃香の奴が、私達があいつを頼ろうとする思いを疎めていたとは。まだ、フランの気配を疎めていたとかであればすぐに気付く事が出来たのに。

 一体何故、あの鬼はそんな事をしてたのだろか。あいつは、私の愛妹の居場所を知っているのだろうか。それとも、ただ私達に命令されて探しにいくのが面倒だっただけなのか。
 どちらにしても即刻問いただし、確認を取る必要がある。場合によっては叩きのめして、可能であれば利用してやろう。日が陰るまで待とうとも思っていたが、もう限界だ。もしかしたら、ようやくフランを見つけ出す事が出来るのかもしれないのだから。
 私は日傘を片手に紅魔館を出る準備を始める。すると、丁度良いタイミングで咲夜が帰ってきた。このまま咲夜を連れて博麗神社に乗り込み、伊吹萃香を締め上げてやろう。

「咲夜、丁度いい。私と一緒に――ん?」

 言いかけた所で、私は咲夜の持っている花束に気が付く。一見私が大好きな薔薇のようにも見えなくもないが、どうやら少し違うようだ。イバラもなければ、花の形も少し違う。

「どうしたの? その花束は。貴方、フランを探していたんじゃないの?」

「す、すみません、お嬢様。フラン様を探しに太陽の畑へと行っていたんですが、風見幽香が、これをお嬢様に渡して欲しいと」

「風見幽香? あいつが?」

 訳も分からずに私はその花束を受け取る。咲夜とあいつは多少なり友好的な関係のようだが、私とあいつはそうでもないぞ。確かに、どこか薔薇を思わせる、中々私の好みに合う花ではあるけれど。

「なんの花かは知らないけど、確かに綺麗ね。だけど、一体なんであいつが?」

「さぁ、それは私にも。なんだか、この花が私達の所へ行きたがっていたとかなんとか言ってましたが。この花はクリスマスローズと言いまして、名前の通り、12月の下旬から咲き始める花ですね。少し早咲きなので、それが珍しくってプレゼントしたのでは。ちなみに、花言葉は、大切な人、だそうです。それと、中に手紙が入ってました」

「大切な人〜? あいつが私に?」

 何を考えているのか全く分からない。まさか向こうが私に対してそんな感情を抱いているはずがないだろうし。となると、大切な人=咲夜? おお、こわっ。そうだとしても、咲夜は絶対にあげないわよ。私の大切な従者であり家族なんだから、武力行使に出てでも阻止するわ。もしくは、ただの気まぐれか、あるいはからかわれているだけなのか。全く、今はわざわざこんな事に時間を割いている暇はないのだが、一体あの妖怪は何を考えているんだ。まぁ、要件があるのかないのかは知らないが、一応手紙、読むだけ読んでおこうか。

「取りあえず、その花をどうするかはお前に任せるわ」

「畏まりました」

 咲夜に指示を出し、面倒ではあったが封を開けて手紙を取り出し、中を見てみる。そこに書かれていたのは、僅か三文。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

夜を統べる小さくも赫々(かっかく)たる紅の王女様へ。

貴方の大切な探し人から、貴方への想いを雪起こしの花束へと込めて。

言葉に出せない胸の奥に隠された気持ちも、全ては無数の花言葉の中に。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 私は、この手紙が何を訴えているのか、完全には分からなかった。だけど、一つだけ理解できた。それは、私にとってとても重要なこと。どうして今、幽香の奴がこんな手紙を送ってきたのかは分からないが、あいつからのいたずらでもない限り、間違いない。
 私は読み終えた手紙を机の上に置くと、クリスマスローズとやらを生けようとしている咲夜に視線を送り、命令を下した。

