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フラン、仕事を始める
フランドールの武道教習(14)
 理性を無くし、圧倒的な残虐性を持った怪物へと変貌したフランドール。パチュリーが静流とフランドールの居場所を突き止めたのは、凡そその10分程前の事だった。

 彼女の使用する探索魔法は、水晶に映し出したい人物の一部を媒体として用いる必要がある。そして、それを媒体に映像を移すのにも、使用者の力量により、若干の時間が必要としていた。
 空はいよいよ闇に包まれる。レミリアは紅魔館の屋根の上に立ち、瞳を瞑って親友からの連絡をひたすら待つ。本当はすぐにでも飛び立ちたい気持ちを抑え、即座に行動出来るよう、ひたすら体の中で魔力を練り上げていた。

「レミィ、分かったわ! フランの居場所が!」

 待ちに待った言葉が頭に伝わり、レミリアは赤く光る瞳をかっと大きく見開いた。


 慧音の案内により、神谷崎家に赴いたパチュリーは、本来であれば真っ先に助けたいであろうフランドールよりも、人質としての効果が最も高いだろう静流の救出を優先した。フランドールという強力無比な存在が、仮に相手に遅れを取るとするならば、人質を取られ、手も足も出ない状況でやられるという可能性が最も高い。ならば、先に人質を救出するのが先決だと彼女は考えた。彼女はすぐさま静流の毛髪を発見し、霊夢、慧音、射命丸を送り出す。
 そして、そこにフランドールの姿が映らない事を確認するや、今度は即座に狼男の体毛を媒体として、狼男と、アドルフ、そしてフランドールの居場所を特定して見せた。その手際の良さは、まさに紅魔館の頭脳と呼ぶに相応しい。

「ありがとう。パチェ」

 パチュリーからの知らせは予想よりも遥かに早かったが、レミリアの準備はとうに完了していた。翼を大きく広げたその体からは、月の光を全身に浴び、膨大な魔力が溢れ出ていた。

「レミリア!」

 今にも漆黒の夜空へ飛び立とうとしていたレミリア。しかし、凡そ普段の彼女らしからぬ親友の叫び声を聞き、顔を訝しめる。

「パチェ?」

「――こんなの、ひどい。ひど、すぎる」

 彼女の声は、涙に震えていた。パチュリーは、水晶を通して目の当たりにしてしまったのだ。自分の親友の大切な妹であり、自分にとっても友人に等しい大切な存在が、卑劣な手段でいたぶられ、見るも無残な程にボロボロにされている姿を。
 彼女が冷静でいられたのは、血が冷え切った存在だからではない。自分までが冷静さを失ってしまえばフランドールを助けられないと理解して、不安や恐怖を抑え、耐え忍んでいたのだ。しかし、自分の予想を遥かに上回る、残虐な拷問をその身に浴びるフランドールを見て、遂には彼女も折れてしまった。

「・・・」

「お願い、レミィ。あの子を、助けて」

「――行ってくるわ」

 親友は掠れる声で訴えてくる。しかし、多くは語らない。答えるまでもない。あの子は私が必ず助ける。ここまで冷静さを保ってくれて、ありがとう。今度は、私がそうする番だ。
 レミリアは紅魔館から飛び立ち、紅い閃光と化して夜の闇を切り裂いた。天狗にも比肩し得る速度を持つという謳い文句は決して誇張ではない事を、誰にでもなく見せつける。
 親友の声からも、今、愛しい妹がどのような現状にあるのか、大凡の予想は付いていていた。我を失いかねない程の膨大な憤怒の感情さえレミリアは深く飲み込み、冷静に、そして冷徹に力へと変化させる。全ては、フランドールを助ける為に。



――レミリア、よく聞きなさい。

――なぁに? お母様。



 空を飛行する最中、レミリアに過去の記憶がふと蘇った。それは、気が遠くなる程、遥か遥か昔の思い出。彼女達が、まだ両親と一緒に幸せな家庭の中で暮らしていた時の、灯火のように、温かく、明るく、そして儚い記憶。


 レミリアの前には、優しい微笑みを向ける美しい女性がいた。黒いドレスは透き通るような白い肌をより一層栄えさせる。すらっとした細長い手足は爪の先まで端正で、美貌を備えた顔立ちは大人の女特有の色がありながら清純で、背まで達する艶やかな長い黒髪とよく合っている。もしその人を見たならば、美女という言葉を連想しないものはいないだろう。本来ならば恐れられるべきコウモリの翼でさえ、その人にかかれば、どこまでも完成された芸術のように優美に見えた。

 彼女の名前は、サラ・スカーレット。かつて、夫と共に北欧最強と呼ばれた吸血鬼であり、レミリアとフランドールのたった一人の母親だ。レミリアは、その人の事が大好きだった。永遠の目標として、心の底から敬愛していた。それは、今もきっとそうなのかもしらない。



――あなたの中にはね、神様の欠片が宿っているの。

――神様〜? 吸血鬼なのに〜?

