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フラン、仕事を始める
フランドールの武道教習(3)
〜フランドールが人里に来て、五日目〜

 昨日は、だいたい一昨日と似たような一日を過ごした。朝はアドルフに会いに行き、昼は霊夢の所に行って、その後人里を散歩して、午後にミスチーの屋台を手伝った。

 農家の朝は凄い早いらしく、私は十時頃お店を訪ねたけど、アドルフはとっくのとうに働いていて、丁度休憩をもらっていた。五時に起床だってさ。わーお、健康的。

 初日に彼は、霊夢に手紙で緑山荘でお世話になる旨を知らせたらしい。だけど、本当は実際に会ってちゃんとしたお礼と挨拶がしたかったみたい。なので、アドルフはその旨をギムリさんに話して少し長めの休みをもらい、私も一緒に着いて博麗神社まで案内をしてあげた。アドルフは道覚えたって言ってたけど、道中妖怪に襲われたら大変だから。

 その後、無事霊夢に報告が終わり、再びアドルフを緑山荘に送り届け、アドルフが仕事に戻るのを見送って、私はまた人里をぶらついた。人里の様子は、相変わらずだ。悪い意味で。しいて言うなら、あの一件以来、陰口が減った代わりに恐怖の目で見られる事が多くなった気がする。

このまんまじゃ流石にまずいかな。何で私を見逃してんだーって、霊夢にも慧音にも苦情が来そう。そうなったら凄い迷惑掛ける事になるし、早く私の友好度が上がるよう頑張らないと。その為には散歩だけじゃ駄目だよな。よしっ、ミスチーに許可をもらえたら、明日からは昼間の仕事も探してみるか!

 そんな感じで、午後はミスチーの屋台で働きながら、昼間は別の仕事をやってもいいか尋ねてみると、あっさりオッケー貰えました。後はだいたい一昨日と同じ、屋台で働きながら妖怪やら妖精のお客と少し仲良くなって、夜に帰宅。
昨日はだいたいそんな感じの一日になりました。まる。




 そんなこんなで昨日の反省を活かし、今日はミスチーの屋台以外にも働けないか、勇気を出して仕事探しを頑張ってみる。だけど――

「お断りって言ってんでしょ!?」

「ひゃっ!」

 耳をつんざくおばちゃんの咆哮が響き、扉がバタンと閉められる。うー、鬼ぃっ! 悪魔ぁっ! 吸血鬼ぃっ! もう少し穏和な言い方ってもんがあるんジャマイカ!?
 お店を経営しているおばちゃんに働く事が出来ないか訪ねてみたけど、見事にばっさり、切り捨て御免。はぁあ、結局何も変わらずか。落ち込むなー。




 そろそろ時間はお昼時。少し休もう。私は道端に腰掛け、準備していたおにぎりを頬張りながら、空を見上げた。
 ふと物思いにふける私。だけど、私の思考の中心は、働けない事に対する不満でも文句でもなかった。昨日、慧音が教えてくれた一言だった。

今日もな、静流、体調が戻らないみたいなんだよ――

「大丈夫かな。静流ちゃん」

 子供が熱を出す事は良くある事かもしれないけど、それでも私は心配だ。あの小さくて可愛らしい顔が、熱にうなさて痛々しく歪んでいる光景を想像すると、それだけで胸が痛くなる。

 ――だけど、その数秒後、私の不安は偶然、本当に偶然、ものの見事に吹き飛ぶ事になる。

「え?」

 私はこんな所にいるはずのない子供を見付け、咄嗟に勢いよくと立ち上がった。それは、二日間熱で寺小屋を休んでいたはずの静流ちゃんだった。こんな所で一体何を? 今日も寺小屋の授業があるはずなのに。

「まさか、サボり?」

 その可能性は、どうやら低くはなさそうだ。少なくとも、沈んだ表情でトボトボと歩く姿を見ると、何かあるのは間違いない。

でも、あんな真面目で優しそうな子が? 一体どうして――

 そう思った私は、気が付いたら、彼女の後をこっそりとつけていた。





 やがて、静流ちゃんは人気がなくなった空き地に座り込み、ぼーっと動かなくなってしまう。

さて、どうしようかな。なるべく親しみ易くいきたいし、少し、イタズラしちゃおっかな。

 私はちょっとしたドッキリを思いつき、白い歯を見せにししと笑うと、体を霧に胡散化させ、ばれないように静かに静流ちゃんの後ろで体を構築し直していく。そして、息を大きく吸い込んで――