「――咲夜、太陽の畑へ、今すぐもう一度向かいなさい」

「え?」

「フランの居場所は、恐らくこの花妖怪が知ってるわ」






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






〜この出来事から、およそ二ヶ月前〜

〜フランドール視点〜

 永遠亭を抜け出した私は、行く宛もなく夜の幻想郷を飛行していた。遥か下方に通り過ぎていく、まるで変容のない退屈な竹林をぼーっと無感情に眺めながら考える。これから、どこへ行けばいいのだろう。初めて紅魔館を離れた日のように、後先をなにも考えていなかったからか、それさえ分からなかった。そもそも、どこへなら私はいてもいいのだろう。私がいていい場所なんか、この世界にはあるのだろうか。

 私のせいで、アドルフや静流ちゃんが巻き込まれてしまった。アドルフは死にかけて、そして人間でなくなってしまった。それに、私はあの時、静流ちゃんと自分の命を秤に掛けられ、答えに迷ってしまった。私のせいで、大切なあの子を巻き込んだというのに。私は、なんて卑劣な吸血鬼なんだ。それだけじゃない。忘れもしないあの日、私のせいで、皆が、死んだ。私は、きっと疫病神だ。

 やがて竹林を抜け、いつの間にやら迷いの森の上空へと差し掛かる。けど、私の心はどこまでも暗く沈んだまま。私は自分が今どこを目指して飛んでいるのかすら分かっていない。思考は思うように巡らない。恐らく、私の瞳は懺悔と後悔で暗く濁り、生気さえ宿してないだろう。

「お姉様、それに、皆、ごめんなさい」

 きっと、私が何処かへ消えた事を知れば、皆私を心配し、私の勝手な行動に怒るだろう。だって、皆、こんな私を受け入れ、お見舞いにまできてくれたんだから。もし、私がそんな皆の優しさに甘え、元通りの生活を送ったとしたら、それはきっと楽しい未来なんだろう。
 だけど、そのせいで、また自分が皆を巻き込んでしまったら? また昨日と同じ、そして、あの日と同じ悲劇が繰り返されてしまったら? そうしたら、私は、もう二度と自分を許せない。
 だから、私は一人を選ぶ。だけど、分からない。私は、これこらどうしたらいいのか、どこへ向かえばいいのか、どこなら私の居場所があるのか。


 いく当てもなく、頭を泥の中に沈めたまま、辺りの真っ暗な夜空と同じ暗い気持ちで飛行を続ける。すると、私は無意識の内に、一つの荒地のような場所に降り立っていた。なぜそうしたのかは私自身も分からなかった。それは、無意識のようでもあり、誰かに引き寄せられていたようでもあった。
 辺りには大きな石がごろごろと転がっており、真っ赤な彼岸花が咲き乱れている。そういえば、パチュリーから紅魔館を出る前教えてもらった。危険だから行ってはならない場所の一つとして、彼岸花の咲き乱れる『無縁塚』と呼ばれる場所があった。縁者のいない人間、つまる所、主に外の世界から紛れ込み、そのまま命を落としてしまった人間、それを埋葬する為の小さな墓場。外の世界、それに、冥界や三途の川とも繋がりやすく、それらの交点となっている為、自分の存在の維持をすることが困難になる場所なんだそうだ。だが、今の所、差し当たって私の体に変化は見られない。

「外の世界、か」

 そうだな。それもいいかな。行き方は分からないが、可能であれば外の世界とやらに行ってしまうのもいいかもしれない。行ったらどうなるとかはよく知らないが、元々私だって外の世界から来た吸血鬼だし、問題ないのではないだろうか。この幻想郷にいる限り、どこへ行ったとしても必ず誰かに見付かってしまうだろう。だったら、外への行き方でも探してみようか。

 そんな事を思いながら、私は無縁塚をてくてくと歩いていると、視界の奥に何人かの人影が映り込んだ。

まずい! こんな夜遅くこんな場所になんで人がいるのか分からないけど、誰かに見られたら隠れて抜け出してきた意味がなくなっちゃう!

 しかし、思った時にはもう遅かった。隠れようとしても近くにそのような場所はなく、向こうの一人もこちらに気が付いていたみたいだ。「おや」と言って見詰めてきた。私と同じ位の体格で、頭の左右には大きな二本の角、どうやら人間ではないようだ。というより、感じる力から判断して、お姉様クラスの、かなりの大妖。そして、その隣にも――

あれ?

