[携帯モード] [URL送信]
1

まぁ、こういうことは今までにもいくらかあったし。
はじめてではないから戸惑うこともなかった。

ここは比較的、駅近のマンションなのだ。

酔っ払いがエントランスに転がってる光景は珍しくない。


「おい」


普段なら放置するそれに、その日に限って声をかけた理由を上げるならば、それがいつものハゲとかメタボのオヤジではなかったからだった。


「こら、こんなとこで寝てると襲われちゃうよ」


肩を揺らす。想像したよりもずっと薄い肩だった。

その――彼だか彼女だかは、猫が丸まるようにして腹を抱え、マンションの壁に向かって体を縮こめている。

白いカッターシャツの背中が土で汚れていた。どこを転がって来たのだろう。


「おい…」

「うるっせぇな」


再度、肩を掴んだその手を乱暴に払われる。
声は男のものだった。

骨張った手の甲がシッシと手を振る。


「ほっとけよ」


歯に衣を着せぬその物言いにムッとすると、悟史(さとし)は「あっそ」と立ち上がった。

こっちは心配して警告してやってるというのに、あんまりな扱いだ。


「明日の朝、財布がなくなってても知らないからな」


今時の若者は、とジジ臭いことをぼやきながら自動ドアをくぐる。
だがふと足を止めた。

突然、脳裏に中学の頃の同級生の顔が浮かんできたのだ。

テレビの中の女優のように透明感のある真っ白な肌と、それに相対する濡れたような漆黒の髪。
長い睫毛に縁取られた大きな目。
すっと鼻筋の通った顔に、薄めの唇は艶のある桜色。

なぜそんな風に覚えていたかと言うと、その彼はクラスの、いや学校中の女子と並べても全く引けを取らないくらい、見目麗しい美少年だったのだ。

そう、彼は


「――南沢、直?」




[次へ#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!