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フラン、仕事を始める
フランドールの初仕事(2)

「その子を諦めて大人しく立ち去りなさい。でないと、もう少し痛い目にあってもらうわよ」

 現れたその女性は、静かな、だけど威圧的な口調で狼男達に命令する。それを聞いた彼らの反応は単純だった。「あいつ、ここらに住む有名な魔法使いだ」みたいな事を口々に呟き、後ずさっていく。その目には悔しさが残っているものの、戦意は消え去っている。どうやら見逃してくれるみたいだ。

「ありがとう。一応傷薬は置いておくわ。さっ、行きましょう」

「あっ―――」

 不意に手を引っ張られ、私は彼女に連れていかれる。知らない人に手を握られたのは初めてで、なんだか温かいのに恥ずかしくて、でも、驚きはしたけど、不思議と嫌な気はしなかった。






 やがて、狼男の姿が見えなくなったところで、彼女は私の姿を見て言った。

「せっかくの可愛いお洋服が泥だらけね。穴も空いちゃって勿体無い。もし時間があるのなら、私の家にいらっしゃい。綺麗にしてあげるし、お風呂位は用意するわよ」

 私は自分の洋服を見てみる。こんな森の中を走ったせいか、確かに私の洋風はボロボロになっていた。あぁ、お気に入りだったのに、汚れは取れるかもしれないけど、やぶれたところは戻らないかな。
 それでも、正直この人の申し出はありがたい。だけど、私は代わりに気になった事を質問する。信用出来ない訳じゃなかったけど、聞かずにはいられなかった。

「あの、どうして私を助けてくれたの?」

「どうしてって、それこそどうして?」

 即座に質問を質問で返されて、私は戸惑う。それこそどうしてって、私としてはそれこそどうしてがどうしてって感じで。だって、あの、その―――。うぅ、なんて言葉にすれば良いのか分からない。そんな私の思いを彼女は代弁してくれた。

「私とあなたは見ず知らずで、私はあなたを助けてくれることにメリットはなくて。 ―――そんな事を考えているのかしら」

 そう、そうだ。家族ならまだしも、見ず知らずの他人だ。この人の実力ならあんな狼男どうという事はないのかもしれない。それでも、面倒ごとに自分からわざわざ首を突っ込む必要なんてない。私は恐る恐るうなずく。

「人が人を助けるのに、理由はいらないでしょ? 最も、私は魔法使いで、あなたは妖怪みたいだけれど」

「そういう、ものなの?」

 もしかしたら、何か打算があるのかな、とも考えた。だけど、それは大きな間違えで、彼女の答えはこれ以上ない程単純で、まっすぐで。

「そういうものよ。可愛らしい妖怪のお嬢さん」

「あ、ありがとう」

「どういたしまして」

 可愛らしいって言葉が照れ臭くて、思わず目線をそらしてしまう。やばい、顔、真っ赤になっていないかな。それに、気付いてたんだ。私が妖怪だって。それでも助けてくれるんだ。
 目を合わせないのは失礼かなと思い横目で彼女の顔色を伺ってみる。でも、彼女は気にせず優しく微笑んでくれていた。そして、恥ずかしがらないでいいよと言わんばかりに、彼女が操る人形が私を正面から覗き込み、手を振ってくれる。わぁ、可愛い。この人形に合わせ、私も笑い、手をふりふり。すると向こうは愛嬌たっぷりの笑顔で嬉しそうにバンザーイ。や、やばい。なに、この人形から発せられる高濃度のマイナスイオンは。思わず顔がにやけてしまうよ!?

「やっと緊張解いてくれたわね」

「え?」

「警戒されるのは当然かもしれないけど、そういうのって好きじゃないの。私インドア派だから会話は得意ではなくて、どうやってあなたの緊張解こうか考えてたのよ」

「け、警戒なんか―――っ! いや、その、少しだけしてたかも。ごめんなさい。助けてくれたのに」

「気にしてないわ。さっきの可愛らしい笑顔が見れただけで、私には十分な報酬よ」

「か、可愛くないよ! 私なんて全然!」

か、家族に言われるならいいんだ。たけど、見ず知らずの人に面と向かって言われたら――― やめてー、顔赤くなるからやめてー!