 気のせいだろうか。私がそちらに視線を送ると、角の生えた少女の隣にいた人妖の気配が、ふっと消えた気がした。おかしいなと目を凝らす。しかし、そこには誰もいない。角の生えた少女が一人、いるだけだった。角の少女も、辺りをキョロキョロ見渡しているのを見ると、やっぱり誰かがいたのかな。ここは墓場、亡霊さんかな。それは分からない。とにかく、現在私の視界に映っているのは、体格が私位の少女一人だけ。やがて、その少女も辺りを見渡すのをやめて私に話し掛けてきた。

「あんた、そんな遠くから眺めてないで、こっちに来なよ」

 私はその言葉にどうしようか迷った。一人になりたかったのに、早速知らない妖怪さんと出会ってしまった。だけど、この妖怪さんから感じる力はめちゃくちゃヤバイし、ここは逆らわない方がいいかもしれない。私は仕方なく、とことこ歩いてその妖怪さんに近寄った。

「あんた、こんな所でなにやっているんだ?」

「私? 私は、別に、何も」

「何も? 怪しいなお前。よく私に、というよりも、この場所に気が付いたね」

「え?」

 いきなり怪しい人扱いされた。見ず知らずの妖怪に。失礼な妖怪さんだな。だけど、この妖怪さんは何を言ってるんだろう。

「この場所って、無縁塚って所だよね? 人も妖怪も、誰でも入れる場所じゃないの?」

 そう言って、辺りを見渡す。うん、パチュリーに教えてもらった情報と一致している。秋に咲き乱れる彼岸花に、ゴロゴロ転がっている、お墓と言われればそう見えなくもない丸い岩。ここが、無縁塚って所で間違いないよね?

「ここは、無縁塚であって、皆の認識している無縁塚ではない場所さ。知り合いに頼んで、空間の境界を弄ってもらい、そこに私の能力を使って外からの認識を疎めさせている。ここは、鬼の墓場だ」

「鬼の、墓場」

 私は気が付く。角の生えた少女の前にあるまん丸い石には綺麗な花束が置かれてあった。きっと、この妖怪さんも、ここに墓参りをしに来てたんだな。
 という事は、なるほど。この妖怪さん、鬼の種族か。通りで、底の知れない力を持ってる訳だ。


 鬼さんは説明する。なんでもここは、この鬼さんの知り合いの友人が空間拡張をさせ、更にその上にこの鬼さんが認識を薄めさせる結界を張って作った場所らしい。なので、普通の人間や妖怪ではこの場所の存在さえ気付かずに、先ず入って来られないみたいだ。

そんな事をしたら誰も墓参りになんかこれないんじゃないかな。だというのに、なんでわざわざお墓をそんな場所にしたのかな。

 それはとても気になった。だけど、私はここがどういう場所なのか、その説明を聞いて少し安心した。私が普通に入ってこれた事は疑問だが、どうやらここにいる限り、きっと誰かが私を探しに来ても見つからないのではないだろうか。この鬼さんさえ説得出来れば。

「あんた、寂しそうな顔してるね。もしかしたら、私が感傷に浸ってて、同じような気持ちを持ってる奴を呼んじまったのかもしれないね。丁度いいや。あんた、ここで一杯やってきなよ」

 そう言って私に木製の四角い器を渡してきた鬼さんは、とても楽しそうににこりと笑ってた。だけど、なんでだろうか。鬼さんの寂しいって言葉を聞いたからなのか、その笑顔には、どこか暗い影があるように、私には映った。もっとも、今は真夜中も真夜中で、影といえばそこら中影だらけなんだけどさ。
 私はその器を受け取りながら質問をする。

