サブ長編
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菜月はどこか犬っぽい。
それが、今日1日一緒にいて持った菜月のイメージだ。
そしてどうやら俺は、そんな菜月にすっかり懐かれたらしく。
『ねぇツナ!今度の休みの日にケーキ食べに行こうよ!京子に美味しいお店教えてもらったの!』
「へぇ、そうなんだ?」
『それと私、日本に来たらゲームセンターに行ってみたいと思ってたんだよね。だから一緒に行こう!』
耳がひょこひょこ、尻尾がぱたぱた。
朝に見えたあの幻覚は、下校中となった今でも未だ消えてくれない。
本当にさながら、ご主人様に一生懸命甘える小犬、だ。
…ってこの場合、菜月が犬ならご主人様って…俺?
いやいやいや、確かに菜月に懐かれる…ってか仲良くなるのは嬉しいんだけど、ご主人様と犬っつったらそこにあるのは主従関係な訳で、俺は勿論そんなの求めてない訳で、あぁでもそうなれば菜月は思いっ切り俺に甘えてくるのかな、なんて言うかこう、俺にしか見せない顔とかも見せてくれたりすんのかな、そうすると、もし菜月が他の誰かとそんな関係になるよりはむしろ俺が…って何考えてるんだ俺は!
ガシガシ頭を掻きむしりながら歩いていると、
『ツナ、どうしたの?』
「あ、いや…何でもない。本当に大丈夫だから。」
うわぁ、そんな心配そうに覗き込むなんて不意打ちすぎる。
でも菜月は悪くない、悪いのは全部俺の邪な思考回路だ。
ったく、俺なんでこんな風になってるんだろう、と軽く溜め息すら吐いていると、突然立ち止まった菜月。
その視線を追ってみれば、側の家の門扉から小犬が顔を出していた。
確かあいつは、俺が『ダメツナ』時代にめちゃくちゃ苦しめられたヤツ。
今はもう平気だけど、あの頃はいいようにやられたよな。
「菜月、あいつ触りたいの?」
あんなこともあったな、と少し感慨に耽りながら菜月に声を掛ける。
菜月は犬っぽいから多分犬好きなんだろうと思っていたら、菜月はすごいスピードで首を横に振った。
その尋常じゃない反応に、え、と一瞬戸惑う。
『ツ、ツナ…早く行こう!』
そして、菜月が早足で小犬の前を通ろうとした瞬間。
「わんわんっ!」
うわ、またこいつの鎖外れてるのかよ。
自由に動けるようになっていた小犬は、菜月の後を追い走り出した。
『いやぁぁあ!来ないで来ないで!』
菜月は叫びながら逃げようとしたけど、足が縺れたのかずてんと転ぶ。
あぁ、こういうところが菜月がイディオットたる所以か、とこんな時だというのに妙に納得してしまった。
そして菜月が起き上がる暇もなく、小犬が菜月に飛び掛かる。
『やぁっ!』
「菜月!」
いくら小犬と言えど、噛まれたりしたら一大事だ。
慌てて小犬を引きはがそうと駆け寄ると。
『やだっやめて…!』
「くぅ〜ん。」
「…。」
小犬は菜月に頭を擦り寄せ、一心不乱に菜月の顔をペロペロと舐めていた。
それはどこからどう見ても、ただ単に菜月に甘えてるだけで。
その様子に少しだけ安堵したけど、菜月は小犬相手に本気で怯えていた。
とりあえず小犬を抱え上げ、元の場所に戻し鎖をきちんと繋ぐ。
菜月のところに戻ると、菜月はぺたんと座り込みぐしぐしと涙を拭っていた。
『ひっく…うぇ…!』
「菜月…。」
とにかく落ち着かせようと思い立ち、鞄を漁ってタオルを取り出し手渡す。
「大丈夫、もうあいつはいないから。」
『ひく…うん…。』
その後菜月から聞いた話によると、菜月は相当な犬嫌いにも係わらず、何故か異常なくらい犬に懐かれるらしい。
俺が推測するに、恐らく犬たちは菜月に同類の匂いを嗅ぎ取ってるんだろう。
だけど、菜月からしたら堪ったモンじゃないよな。
タオルに顔を埋め、ひくひく肩を揺らす菜月の頭に思わず手を伸ばす。
だけど菜月に届く前に逡巡して、結局触れることはなかった。
伸ばしたまま固まった手を持て余していると、不意に顔を上げた菜月。
泣き腫らし潤んだ瞳で俺を見上げ、しゃくり上げながらも口を開いた。
『ツナ…あり、がと…。』
「あ…うん。」
我ながら間抜けな返事だな、おい。
気の利いたことひとつ言えない自分に、心底苛立った。
だけど、それと同時に芽生えてきた、ある感情。
―――こんな俺を慕ってくれる、一生懸命なんだけどドジで弱い部分もある彼女を守りたい―――
伸ばしたままだった手を強くぐっと握り締め、目の前で震える小さな身体を見詰めながら、そう思った。
―――その感情がもう一段階育つのは、あと少しだけ先のこと。
〜あとがき〜
犬嫌いな人はとことん嫌い。
私の友達もそうなんです。
ツナくんの苦悩がちょっとお気に入り。
では、ここらへんで。
またどーぞ!
寧音
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