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短編
君の隣、奇跡の確率
前に聞いたことがある。

42人のクラスで席替えするとき、ある特定のひとりが俺の縦・横・斜めの席になる確率は、約7分の1。

そして、隣の席になる確率は約20分の1。

さらに、その相手が教室の一番後ろの隅の席で、その隣を俺が独り占めできる確率は、約900分の1。

途方も無く低い確率だけど、どうやら俺は、奇跡的にそれを引き当ててしまったらしい。

一足先に移動を済ませ、がたがたと机を抱えてこっちに向かってくる菜月の姿を目の隅で確認する。

たったそれだけで、どんどん緊張が高まってくるのを感じた。

『あ…隣、沢田くんだったんだ?』

「あぁ、うん…よろしく。」

俺の言葉に、こちらこそよろしく、と微笑んだ菜月。

眼鏡の奥で緩やかに細められた瞳に見詰められて、ばくばく、と体内でうるさい音が響き出した。

うわ、俺大丈夫かな、これから1ヶ月間心臓持つかな。

そんなことを半ば本気で心配していると、いつの間にか鳴っていた始業のチャイム。

えーと、1時間目は確か国語だ。

国語国語、と小さく呟きながら机の中を漁るけど、あれ、教科書が見付からない。

もしかしたら鞄に入ってるかも、と思ったが、鞄の中にも教科書は入っていなかった。

どうしようかと悩みつつ、それでも諦めきれずに再度机の中を漁っていると。

『…ねぇ、もしかして教科書忘れちゃった?』

隣から突然掛けられた声。

ばっと顔を上げれば、菜月が気に掛けるように俺を見ていた。

「あ、うん…多分そう。」

『そっか…じゃあ、私の一緒に見る?』

そう言いながら、菜月は小首を傾げて自分の教科書を指す。

そんな願ってもない申し出を、俺が断る訳もなかった。

机を寄せながらありがとう、と礼を言えば、本日二度目の菜月の笑顔。

さっきよりも近くで見たそれに、口元がどうしようもなく緩むのを必死で抑えた。

…ていうか、菜月とここまで近距離にいるのって初めてじゃないか?

ごくごくたまに会話を交わすことはあったけど、基本的にずっと遠くから見てるだけだったし。

今までの席替えでも、必ず1列分以上は離れたところにいたし。

それが今は、隣の席。

しかも、教科書を見るために机がぴったりくっついている。

俺と菜月の距離は、たった30センチほどだ。

教科書を見る振りをして、ちらりと菜月の様子を窺ってみる。

菜月は、黒板とノートの間で視線を往復させながら、かしかしとシャーペンを動かしていた。

うわ、なんかすごい可愛い字。

そういえば、字には書いた人の性格が出るってよく言うけど、それってやっぱ正しいのかもしれない。

菜月と同じ、可愛いけど、どこかきちんと整っている丁寧な字。

視線を上へと移動させてみれば、今度は、真っ黒な髪と透き通った肌のコントラストに目を奪われる。

それを惚れ惚れと眺めていたら、菜月はふと眼鏡を外した。

初めて見る、眼鏡を掛けていない菜月の素顔。

なんていうか、いつもの真面目な雰囲気じゃなくて、少し幼くなった感じだ。

あー可愛いな。眼鏡掛けてるいつもの菜月も可愛いんだけど、これはこれでなかなか捨て難い。

そして続けざまに小さく欠伸した菜月の声に、ついに聴覚までやられてしまった。

『ふぁ…』ってそんな可愛い声、あまりにも不意打ちすぎるだろ。それに涙目やばいし、目を擦る仕種もなんか猫っぽくて可愛い。

あーもうなんていうのかな、なんか可愛いって言葉は菜月のためにあるようなモンなんじゃないかって気さえしてきた。いや、気じゃないな、きっとそうなんだ。

そんな風に、ずっと心の中で可愛い可愛いと連呼していると。

『…え、』

「あ、」

視線にようやく気付いたのか、不意に俺の方を向いた菜月とばっちり目が合ってしまった。

あまりに突然のことに、ふたり揃ってフリーズする。

互いに瞬きさえせず見詰め合った後、先にその状態から抜け出したのは菜月だった。

『え、と、あの…どうかした?』

顔を赤くしながら、あわあわと眼鏡を掛ける菜月。

その様子を、こんな状況でも相変わらず可愛いと思ってしまう俺は、恐らくもう末期なんだと思う。

「いや、特に何も無いんだけど…ごめん。」

『そんな…私こそ。』

何故か互いに謝り合って、改めて机に向かう。

だけど再び隣が気になって、またも視線を走らせた。

するとそこには、同じようにして俺を見ている菜月。

慌てて目を逸らすタイミングまで同じで、恥ずかしかったけど少しだけ笑えた。

あぁ、菜月が隣の席って本当幸せだ。

確率が約900分の1ってのは相当低いけど、もうここで一生分の運使い果たした気もするけど、それだけの価値はちゃんとある。

…もしこれが2ヶ月連続ってなったら、一体どれだけラッキーなんだろう。

1回で確率が900分の1ってことは、2回連続なら2倍すればいいのかな、2で割ればいいのかな。

まぁ細かいことはよく解らないけど、ほぼゼロに等しいってことだけは解る。

それでも…菜月の隣になれる奇跡の確率、掴めたらいいな。









〜あとがき〜

月に一度のお楽しみ。

超絶久々更新ですねー。

忙しかったモンで、ご容赦ください。

文中にある確率はあまり信用しないでくださいね。

では、ここらへんで。

次の更新がいつになるか、それは神のみぞ知るところです。

寧音

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