「一杯、ってなにを?」

「決まっているだろ? 酒だよ酒。見たとこあんたも妖怪だ。飲めるんだろ?」

「うぇ? い、いやぁ〜、私、飲んだ事ないから、わっかんないなぁー」

「ないの? あんた、年いくつさ」

「よ、495歳だけど」

「じゃぁ全然問題ないね。私が飲み方ってもんを教えてやるよ。さ、さ、受け取った」

「はぁ」

 断る間もなく、私の器に鬼さんはお酒を並々と注いでく。なんだか強引な妖怪だけど、まぁいいか。敵意はなさそうだしね。それに、この鬼さんにはあとあと口止めをしておかなければならない。それには、少し位仲良くなっていた方がいいだろう。どうせ、今夜限りの関係だろうし。寂しいと感じる者同士、丁度いいのかもしれない。
 それに、むしゃくしゃしている時や、落ち込んでいる時にはお酒がいいっていうのは知っている。以前紅魔館にあった赤ワインが美味しそうだったから飲もうとしたらお姉様に止められた事あるし、私はアルコール的なものは全く飲んだ事ないけれど、これで少しは気も晴れるかな。今は、少し、お酒ってやつを飲んでみたい気分だ。

「あんた、名前は?」

「フランドール・スカーレットだよ」

「スカーレット、って事は、あの吸血鬼の妹さんかい?」

「うん。レミリア・スカーレットは私のお姉様だよ。鬼さんの名前は?」

「おっと。人に尋ねる前に、先に言うのが礼儀だったね。私は、伊吹萃香。萃まる夢、幻、そして百鬼夜行。レミリアお嬢様の妹君なら、名前位聞いた事はあるんだろ?」

「うん」

 伊吹萃香。もしかしたらと思っていたけど、やっぱりこの鬼さんが、お姉様が言ってたかつて異変を起こしたって鬼さんなのか。宴会する為に異変を起こすなんて、お姉様レベルのめちゃくちゃな妖怪だなとは思ってたけど、案外良い人、じゃなくて、良い鬼そうだな。強引で、お姉様が言ってた通りわがままそうだけど。

「じゃぁ、萃香って呼べば、いいのかな」

「あぁ、固っ苦しいのは嫌いだし、それでいいよ。んじゃぁ私も、フランドールって呼ばせてもらうよ。今宵は、そうだな。私達の出会いにでも乾杯しよっか。乾杯」

「乾杯」

 私と萃香は、互いの器を打ち鳴らした。まぁ、適当に飲んでいたら、そのうちバイバイってなるよねきっと。そしたら、その時にでも、私がここにいた事を口止めしてもらえれば、それでいいかな。
 しかし、お酒か。なんだか苦い。あんまり美味しくなくないか? 大人の飲み物だな。まぁ、楽しい気分になれるってのなら、なんでもいいや。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






〜第三者視点〜

 結論から言うと、フランドールはとても弱かった。もちろん、喧嘩や戦闘力がではない。では何が弱いのかと言うと、アルコールが。というよりも、初めてのお酒だと言うのに、一緒に飲んだ相手が鬼だったというのが最悪だったのかも知れない。萃香にもらったお酒をちょびちょび味見していたフランドールに、喝が飛ぶ。お酒はちまちま飲むものじゃない。お酒はこうやって飲むものだと萃香は豪快に一気飲みをし、真面目なフランドールはなるほどそうなのかと真似をした。
 結果、フランドールは30分と経たない内に酔っ払い、性格が見事に変わってしまう。そして、それにより現在何が起こっていたかというと――

「あぁーやだやだ! 本当卑屈な吸血鬼だねぇ!! 」

「るっさいんだよっ!!」

 墓の上空では大喧嘩が勃発していた。宙で互いの拳が交差する。互いに上体をそらしてかわして見せるが、並の妖怪ならばかすっただけで顔面が粉々になって吹き飛びそうな勢いだ。
 萃香のいう空間の拡張と認識の操作により、ここでの戦闘は外の世界への影響を少なくする。とはいえ、完全にゼロにするのは不可能みたいだ。現に、二人の生み出した弾幕は、拡張された空間を飛び越して、戦闘の余波を外の無縁塚にまで広げさせる事もあった。二人が行っているのはどうやら弾幕ごっこのように可愛らしい遊びではないようだ。二人がこのままの勢いで争いを続ければ、無縁塚は大変な事になってしまうだろう。
 しかも――