「でも、ありがとう。この人形も、凄い可愛い。それに、あなたも綺麗だし、助けてくれた時はかっこいいって思った」

「あら、おだてるのが得意な子ね。ありがとう。上海も喜んでるわ」

「いや、おだててなんか―――っ! わぷ!?」

 この人形、シャンハイって言うのか。シャンハイは私に抱き付いて頬ずりしてくる。
 あーもう、可愛いなこいつこんちくしょー! 妹を持つってこんな感じなのかな。こんな感じなのね?お姉様! ―――いや、私はこんな愛嬌良くない。今の内に、この子を通して少し勉強しておこうかな。それで、次お姉様や昨夜に会って連れてかれそうになった時は、かわい子ぶりっ子大作戦で……」

「ど、どうしたの? 急に怖い顔で上海を睨んで」

「え? あーごめんなさい。そんなつもりじゃなくて、ただ年上相手の魅了方法を勉強させてもらおうとっ! ごめんねシャンハイ、怖がらないで! 」

 二人(一人と一体)は首を傾げてこっちを見てる。いかん、怪しまれる。何とか話題を変えないと!

「それにしても、魔法使いっていっても色々いるんだね! 私の知り合いは七曜の魔法使いで、たくさんの属性魔法を得意としている凄い魔法使いなんだけど、人形を操ってるとこは見たことないし、出来ないと思うわ」

 私は慌てて話をそらす。昔は気に入ったお人形やぬいぐるみは自分の能力を制御出来ずにことごとく壊してしまった。けど今は本当に大丈夫なんだ。
 でも、もし、シャンハイを見て良からぬ事を企んでるなんて勘違いされたら、きっとこの人怒るよね。もしそうなったら涙が出そう。だって、この人も、シャンハイも、もしかしたら、私が紅魔館を出て初めての友達に――― なんて、そんな都合よくはいかないよ、ね。

「七曜の魔法使いか。私も知り合いに一人いるわね。でも、そうね、魔法使いっていっても色々いるわよ。けど、人形を使うのは私のポリシーのようなものよ。基本は万能だと自負してるけど、そういう魔法が好きだからやってるだけよ。七曜を司るのは高等な魔法使いの証だし、その人もやろうと思えば出来るんじゃないかしら。まぁそれは良いとして、そろそろ質問の答え、聞かせてもらっていいかしら?」

 え?なんだろ、答えって。ヤバイ。私なんか聞かれたっけか。
 年齢は495才。身長は私の部屋壁のブロック12個と半分。趣味は、これといってなし。紅魔館には戻れないから、住所は不定。職種は無職。あ、でも特技っちゃなんだけど、今日初めて実感したけど私人を騙す演技は上手いみたい。 今朝の脱出劇なんかは演技しながら自分でもうっ! な、なんかあんまり口に出して言いたくないね。自分って本当ダメ吸血鬼だな。いや、今の私は旅人さ。アイデンティティはこれから見つける!

「な、なんか考え込んだり落ち込んだりにやけたり、難しそうなこといこと考えてそうな顔ね。いや、ほら、私の家に寄っていかないかって話よ。そんな格好の女の子をそのままにしていくのは、少し気が引けてしまうし」

 あ、そっか。そういえば、最初にそんなこと言ってもらえたっけ。でも、そんなにこの人に甘えてしまって良いのだろうか。
 はっきり言って甘えたい気持ちはある。でも、思ってても気まずいし、なんか悪いし、恥ずかしいし、簡単にはい行きますなんて言えないよ。

「質問を変えるわね。もう少し私と上海に付き合ってくれないかしら。 嫌なら別に、強制しないわ」

「い、嫌だなんてそんな!」

 ず、ずるい。でも、それ以上に、優しい。そんな風に言われたら、断れないじゃないか。

「じゃ、じゃぁ、お言葉に甘えて、お世話になります。えっと……」

「あぁ。自己紹介、まだだったわね。私はアリス・マーガトロイド。よろしくね」

「あ、はい。よろしくお願いします。えと、アリス…… さん」

「なんでいきなり他人行儀になるのよ。アリスでいいわ」

「あ、はい。じゃなくて、うん。アリス」

 私の応対が可笑しかったのか、彼女、じゃなくて、えと、アリスは口に手を当てクスクス笑う。
 は、恥ずかしい。私、人見知りする方なのかな。そりゃあ、引きこもってたおかげで交友関係なんて紅魔館を除いてほぼゼロだけど、そういうの案外大丈夫だと思ってたのに。