――えぇ。


 レミリアはなんの冗談だと小馬鹿にしたように笑った。吸血鬼の自分に神様なんて、どんな皮肉だと。しかし、母の視線はとても真剣そのもので、やっと彼女も母が冗談を言っているのではないんだと理解した。


――その神様は、とっても強い力を持ってたの。だから、貴方もきっと、その神様みたいに強くなれるわ。私達よりも、ずっとずっと。

――本当!?

――えぇ。


 レミリアはその言葉に喜んだ。それと同時に、信じられない思いもあった。自分がこの世で最も尊敬している二人の吸血鬼を超える、そんな可能性が本当にあるのかと。しかし、例え比喩や誇張が含まれていたとしても、自分が母に期待をされているんだと思うと、彼女は少し得意げになった。


――でもね、よく聞きなさい。その神様はとっても強い力を持っていた。けれどね、自らの力に溺れ、自らの業によって滅んだの。

――え?

――だからね、レミリア。貴方は、そうならないように、気を付けなさい。自分の業に潰されないよう、大切な人の為だけに真の力を振るう、そんな誇り高い吸血鬼になりなさい。



 レミリアは思い返す。あの時、自分はなんて答えただろうか。なんて考えただろうか。真剣な母の目が、少し怖かったのは覚えてる。まるで、過ちを犯せば、自分も滅びると言われているようで。
 そもそも、あの時私は、ちゃんと母の言いたい事を理解出来ていたのだろうか。それはもう覚えていない。ただ、私は訪ねた。


――ねぇ、お母様。私が神様の力を持っているのなら、フランはどんな力を持ってるの?

――それは・・・


 レミリアには分からなかった。どうして、今になってそんな過去の事を思い返していたのか。そんな暇はないはずなのに。
 しかし、そこまで思い返してた所で、彼女は何かに気付き、視線を前に向ける。高速で飛行する彼女が魔法の森へ差し掛かった時、前方に黒い烏のような集団が現れた。それは、まるで一つの生物のように集合し、こちらに向かって飛んでくる。

「あれ、は?」

 それは烏などではなかった。痩せこけた黒く細い体に翼を生やし、爪と牙がむき出しになった醜悪な小鬼のような魔物の群れ。それが、雲のようにおびただしく集まり、ギャァギャアと鳴き声をあげながらレミリアを目掛け飛行していたのだ。

あいつら、まさか、あの時の!?

 レミリアは、その魔物達に見覚えがった。しかし、少なくとも幻想郷でその姿を見た事は一度もない。なぜ今、こんな所に。そこまで考えたが、やがて彼女は思考を打ち消す。妹の事を考えたならば、一秒たりとも時間を無駄にはしたくない。なので、彼女は躊躇いもなくに、最も強力な技を行使する。
 母の教え。真なる力は、大切な人の為だけに振るう。彼女にとってのそれはいつだ? 答えは一つ、今をおいて、他にはない。

「邪魔だっ!!」

 彼女は右手に魔力を凝縮させ、真紅の槍を生み出した。彼女がスペルカードルールの時にも使用する、スピア・ザ・グングニル。しかし、弾幕ごっこ時のそれは中間的で堅実な技であるが、ルールを排した状態でのそれは、他の技とは一線を画している。
 それは、巨大なエネルギーの塊だとか、そんなチャチな代物ではない。レミリアの能力が運命を操作するというものならば、この槍こそがまさにそれ。彼女が敵と認識した相手に確実な敗北を運命付ける、絶対無比の神のごとき力。

「消し飛べっ!!」

 夜空を一瞬にして紅い閃光が突き抜けた。遅れたように魔力の暴風が吹き荒れて、宣言通り、魔物の群れは一匹残らず瞬く間に消し飛んだ。
 レミリアはそんな魔物には目もくれず、粉々になり落下してくる肉片の中を駆け抜けた。なぜ、今この幻想郷にこのような魔物の群れが現れたのか。それも、フランドールの救出に赴くレミリアを阻むような形で。しかし、彼女の脳裏はそんなものを捉えていない。自分の妹を早く助けてやる事しか頭にはないのだ。

