戦う女
3 [side和葉]
"君は、女の子だよね"
そう言われたのは初めてではないし、言われても仕方ないのかもしれない。
だけど私は、それが本当に嫌だった。
「え…千鶴に似てる人?」
「うん」
食膳の片付けをやっていると、千鶴が今日の巡察で自分に似てる人に会ったと話した。
「それは…女の人?」
「うん。私なんかよりとっても綺麗な人だったけど、確かに顔はちょっと似てるかなって思って」
そりゃ千鶴に似てるならかわいいだろうなと思うが…
「似てるっていうのは…沖田さんが言ったの?」
「うん…きっと私が女装したらそっくりだろうって」
"女装"という言葉はおかしいが、沖田さんが言ったなら、本当に似てるんだろう。
「その人の名前聞いた?
親戚とかじゃないの?」
「"南雲薫"さんっていうんだけど…私も知らないんだ」
「ふぅん…じゃあほんとに他人の空似なんだ…」
この時はあまり気に留めなかったが、後々その南雲薫という人物と、私は刃を交えることになる。
片付けを終えて部屋に戻る途中、咳をする沖田さんを見かけて声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「!和葉ちゃん…」
苦しそうな背中をさする。
「医者に診てもらったほうがいいのでは?」
「単なる風邪だよ。すぐ治る」
「そうやって油断してると大変なことになりますよ」
最近の沖田さんは食欲も落ちてきているようで、よくおかずを永倉さんとかにあげていた。
「ずいぶん知った風な口を利くんだね」
「当たり前のことを言ったまでです」
落ち着いてきたようなので、手を離す。
「…ねぇ君、昼間僕が言ったことに怒ってた?」
そう言われて押し黙る。
「…怒ってたんだね。
何でなのか教えてくれないかな?
僕としては…気に障ることを言った記憶はないんだけど」
何と言ったものか迷ったが、沖田さんが覗き込んでくるので、仕方なく口を開いた。
「…沖田さんは悪くありません。
私が負けず嫌いなだけで…」
私は剣術をやる上で、自分にある決まりを課している。
それは"対等の立場でやる"ということだ。
"女だから勝てないのは仕方ない"
"女にこの練習量はこなせない"
といった概念を持ちたくなかったからだ。
「ずっと義兄にも他の門下生の人達にも、言われ続けました。
"お前は女だから、俺達に勝てないのは当たり前だ"って」
「それで君は悔しくて、自分にその決まりを課してたたきあげたんだ?」
「はい。
…悔しいからというより、そうしなければあそこで剣術を続けることは出来なかったので」
続けられたのは先生がいてくれたからだ。
女である私を女だからと諦めず、ずっと見ていてくれた。
だから私も決めたのだ。
"女"を理由にして甘えを許さない、勝てるまで諦めない、と。
「僕は別にそんなつもりで言った訳じゃないんだけどな」
「分かってます。
ですから、沖田さんに対して怒ってた訳じゃないんです。
そういう決まりを作っておいて、稽古中に"女"を見せた自分に腹が立ったんです」
そう言えば、沖田さんはとても驚いた顔をした。
自分でも分かってる。私は意地っ張りで、ただ負けず嫌いなだけだ。
無理を通そうとしているのも分かってる。
それでも嫌だった。
自分に負けることが一番悔しかった。
「笑いたければ笑ってください。
ただそれだけなんです。それだけのことにこんなに必死になって…」
「笑わないよ」
不意にそんな声が聞こえ、私は顔を上げる。
「僕は笑わないよ。
君はそうして覚悟を決めて、ずっと頑張ってきて、そこまで強くなったんでしょ?
それの何を笑えっていうの」
不意に泣きそうになったのは、気のせいだろうか。
他人からしたらくだらないであろうことを、こんなふうに言ってくれるとは思わなかった。
「僕としてはむしろ、そこまで君を馬鹿にしておいて負けたお兄さん達のほうが笑えるね」
「あ、それは私も笑いました」
そう言えば弾けたように笑い出した沖田さん。
私も一緒になって笑う。
「そういうことするから、嫌われちゃうんじゃないの?」
「のぞむところですよ。
私もあの人達が嫌いですから」
そう言えば、沖田さんはまた笑う。
「和葉ちゃん、明日も試合しようか。
三段突きで僕を倒してごらんよ」
そう言っていつも通りニヤッと笑う沖田さん。
私も笑って答える。
「…言われなくてもそうしますよ」
それを聞いて去っていくその背中に、
「沖田さん、ありがとうございました」
と言い残して、私は部屋に走った。
「…かわいくない女の子」
という沖田さんの声は、私には聞こえなかった。
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