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それから会計様と携帯の番号とアドレスを交換して、横になっていたソファーから立ち上がる。
すると会計様に腕を引かれて部屋から出された。
部屋の外は生徒会室で、さっきまでの部屋が生徒会室の中にある部屋だったんだと知る。
「起きたで」
会計様の声に、彼氏と副会長様と田中勇馬がこっちを向く。
「あっ、お前大丈夫か?吐き気とかしないか?」
田中勇馬がばたばたと近寄ってきて、僕の肩を掴もうと手を伸ばしてくる。
僕は嫌悪を全面に出しながら大袈裟にその手を避けた。
でも僕が避けるまでもなく、その手は会計様の手の内におさまる。
「近付いたらあかん言うたやない」
「啓史心配しすぎ。この状況じゃなにもされないって」
「関係あらへん。僕が近付いてほしないだけや」
田中勇馬に触られなくて良かったけど、こんな奴に会計様が騙されてるのかと思うと腹が立つ。
「野波海。ここに立て」
彼氏に呼ばれて、彼氏と副会長様が座っている前に移動する。
いつも見上げてばかりいた彼氏を見下ろすのは気が引けて、僕は俯いた。
「よくも勇馬をいたぶってくれたな」
彼氏の口からでたその言葉には、憎悪が籠っているように感じた。
会計様が言っていたのは本当なんだ。
本当に彼氏は田中勇馬にたぶらかされてしまったんだ。
あまりのショックに涙が出てきた。
「…僕、してない、です」
「また気絶したいらしいな」
「ほっ、本当ですっ」
言い切ると、彼氏がソファーから立ち上がって僕のお腹を殴った。
痛くて恐くて悲しくて、僕は蹲ってお腹を押さえた。
その間に副会長様がソファーから立ち上がって、嫌がる田中勇馬を連れて生徒会室を出ていった。
「勇馬が居たんでは思い切りいたぶれんからな」
「けど、そろそろ神谷帰ってきはるよ」
「あ?神谷がどうした」
「あらら、会長知らんかったん?神谷、彼んとこの親衛隊長なんよ」
「…なんだと?」
彼氏の声に驚愕の色がのっている。
「ほんまに。やから神谷くる前に彼追い出した方がええよ」
「こいつは俺の親衛隊長だろ」
「せやね」
蹲っていたところを、彼氏に髪を掴まれて上を向かされる。
「神谷がこいつの親衛隊長だと?信じられん。何かの間違いだろ」
「やとええんやけどね」
涙で歪んだ視界で彼氏の険しい顔を見つめる。
「…おい、全て正直に吐いたら抱いてやる。退学にもしないでおいてやる。さっさと吐け」
ああ、本当は彼氏も僕を抱きたいし、退学にもしたくないんだ。
だけど今は田中勇馬に騙されてるから、素直にできないでいる。
僕はやっぱり今でも愛されているんだ。
だったら、もう僕がやったって言った方が良いのかもしれない。
僕が悩んでいると、会計様に顎を掴まれて、顔の向きを会計様へと変えられた。
見上げた会計様が、僕を無表情で見下ろしている。
その表情を見た瞬間、さっき会計様に言われた言葉が頭に浮かんだ。
(君は何をされても、知らんで突き通さなあかんよ)
何をされても…
「どないするん?」
僕は完全に彼氏を元に戻したい。
田中勇馬に対して少しの浮気心を残して欲しくない。
「…僕は、…知りません」
言い終えると、舌打ちと共に彼氏に殴られた。
殴られる直前、会計様の唇が、「ええ子や」と音もなく動いたような気がした。
殴られて床に突っ伏していると、扉が開閉する音が聞こえた。
「ああ…来てもうた」
会計様が呟いた後、少しの間を置いて神谷さんの声が聞こえた。
「…野波、さん…?」
驚愕と戸惑いを含んだその声色の元を見上げると、声色に合った表情の神谷さんと目が合った。
ややあってその視線が僕から逸れると、神谷さんの表情が少しずつ険しく鋭い物に変わっていった。
「離れろ。許さん。絶対に、許さん」
神谷さんが鬼気迫る迫力で一歩一歩僕の所に来る。
反対に彼氏と会計様が僕から離れ、距離をとっていった。
神谷さんはすぐに僕の所まで来て、僕を抱き締めた。
大きくて力強くてがっちりした神谷さんの腕の中は、とても安心する。
「は、神谷。そいつの親衛隊長と言うのは本当らしいな」
鼻で笑うように彼氏が言う。
「生徒会書記のお前が親衛隊に属していたとは呆れる」
「関係ない」
「確かに。お前がそいつの親衛隊だろうが俺には関係のない話しだ。だが、勇馬をいたぶったそいつは大いに関係ある」
「関係ない。許さん、絶対」
「こらあかん。話しにならんわ。な?だから言うたやろ?はよ追い出した方がええって。神谷おったら無理。分かるやろ?面倒いだけやわ」
「ちっ…さっさと出ていけ。目障りだ」
忌々しげに言い放った彼氏は、奥にある会長椅子に腰をおろした。
普段から横暴な振る舞いをする彼氏だけど、ここまで酷い扱いをされたのは初めてだ。
それもこれも全部田中勇馬の所為かと思うと、とても正気ではいられない程の悲しみと怒りが胸に渦を巻いた。
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