 やがて、フランドールの気配が近付くのを感じ、彼女は森の中へと急降下をしていった。
 そして、彼女は見付けた。自分の、最愛の妹の姿を。果たして彼女は無事でいてくれてるのか。レミリアは速度を緩める事もなく、森に降り立ち、フランドールに駆け寄ろうとした。

「フラン! ――な?」

 そんなレミリアの瞳に写り込んだのは、予想とは全く異なる光景だった。

 闇に染まった森の中、大きな影と小さな影が重なり、ぐしゅぐしゅと不気味な音が辺りに響いていた。レミリアには、その光景が信じられなかった。
 それは、動かぬ塊と成り果てた怪物の上に跨り、何度も何度も咀嚼音を立てながら、怪物の臓物を食い散らかしている妹の姿。
 彼女は一度咀嚼を止める。小さな可愛らしい顔は血で真っ赤に染め上がり、口からどろりとした血液を垂らしながら、フランドールは、壊れた機械のように、何かをぶつぶつと呟き始めた。

「壊れたの? もう壊れたの? ねぇ、起きて。起きてってば。人にあれだけの事をしておいて、もう死んだの? 死んじゃったの? 起きろ。起きろよ」

「――っ」

 狂ったようにぶつぶつと一人呟きながら、鋭く光る宝石翼の先端で四肢を切り刻み、再び動かなくなった肉の塊に何度も何度も顔を埋めては、肉片を吐き出す。まるで悪魔にでも取り憑かれたかのようにおぞましい行為を繰り返す妹の姿は、レミリアでさえ戦慄を覚えた。

「フ、フランっ!!」

「・・・?」

 呼び掛けに反応し、フランドールは振り向いた。しかし、正気の宿ってない虚ろな目でレミリアの姿を確認すると、まるで興味がないかのように再び怪物の肉に食らいついた。

「フラン! そいつは、そいつはもう死んでるわ! もう終わったのよ!」

 フランドールは見向きもしない。反応さえ示さない。ただただ、夢中になって怪物の肉を食いちぎり、辺りに血を飛散させた。

「や、止めなさい!」

 レミリアはフランドールの後ろから彼女の腕を引っ張ると、怪物から引き離す。その瞬間に、彼女の瞳がギラリと光った。

「邪魔を、するなぁ!!」

 鮮血が舞い散る。フランドールの繰り出した手刀が、レミリアの腹部を貫いたのだ。レミリアは、表情を歪め、自分の口から赤い液体を吐き出した。それでも、彼女は決してフランドールを離さなかった。

「終わったの」

 レミリアは、フランドールに貫かれたまま、彼女を力強く抱きしめる。狂気に染まろうが、関係ない。彼女は、レミリアに残されたたった一人の肉親で、この世で最も愛している妹なのだ。

「全部、終わったのよ、フラン! だから、お願い、戻ってきて!」

 レミリアの抱擁を受け、フランドールの体はびくりと震えた。

「お願い、フラン!」

「あ・・・ あ?」

 やがて、レミリアの耳に入ってきたのは、フランドールの戸惑ったような声。それを聞き、レミリアは確信した。自分の可愛い妹が、ようやく無事に自分の元へ帰還を果たしてくれたのだと。それが、嬉しくて、彼女はより一層力強く抱きしめた。

「お、お姉様」

「えぇ」

「私の腕が―― お腹、から、血が」

「大丈夫よ、フラン。大丈夫」

「大丈夫じゃ、ない! は、離れて! 離して!」

「こんな傷、大した事ないわ。貴方の傷に比べたら、大した事はない」

「いいから!」

フランドールはレミリアを突き放すと、胴体から腕を引き抜いた。その瞳に先程のような闇はなく、涙に濡れ、輝きを放っていた。それが嬉しくて、レミリアは微笑んだ。

「お姉様、お姉様、私」

 フランドールは瞳から大粒の涙を流し、呻く。それは、正気に戻った確かな証。フランドールが狂気から解放され、元の優しさを取り戻した証拠。だから、レミリアは笑った。それ以上、妹を心配させまいとして。

「何も、何も言わなくていい。もう、全部終わったから」

「でも、私、お姉様を、お姉様の事をっ!」

「大丈夫よ、私は。でも、それよりも――」

 レミリアは答え難そうに言葉を止めると、木の下で倒れている人影に首を向ける。それを見て、フランドールは目を大きく見開いた。途端暗いヘドロの底にどこまでも深く沈んでいっていたような彼女の思考が、今度は一気に真っ白になって弾け飛んだ。