「ギャオーっ!! 食べちゃうぞーっ!!」

 ぎゅっと後ろから静流ちゃんを羽交い締めにした。

「きゃ!?」

 静流ちゃんの体がびくっと震える。あはは、期待通り可愛らしい反応だなぁ。

「やぁ」

「フランお姉ちゃん」

 私は静流ちゃんを抱き締めたまま、顔だけひょっこり覗かせる。それを見た静流ちゃんは、ほっと胸を撫で下ろした。

「もー、おどかさないで!」

「あはは、ごめんごめん。静流ちゃんが可愛くて、ちょっとイタズラしたくなっちったい!」

「あはは、もー、びっくりしたなー」

「それで、どうしたの? こんな所で。私が本当に悪い狼さんだったら、静流ちゃん今頃バクバクされてるよ?」

 そう言うと、静流ちゃんは急に黙ってしまう。その表情は、少し怖がっているようにも見えた。

もしかして、何だかんだ言って静流ちゃんも私の事怖いのかな?

 不安に刈られた私は咄嗟に腕を離して静流ちゃんから離れた。でも、私が抱いた懸念とは、どうやら少し事情が違うみたいだ。

「慧音先生には、言わないで」

「え?」

「お願い、フランお姉ちゃん」

 静流ちゃんは、私から顔を背けたまま、その小さな背中をフルフルと震わせていた。どうやら、この子は私が慧音に今日の事を言付けすると思って怖がっているようだ。
 私は少しだけどうしようか考えた。でも、こんなに怯えているこの子に更に追い打ちを掛けるような事を、私はしたくなかった。

「分かった。安心して。慧音にはこの事、内緒にしておく」

「本当!?」

「本当本当!!」

 振り向くや否や、さっきまで萎れていた可愛らしい小さな花が、ぱぁっと一気に咲き誇る。そんな光景を見るだけで、私はこれで良かったと思う。私の選択が正しかったかどうかは置いといて、この笑顔だけは消したくないと思えるからだ。この子に沈んだ顔は似合わない。
 だけど、この選択をしたからには、私が責任を持ってケネパチ先生の代わりを務めなければならない。でないと、ただの無責任で終わってしまう。

「その代わりさ、私に教えてくれないかな。どうして、学校お休みしたのかな」

 静流ちゃんは答えない。ただ、また俯いてしまう。

「慧音先生の事、嫌い?」

 静流ちゃんはふるふる小さく首を振る。

「じゃぁ、勉強、あまり好きじゃない?」

 彼女はまた首を振って、ポツリと呟いた。

「慧音先生、好き。勉強も、寺小屋にいる時間も、大好き。けど――」

「けど?」

「…………」

「ん?」

 何かなと首を傾けて問いかける私。だけど、それっきり、何も言わなくなってしまう静流ちゃん。私としても、この子が言いたくないというのなら、あんまり無理に聞きたくはない。でも、悩んでる事があったら、力になってあげたいとは思う。それは、前にもこの子に言ったはずだ。

 どうやったらこの子の力になってあげられるかな。どうやったら、この子の心を解きほぐしてあげられるかな。私がそれを考えていた時だ。

「お姉ちゃん。私、お姉ちゃんにお願いがあるんだけど」

「うん、何かな」

 良かった。この子の方から、言い出そうとしてくれて。でも、言いずらい事なのかな。静流ちゃんは、その後また口を閉ざしてしまう。
 でも、静流ちゃんが困っている事、そして、本当は誰かに助けて欲しいという事だけは分かった。それだけで、十分だ。だったら、後は、何とかしてこの子の心を引き出してあげるだけ。

「安心して。私は静流ちゃんの味方だから。私が力になれる事があったら、なんでもするから」

 そう言って、私は静流ちゃんに微笑んだ。私の意識過剰でなければ、一瞬だけど、静流ちゃんも嬉しそうに微笑み返してくれた気がする。
 そして、彼女はごくんと唾を飲み込むと、意を決したように叫んだ。

「私を、私を鍛えて欲しいんだ!」

「へ?」






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






〜夜〜

「どうしたんだ? フランドール。人の顔を見ながらため息付いて」

「え? いや、別に、なんでもない」

 変な奴だな、と慧音は首を傾げる。私そんな事をしてたのか。いかんいかん、慧音に怪しまれちゃう。ってか、それはやられた方からしたら結構失礼だよね。

「あぁ、分かるよフラン。慧音がまた、何かお節介過ぎる事でもしたんじゃないか?」

「え? 違うよ違うよ!」

「おい、妹紅怒るぞ」

まずいまずい。私のせいで、せっかくのあったかい食卓が暗くなっちゃう! 気を付けないと! でも―― はぁ、でも、慧音には、今日の事は言えない。あの子が学校をさぼって人里をフラフラしてたなんて。それが静流ちゃんとの約束だから。――となると、妹紅や輝夜も頼れないな。