「あんた等、さっきから止めろっつってんでしょう――」

 闇夜に赤い目がギラリと光り、二人とは別の影が舞う。二人は拳を交差しながらも、その影を目で追っていた。

「――がぁ!」

 怒声と共に振り下ろされたのは、ローズピンクの大きな日傘。それも、ただの傘ではない。弾幕さえ弾き返す特殊な素材に膨大な魔力を注ぎ込まれたそれは、まるで一振りの闘神の剣。
 フランドールと萃香はほぼ同時に互いを蹴飛ばし間合いを切る。丁度そこへ凄まじい一撃が通り過ぎ、それが巻き起こした一撃は空気を切り裂いて大地を割った。

「あぁー、は、墓がぁ! な、なんて事しやがんだ風見幽香ぁーっ!!」

「うるさい!! 最初にやったのはあんた等でしょうがぁーっ!!」

 二人の間に乱入し、萃香とがなり合っている彼女の名前は、四季のフラワーマスターと名高い風見幽香。いつの間に、どうしてここへ彼女がやってきたのかは後に説明するとして、現在ここ鬼の墓場では、フランドール・スカーレット、伊吹萃香、風見幽香という、幻想郷屈指の武力を誇る孟者達が、怒り丸出しの戦闘を繰り広げていた。

「幽香っていうの!? あんた邪魔!!今は私達の喧嘩なんだ! 引っ込んでて!!」

 フランドールは叫びながら、萃香を目掛けて無数の弾幕を放つ。

「そんな程度じゃぁ当ったらないねぇ!! ふんじゃぁ今度はこっちの番だ!!」

 萃香は悠々それを避けると、密度を高めて発生させた、象一頭程であれば丸々飲み込んでしまうだろう巨大な火球を投げ付けた。

「そんな炎が私に効く訳ないでしょ!!」

 フランドールはそれを避ける事もなく腕で砕き進むと、萃香目掛けて疾走し、蹴りを放つ。

「たかが吸血鬼風情が、近接戦闘で我ら鬼に敵うと思うな!!」

 大木だろうが吹き飛ばしてみせるフランドールの鋭い蹴りを萃香は軽々片腕で掴むと、彼女の顔面を思い切り殴り付けた。

「ぐっ!!」

 フランドールはそのまま流星のように吹き飛ばされる。しかし、心の中ではほくそ笑む。

フェイントだ、バーカ!!

 スペルカードルールでの、禁忌『クランベリートラップ』に用いられる、移動式魔法陣。フランドールはそれを操作し、自らの蹴りをフェイントに、予め萃香の後ろにそれを展開、ご満悦の表情を浮かべる萃香目掛けて強烈な弾幕の雨を浴びせ掛けた。

「ぐぁ!? ちぃ、搦手か!! 小賢しい!!」

 背部に加えられた凄まじい衝撃に、流石の萃香も顔をしかめる。そこへ、フランドールが生み出した分身体が、手刀を赤く光らせ襲い掛かった。萃香はそれに対峙しようと構えを取ろうとする。しかし、突如横から危険極まりない殺気を感知し、慌てて距離を離す。
 それと同時に、大河の氾濫を思わせる規格外の膨大な魔力の放出が、一瞬の内に分身体を飲み込み消し飛ばしてしまった。

「ぁあー!! わ、私の子どもがぁ!!」

 フランドールはそれを見ながら泣き声で叫ぶが、もちろん分身体は分身体。機械的な擬人格を持たせてはいるが、それをフランドールが遠隔で操っているし、魔力が空にならない限りいくらでも生み出せる。子供どころか命さえ宿っていないし、それはフランドール自身分かっているのだが、それでも涙を潤ませ、絶望的な表情を浮かべるのは、恐らく相当酔っているから。
 萃香とフランドールはそれをやってのけた主を睨み付ける。先端から白煙を上げる傘を構えているのは、風見幽香だ。