「アドルフーっ!!」

 彼女は夢中で駆け寄り、彼を抱き起こした。しかし、反応は返ってこない。

「アドルフ!? アドルフ!! 起きて!! ねぇ、起きてよぉーっ!!」

 なんで、なんで忘れてしまっていたのだろうか。なんで、彼の事を忘れ、あんな狂った行為に夢中になってしまったのだろうか。私は、一体、どうして! 私は、なんて、なんて、醜い存在なんだ! ランドールは自分をひどく嫌悪しながら、何度も何度も彼の名前を叫んだ。
 レミリアは、そんな悲しみと後悔の中にいる痛々しい姿の妹を、立ち竦んで見守る事しか出来なかった。

「フ、ラ――?」

「――っ!」

 か細い声が聞こえ、フランドールははっとなってアドルフを覗き込んだ。良かった! まだ、生きているんだ! フランドールは微笑んだ。彼女の心に僅かながらの希望が宿った。

 しかし、アドルフは、フランドールに手を伸ばそうとするも、その手は、フランドールの頬の横を通り過ぎ、何もない空間を彷徨った。

「アドルフ、もしかして、もう、目が・・・」

 レミリアは歯を食いしばり、首を横に振った。彼女には分かっていた。もう、間に合わない。例え今から永遠亭に連れて行った所で、もう。妹が外で見付けた、大切な宝物は、元には戻らない。

「死なないで。アドルフ、死なないでよぉー!!」

 フランドールはアドルフの手を握り、自分の頬にくっ付けた。冷たかった。まるで死んだように、これから死に行くように。
 だけど、アドルフは笑った。その瞳にもうフランドールの姿は映らない。だけど、アドルフには、彼女が生きて目の前にいてくれる事が、嬉しかった。

「ごめんなさい。私のせいで巻き込んで! ごめんなさい! 本当にごめんなさい! ごめんなさいぃ」

 フランドールは、そんな彼を抱きしめ、泣きじゃくりながら、何度も何度も、謝罪の言葉を口にした。

「いぃ、よ。フ、ラン。僕がやりたくて、やった、から」

 アドルフは、口を開いた。途切れ途切れに。まるで、残された最後の力を振り絞るように。それを聞いたフランは、抱き締めるのを止めて、涙を流しながら彼を覗き込んだ。彼は、闇に染まった虚ろな瞳で、掠れるフランドールの姿を見ながら言葉を紡いでいく。

「君と、一緒にいた、時間、楽しかった。だから、謝らないで、ほしい。責任、なんて、感じ、ないで」

「無理だよぉ。そんなの、無理」

フランドールの涙が一つ、二つと落下して、アドルフの頬に伝わった。

「泣かない、で。君の事、最後の最後で、守れた。それは、嬉しい」

 彼は再び手を伸ばす。今度はしっかりと、フランドールの顔に触れ、涙を拭った。

「バカ、バカバカバカ!! なんで、私なんか守ろうとしたの!! なんで、なんで、なんでよぉーっ!!」

 アドルフは、答えなかった。その答えは、きっと彼にも分からない。代わりに、彼は最後に、少しだけわがままを言う事にした。それは、もう、叶わないだろうわがまま。

「ただ、欲を言うのなら、少しでも可能性があるのなら、もっと、君のそばに、いたかった、な」

 糸の切れたマリオネットのように、フランドールの頬から、アドルフが手ががくりと落ちる。

「アドルフ?」

 返事はない。

「アドルフ!?」

 呼吸も、心臓も、止まってる。

「アドルフーっ!! 起きて、起きて!! お願い!! なんでも、なんでもするから!! ねぇ!! ねぇってばぁ!! ねぇってばぁーーっっ!!!!

 フランドールは何度も何度もアドルフをゆすった。彼はもう、答えない。心の何処かでは、もう分かっていたはずなのに。
 そんなフランドールの肩に、レミリアは手を置いた。フランドールが見上げるのを確認し、姉は首を振った。

「フラン、残念だけど、その人は、もう」

 分かっていた。フランドールも、分かっていた。レミリアに言われるまでもなく、分かっていた。だけど、認めたくなかった。レミリアの言葉に、現実が突き付けられるまでは、認めようとしなかった。だけど、だけど、やっぱり、アドルフは、もう――

「うわぁーーんっ!!!!」

 彼女は、夜空に向かって泣き叫んだ。フランドールの中に、涙と一緒にとめどなくアドルフとの思い出が蘇る。



――アドルフは、あんたが寂しそうにしてるのが気になるんだってさ

――え?