「あれ、なんか私もため息つかれた!?」

うーん、どうしたもんかなぁ。

「おーい、無視ですかー」

出来る事はなんでもするって言っちゃったし、断り難いんだよなぁー。ってか、もうオッケー出しちゃったしなぁ。

 私を鍛えて。そう静流ちゃんにお願いをされ、私は凄く驚いた。こんな小さな子、ましてや女の子が、なんでまた? 私がそれを聞くと、あの子は言った。

「私も、フランお姉ちゃんみたいに強くなりたいの! 誰かを守ってあげられる位、強くなりたいの!」

「で、でも――」

 私は、迷った。妖怪の私が、こんな小さな女の子を鍛える。そんな事が許されるのか。だけど――

「どんな厳しい事でも耐えます! お姉ちゃん、私のお願い、聞いて下さい!」

 強い意思を宿した瞳に、私は圧倒されしまう。これは、少しばかり説得した所で、思い留まるような様子ではなかった。やがて、私は折れたようにため息を吐き出す。

「分かった。でも、その代わり約束一つ、いいかな?」

「う、うん」

「明日からは、ちゃんと学校に行くんだよ?」

 それを前提に、私は静流ちゃんの頼み事にオッケーを出してしまった。静流ちゃんの渋々頷く様子も気になったけれど、本当にこれで良かったのかな。
 まぁ、明日寺小屋が終わったら会う約束だってしてしまってるから、今更断るのは気が引けるんだけど。
それに、ミスチーとの仕事の時間に少しばかり被りそうってのも問題の一つ。まぁ、これはフォーオブカインドを使えば何とかなるだろ。遠く離れた場所にいる分身体を操作するのは、ちょっと私も未経験。でも、一体だけなら一時間程度はなんとかなるでしょ。
 だけど、それより、そんな事より、私、人を鍛えた事なんてないから、何したらいいかなんて分からないぞ!? どうすりゃいいんだ。何を教えたら良いんだ。弾幕ごっこ? は、普通の子供にゃ無理だろうし。どうしたもんかなー

「おーい、本当にどうしたんだよフラン?」

むー、慧音には頼れない。と、なると―― そうだ!

「うわっ、何だよ急に立ち上がって!?」

「ごめん、慧音、妹紅! 私、ちょっと出掛けてくるね!」

「お、おい、フラン!? こんな夜中にどこに行くんだよ!?」

「アリスん家!」

「「え?」」






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 私の突然の行動に驚く慧音や妹紅を尻目に、台風のように家を飛び出してきた私。そして、向かった先は魔法の森の中に位置する、アリスのお家。こんな夜中に訪ねるのは少しマナー違反かなと思ったけれど、アリスは快く出迎えてくれた。

「ありがとう。アリス、シャンハイ」

 リビングに座って待っていると、アリスが紅茶を運んでくれて、それにシャンハイがお砂糖とミルクを注いでくれる。一口飲むと、優しくて、それでいてしっかりとした茶葉の味が広がって、数日前の思い出が蘇る。確か、あの日もこうやってアリスとシャンハイが私をもてなしてくれたんだった。

「それで、どうしたの? 突然。あっ、もしかして、レミリアに見せる人形劇の練習でもしに来たの?」

「あはは、それはまた、違う機会にお願いするよ。もう少し、私が独り立ちしてからで」

「ふふ、そう。あんまり待たせると、あの吸血鬼もすねてしまうわよ」

「あは、確かにそうだね。じゃぁ、あんまり間が空かない内にまた来るよ」

「えぇ、私も、またフランと一緒に人形劇をやってみたいしね。それで、本当に一体どうしたの?」

「うん、あのね、ちょっと、どうしたらいいか困ってる事があって、相談に乗って欲しいんだけれど――」

 私は話した。慧音には内緒にって一番最初に念を押し、静流ちゃんに会ってから、今までの経緯を。

「――成る程、それは、なんていうか、良かったわね」

「え? な、何が?」

「だって、フランはあの子にそこまで慕われてるって事でしょう? 私が言った通りじゃない。本当の優しいフランを知ったら、皆貴方を好きになってくれるわよ」

「あぁ、うん。確かに、あの子に頼ってもらえるのは、素直に嬉しい。だけど、一体何をどうしていいのやら」

「そうねぇ。私も、正直専門外ね」

「そっかぁ」

 アリスなら何とかしてくれると思っていたけど、当てが外れ、私はがっくりとため息をつく。そんな私に、アリスは「だけど」と言って付け加えてきた。

「一応言っておくけれど、人間の子でも、魔法を教えたら使いこなせるかもしれない。でも、それは止めておいた方がいいわよ」

「え? どうして?」

うっ、私、ぶっちゃけそれをやろうかと考えてました。

「あの子は頭が良いから、思慮分別が出来ないとは言わないわ。でも、魔法が生み出す力はとても強大だから、取り返しのつかない惨事を招きかねない。ましてや、願いが強くなりたいという事になると、どうしても教える内容は破壊を生み出す魔法に集中してしまうわよね。遊び感覚から徐々に魔法を教えていくのならともかくとして、それはかなり危険が伴うわ」