「それで、あなたは?」

「フ、フランドール。フランドール・スカーレット。私も、フランって呼んでほしいな」

「分かったフランね。良い名前ね。ん?」

 アリスは私の名前を聞いて反応する。しまった。そうだ、紅霧の異変を起こしてから、お姉様の名前、レミリア・スカーレットは幻想郷に広まって、今では知らない人がいない位有名になったんだ。それに、私の名前もそれなりに広まってるみたい。それも不本意な内容で。

「ちょっと待って。あなた、もしかして」

「うん、多分、そのまさかだよ」

「じゃあ、あなたはあのレミリアスカーレットの妹で、力のある吸血鬼?」

 こくりと頷く私。あぁ、どう思われるかな。騙したとか思われちゃうかな。嫌われるかな。嫌だ。怖い。やっぱりセラスに、じゃなくて、アレクサンド・アンデルセンにしておけば良かった。
 ふいにアリスは私の左の頬に手の平を添え、私の顔を覗き込む。私はとっさにぎゅっと瞳を閉じる。何をされるんだろう。何を言われるんだろう。吸血鬼の私には怖いものなんかないって思ってたのに、今はアリスに嫌われちゃうのが凄い怖い。怖い、怖い、怖い!

「あう!」

 急に額に軽い衝撃が。目を開けて見るとアリスとシャンハイが楽しそうに私を指差し笑ってる。あれ、少なくとも険悪な雰囲気ではないような。

「ごめんなさい。怖がらせるつもりはなかったけど、面白いからついいたずらしちゃった」

「お、おもしろ?」

 アリスは中指をひょいひょい弄んでる。あ、さっきのデコピンだったんだ。って、そんなあっけらかんと言われても、こっちは本当に怖かったんだから! でも、え? なんとも思っていないの?

「ふむ、言われてみれば確かに顔は似てるわね。でも、お姉さんの方が少し色白な気がするわ。でも、あなたの方が百面相で見てて飽きないわね」

「あ、あの」

「なぁに?」

「何とも思わないの? てっきり私、アリスに責められると思ってたから、拍子抜けしてるんだけど」

「責めるって何を? 私、貴方に何かされたかしら」

「いや、それは。でも、人里では、気が触れている危ない吸血鬼だって噂が―――」

「それは私も聞いたことある。だけど、私は噂よりも自分の目と直感を信じるのが信条なの。こんな可愛い子に酷い噂流したりして、失礼な話ね」

 そう、そうなんだよ。だから、本当は外の世界が知りたかったのに、出るのが怖くて。どう思われてるのか知るのが不安で、心配で。でも、ずっと怖がってたら、紅魔館の中でしか一生生きられないから、皆の保護無しでは生きられないから、だから自分も、噂も変えたくて。
 シャンハイが優しく私の頭を撫でてくれる。やめて、感情高ぶってるから! 泣いちゃうから! でも、ありがとう。

「知り合いに七曜の魔法使いがいるって事を聞いて、もしやとは思ったわ。でも、もしかして助けたのは余計なお世話だったかしら。あのレミリアの妹だったら、あんな奴等どうという事なかったでしょ?」

「ううん、助かった。色々あって、暫く力は使えない、使わない事にしてるから」

「そう。何はともあれ、役に立ったのなら良かったわ」





 それから、アリスの家に着くまで、私は今までの成り行きをアリスに話した。紅魔館の外に興味を持った事、仕事をして、自分一人の力で生活したい事、自分や周りを変えたいこと、そして、紅魔館を出ることが認められず、家出をしたこと。
アリスは黙って私の聞いてくれた。アリスは、本当に優しい人だね。凄い素敵だと思う。私も、あなたみたいになりたいな。見ず知らずの人でも気に掛けて、助けてくれて、優しくしてあげる事ができる、そんな人になりたいな。そして、あなたのお友達になりたいな。



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