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3

ハネた、とはつまり横領だ。
そりゃ逃げるよな、と頭の隅では冷静になる。


「まぁ安心しろよ。お前は会員制の堅いとこに送ってやっからよ、何年か真面目にやってりゃ抜けれるだろ」


熊谷は髭の剃り残しを撫でながら、下卑た笑いを浮かべた。


「でもその前にな、売るなら俺が責任持って味を見とく必要があんだよ」

「…っ」


尻を鷲掴みにされ、背筋に悪寒が走る。
直は熊谷の腕の中から身を捩って抜け出した。


「まぁ、よ。お前が茉穂の帰りを待つのは自由だ。だけどな、俺はそんなに気が長ぇ方じゃあねぇ。わかるだろ?

せいぜい売り飛ばされる前に、茉穂が母親としての自覚を取り戻してくれるのを願うんだな」


再び腕を掴まれ、今度は床にねじ伏せられる。
つけたままのテレビからはアナウンサーの、抑揚のない機械のような声が響いていた。

熊谷は直の前髪を掴みそのまま軽く揺する。


「母親似のいい顔してるぜ、お前。ガキが好きな変態にゃ堪んねぇだろうな」

「はっ…なせ、っ!」


抵抗のつもりだった。
それだけのつもりが、直の爪は熊谷の頬を思い切り掻いていた。

熊谷の目がスッと細められる。
さっきまでの楽しむような色が失せ、代わりに刺すような鋭さが現れた。

鼓膜を、破裂音のような凄まじさが打つ。

次の瞬間、直の体は毬のように跳ね、そのまま引き戸に飛び込むようにぶつかった。頭を庇う間もなかった。

硝子がガシャン、と音をたてて揺れた。




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あきゅろす。
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