音のない世界で(本編)
…[5]
▼鈴side
僕はかばんの中から、ノートと鉛筆を取り出して、ノートをひざに置いて、伝えたいことを書く。
“ぼくは、耳が、きこえません。おうちは、火じで、なくなりました。父さんと、母さんは、たぶん生きていないです。本当の父さん、母さんはどこにいるかわかりません。ぼくは、行くところがないです。”
書ける文字で、いっしょうけんめい書いた。
伝えたいこと。
ここまで歩いてきたけれど、これ以上、歩けそうにないこと。
“たすけてください”
このことばが、言えなくて。
母さんがいなくなった日、新しい母さんができた日も。
ずっと言いたかったことだった。
今、伝えなきゃいけないと思った。
泣きながら書いていた。
「ふ……ぅ、ぅ、……ぇぅッ」
「泣かんでええ。よう分かったで。これまでよう頑張ったなぁ」
おじさんは僕の背中をトントン叩いている。
その手に安心した……。
「ちょっと貸してみぃ」
おじさんは僕の手から鉛筆をとって
何かを書きはじめる。
“ここでくらしたらいい。めんどうもみてやる。そのかわり、おっちゃんのしごとを、てつだわないとあかんで”
その字を読んで、おじさんを見た。
「ええか?」
返事に、僕はうなずいた。
「おっちゃんは源平、言うんや」
「へんへい、さ……」
「げんさん、でええ」
「へんさん」
「それでええわ。嬢ちゃん何て言うんや?
名前、何や?」
「りん……」
「りんちゃん言うんか。女の子らしい可愛ええ名前や」
げんさんは、僕のことを女の子と思っているのかも……。恥ずかしくなって、うつむきながら首を横にふった。
“ぼくはおとこです”
ノートに書いてみる……。
「おお?そうか。それでぼく、か。えらいべっぴんさんやから嬢ちゃんかと思うとったわ!」
げんさんは笑っていた。
分かってくれたのかな。
「それとなぁ、嬢ちゃん……ああ、りんちゃん」
?
「りんちゃんはべっぴんさんやからな、気ぃつけなアカンで」
気をつける?
「夜にふらぁと出歩くんは物騒やからな。一人で出歩いたらアカンのやで。分かったか?」
(※言いながらノートに書く)
「……はぃ」
「ええ子や」
げんさんが頭をぽんぽんてしてくれる。
心配してくれる人がいることがうれしい。
この人がいなきゃ、今でもずっと歩いていたのかもしれない。
「ほんなら今日はもう寝ぇ。疲れたやろ」
(※手ですやすやと眠るポーズを作り)
うなずくと、げんさんは寝るところを空けてくれた。布団までかけてくれた。
「ボロしかあらへんから堪忍やで」
お礼、言わなきゃ……。
「あ……ぃ、あとぅ……ほはぃ、あう」
「かまへん」
笑顔に安心して、目を閉じた。
きんちょうしていたけど
色んなことがあったから
疲れて……。
すぐに寝てしまった。
2018,6,6
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