「成る程、確かに、その通りだよね」

うん、私だって、心のどこかで分かってた。昔の私が、まさにそれだったから。だからどうしようか悩んでたんだけど、やっぱり、アリスに相談して良かったよ。

「でも、専門外とは言ったけど、今回の件に適役な人には心当たりがあるわ」

「え?」

「それはね、フランが最も身近な妖怪よ――」






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 それから暫く。アリスの助言に従い私が訪れたのは、何処何処までも真っ赤に染まった、巨大な館。空はすっかり暗くなっているにも関わらず、僅かな月明かりだけでも周囲に深い赤を見せ付けている。それは、人から見たら恐怖の対象なのかもしれない。だけど、ここは私のすみ慣れた場所、紅魔館。私はこの赤にさえ暖かさを感じてしまう。久々に見ると、懐かしいなー。

 そんな館を覆うようにそびえ立つ外壁に、ただ一つだけ存在する巨大門を訪れる。するとそこには、猫一匹すら通すまいと威風堂々仁王立ちしている人間、いや、妖怪が一人。彼女の名前は紅美鈴。自分自身が強力な妖怪でありながら、人の世でいう武道を極めた、肉弾戦のプロフェッショナル。お姉様が最も信頼している部下、いや、家族の一員で、館の警備をするに辺り、最も大切な要とされる門を任されている、この紅魔館の唯一無二の門番だ。

 今回、私が紅魔館に戻ってきたのには訳がある。それは、他ならぬ美鈴に頼み事があったから。

「やぁ、美鈴久しぶりー」

 私はわざわざ美鈴の正面まで来て話しかけるが、何故だか彼女はぴくりともしない。焦点の合っていない極太な瞳で虚空を見つめながら、後ろ手に腕を組み、仁王立ちを続けている。

「美鈴ーっ!!」

 私は耳元で大声を出して見るが、結果は同じ。やっぱりね。でも大丈夫。私はこういう時の為の対処法も心得てます。

「あっ、さくや」

「はいーっ!! 起きてますーっ!!」

 私の言葉に、美鈴は休めの姿勢から気を付けの姿勢に高速で変化する。それと同時に瞳の数が四つ変化。まったく、まぶたにマジックとかベタ過ぎるでしょ。

「あれ、あれ、咲夜さんは!?」

「いないよー。お早う美鈴!」

「え? えぇ!? 妹様!?」

 美鈴は予想通り、私をみてとっても驚く。

「やっ、久しぶり!」

「お久しぶりです! お元気にしていましたか!?」

「もちのろんろん! 元気にしてたよー」

 美鈴は私の顔を見て喜んでくれる。それを見て、私はこの紅魔館の家族達に愛されていたんだなぁーと実感。心がほっこり。

「そうですか。それは何よりですよー。私はもう、心配で心配で、寝るに寝つけず」

「嘘つけぇ! おもっきし寝てたじゃん!」

「あはははは、そうでしたー」

 美鈴は頭をかきながらぺかーっと笑う。うん、家臣でありながらこういうラフな所も彼女の魅力の一つだな。言葉づかいこそ敬語ではあるけれど、お姉さまにも私にも気さくな態度で接してくれる彼女は、とっても取っ付きやすい。私にとって、頼れるもう一人のお姉さんみたいな存在だ。お姉様がお姉様なら、美鈴はお姉さん。アーユーオーケー?

「それで、こんな夜遅くに一体どうしたんですか?」

「えっとね、美鈴にお願いがあるんだよ」

「はい? 可能な限り何でも聞きますが」

 美鈴はいぶかしそうに首を傾げていたが、やがていきなりはっとなる。

「あっ! でも、お金関係と、それと弾幕ごっこもできれば!」

「むーっ、どっちも違うもん!」

「あははは、そうですかー。それなら安心」

むー、普段私って美鈴にどう思われてる訳!?
失礼しちゃうな。

「あはは、ごめんなさい。そうむくれないで下さいよ。それで、一体頼みごとってなんですか?」

「あのね――」

「はい」

 私の真剣な表情が伝わったのか、やがて美鈴は息を飲む。うん、こんな事を頼めるのは、美鈴を置いて他にはいない。だから、言うぞ!

「美鈴、お願い! 私を、鍛えて!」

「――はい?」



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