▼勇翔side
歯がないわけじゃなくて耳が聴こえないのか。……耳が聴こえない奴って……。
「…………」
「…………」
つい、ノラを観察してしまう。
ノラもじっと俺を見つめている。
耳が聴こえない奴っていうのは、話すことも難しいんだとは知らなかった。周りにそんな奴がいないのと、関心もなかったから想像すらできないことだった。
ノラに関して分かったことは、耳が聴こえないことと話すことが困難なこと。あとは……
「(何歳なんだ?)」
だいぶ華奢でちっこいけど。制服着てるから、中学上がりたてくらいか。
俺はノラから鉛筆を奪って、そこに書き足した。
“なんさい?”
冷静に考えてみれば本当に困る話だった。
ノラはどう見ても未成年だろ。
俺は一人勝手に焦っていた。
“16さい”
16歳? 16って高一じゃないのか?
高一には見えねぇけど……。
“高校生?”
そう書き足すと、ノラは俯き加減に小さく頷いた。まぁ、小さくて華奢でも歳不相応な奴はいるのかな。
ノラに関して少しずつ分かってきた。
あとはどうして死のうとしていたのかってことか……けどそれを振り返してまた変な気でも起こしたらと思うと、訊ねる気にならなかった。
“家族が心配してるんじゃない?”
代わりの質問にこう訊ねてみたら、ノラは首を横に振った。心配してないって……そんなことはないと思うぞ。
“送ってあげるから、どの辺りに住んでるのか教えてよ”
ノラはまた首を横に振った。
まさか自殺するために家出でもしてきたのかよ……。
身構えていると、ノラは俺が握っている鉛筆の天辺にそっと触れた。ノラに手渡してやり、手元を見つめた。
“いえもかぞくも”
ノラの手はそこで止まった。
家も、家族も?
その続きは?
焦ったくなり、俯いているノラの顔を覗き込む。
ノラは涙を滲ませていた。
俺は心臓が跳ねるほどに驚いて、ノラから離れた。
まさか、俺が泣かせた?
ど、どうす……。
「……ふ……ぅ……」
「!!」
ノラは俺に背を向けて、肩を震わせていた。
啜り泣く声が心臓を締め付けてくる。
こんなとき、どうしたらいいかなんて分かるわけないだろ。
泣いている男相手にどうしろって……。
泣き声が大きくなると俺はいよいよ焦り、また家を飛び出したい衝動に駆られたが何とか堪えた。
堪えて、ノラに歩み寄り、ノラの頭に掌を乗せた。
乗せて、いた。
2018,8,27
2018,9,22…改訂
2019,2,22…改訂