「私とフランドールの一騎打ちに割り込むなんざ、野暮な妖怪だねぇ!」

「知らないわよ。戦るなら戦るで構わないから、せめて自然の草花に被害がでない所でやって頂戴!」

「よくも私の子供の母を!」

 各々言いたい事を告げて空を駆け、敵味方のいないバトルロワイヤルが繰り広げられる。各々の力はまさに互角。攻守も、標的さえも目まぐるしく移り変わる嵐の乱流のような戦闘を繰り広げるが、誰しも一歩も譲らない。果たして、最初に倒れるのは誰なのか。

 ちなみに、フランドールの子供の母親=フランドールである。最も、フランドールに子供はいないのだが。
 それと、花を傷付けるなという理由で乱入してきた幽香であるが、彼女が一番花を消し飛ばしていたりする。

 やがて、フランドールの強烈な回し蹴りが幽香を、幽香の凶悪な日傘による一撃が萃香を、萃香の危険極まりない直突きがフランドールに、コンマ一秒の差もない程ほぼ同時に直撃し、三者はそれぞれ吹き飛ばされ、大地に叩きつけられた。

「くぁーっ!! おっもしろいねぇーっ!! こんな楽しい喧嘩は久しぶりだよ!!」

 萃香は楽しそうに笑うと、元気よくがばりと起き上がる。

「果て、私はなんで戦ってるのかしら? まぁ、久々に暴れられるし、別にいいか」

 幽香も、起き上がった最初は首を傾げていたが、やがてにやりと頬を吊り上げた。どうやら両者、ハイになり過ぎてすっかり戦闘の欲求に支配され、心が闘争の快楽に酔いしれてしまっているみたいだ。
 そんな中、一人顔をしかめながら起き上がるフランドール。どこか苦々しい表情だ。最も、彼女も萃香や幽香と同じく怪我らしい怪我は負ってない。全員が全員、ぴんぴんしている。

 三者は特別身構える事もなくすたすたと歩き、やがて、互いが手足を伸ばせばすぐに届く位置にて向き合った。
 萃香は軽く腕を抱えてほぐしながら、辺りを見渡す。

「さぁーって。続きといこうか。墓はめちゃくちゃになっちゃったけど、ここに眠る鬼たちも楽しんで見物しているよ」

「そうね、せっかく久しぶりに満足出来る相手と戦えるのだし、そうしましょう」

 幽香は自慢の傘で肩をトントンと叩くと、二人に向けて傘を突き出し、不敵に笑う。

「さ、て、続きを――」

「きもち悪い」

「「え?」」

 盛り上がっていた二人だったが、顔を青ざめさせながら口を抑えるフランドールを見て、途端に血の気が引いていく。何度も苦しそうに嗚咽を吐き出すフランドールに、二人にしては珍しく、どうしようどうしようとおろおろ慌て始める。しかし、そんな彼女達を待っている余裕はフランドールにはなかった。彼女の胃袋はもう限界だった。

「ダ、ダメだ。吐く」

「ちょ、待って! 伊吹萃香! あんたの能力で集めるなり散らすなり出来ないの!?」

「出来るかんなもん! あっ、でも吐き出す前にアルコールを薄めさせる事位なら・・・」

「おぇーーー」

「きゃー! ちょ、ちょっと! 萃香! 袋か紙は!?」

「ないよ! あったら出してる! あぁ、皆の墓場が・・・」

 こうして、いつの間にやら繰り広げられていた幻想郷屈指の豪華メンバーによる大喧嘩は、誰にも知られる事もなく、唐突に放たれたフランドールのマスタースパークにより、呆気なく終わりを迎える事になった。

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あきゅろす。
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