 博麗神社で霊夢から聞かされた、アドルフの気持ち。彼は、寂しそうなフランドールの事を心配していた。フランドールに襲われた事すら気にせずに。



――本当にフランドールのおかげだよ。色々とありがとう。



 アドルフはそう言って、フランドールに笑いかけた。フランドールは、彼が笑う時が好きだった。大人な彼が、裏表のない子供のようなる瞬間が好きだった。



――元気にしてたか? 急に来なくなったから心配してたけど。



 いつもいつも、自分の事を心配してくれる彼の事が、



――お姉さんとも、その子とも、ちゃんと話してみないと、何も分からないぞ。あの日の僕と君が、まさにそうだったじゃないか。


 落ち込んでいた自分を励まし、道を作り出してくれた彼が、フランドールは大切だった。アドルフとの日々は紅魔館を出て彼女が見つけた、掛け替えのない宝物だった。

 フランドールは、泡のように浮かんでは消えていくアドルフとの思い出に泣き尽くした。そんなフランドールの頭に最後に蘇ったのは、アドルフが最後に彼女に言った、たった一つの、願い。


――ただ、欲を言うのなら、少しでも可能性があるのなら、もっと、君のそばに、いたかった、な。



「・・・」

 だから、彼女は、ある決意をした。決して許されざる行為としりながら、どんなに可能性が低いとしても、彼がそれを望むなら。

「フラン、残念だけど、仏をそのままにしておくのは可哀相。埋葬してあげましょう」

 レミリアの言葉は、フランドールの耳に入っていなかった。彼女は既に、自分がこれからやるべき事を考え、決意を固めていたから。それは、宝クジのように、いや、それ以上に部の悪い賭け。だけど、フランドールは、それに賭けた。

「ごめんなさい、アドルフ」

 そういうと、彼はアドルフの体を抱き寄せ、口を大きく開き――

「フラン!?」

 彼の首に、深く牙を突き立てた。吸血行為とは反対に、自らの血液を媒体に、フランドールは己の魔力をアドルフの体へ注いでいく。

「や、やめっ!」

 レミリアは慌てて止めに入る。何故ならば、それは、禁忌。彼女達姉妹が、父と母により止められていた許されざる行為だからだ。
 彼女達の血を注がれた者は、成功すれば彼女たちと同じヴァンパイアとして蘇り、彼女達の眷属となる。それだけでも、いたずらに自らの眷属を生み出す行為はスカーレット家では禁止されていた。しかし、それだけならば、恐らくレミリアも目を粒って許しただろう。

 レミリアが本当にフランドールのその行為を止めたかった理由。それは、もし血を流し込まれた者に、吸血鬼の力が馴染まなかった場合、心を無くし、殺戮を繰り返すグールとして蘇ってしまうからだ。人間が、彼女達の強力無比な力に馴染む可能性は、限りなく低い。そうなると、グールとして蘇った相手は再び殺さなければならず、一番悲しみ、後悔をするのは、他ならないフランドールだ。

「や、止めなさい!!」

 だから、レミリアは即座に彼女を止めようとした。何故、妹がこのような行動に出る事に予測が立てられなかったのか、後悔しながら。
 レミリアはフランドールを引き剥がす。呆気なく、フランドールはアドルフから離れ、崩れ落ちた。

「フラン!?」

 なんの抵抗も感じず、地面に倒れこむ妹をレミリアは心配し、抱き起こす。気を失っていた。レミリアの腕には、フランドールの四肢から溢れ出る血液がこびり付いた。フランドールは、自らも出血多量で生きも絶え絶えしている中、自分の血液と力をアドルフに分け与えたのだ。気を失って当然だった。

「くっ!!」

 レミリアはフランを優しく寝かせると、アドルフを見る。彼が理性を持って蘇る可能性は、千に一つか、万に一つか。それならば、今ここで、フランが目覚める前に、自分の手で。そうレミリアは考えた。

「貴方に恨みはないわ。ただ、私はこれ以上、妹を悲しませたくはないの」

 レミリアは動かなくなったアドルフの前に立ち、手刀を振り上げた。それは、闇の中、魔力を宿して紅く輝く。

「すまないわね、フラン。そして、フランを助けた、外来の人」

 謝罪を一つ、レミリアはアドルフの首を目掛け、それを振り下ろした。

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