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戦う女
8 [side和葉]



「山南さんのおっしゃる通り、先生の死が家を追い出されるきっかけになったのは確かです。

ですがそれ以上に、私自身、先生が亡くなった時点でもうあそこにはいられないと思いました。

私は二つ返事で栄次郎兄様の条件をのみ、家をでました」





昔、先生が度々私に謝ってきたことがある。


お前に剣術しか与えてやれなかった
女子としての道を指し示してやれなかった、と。



私は剣術をやれれば十分だったから、その時は先生の言葉の真意がわからなかったが、
もしかしたら先生は、いつか私が家を出ることになると分かっていたのかもしれない。

そしてその時、私が自分の生き方に迷うことになると―…







「…千葉栄次郎ってそんな奴だったんだな…
なんつーか…ちょっとがっかりだぜ」



「あぁ。
嫌いだからって追い出すこたぁねーだろう。
いくら剣術が強くたってそれじゃな…」





平助君と原田さんの言葉に苦笑する。





「あの家は皆良くも悪くも負けず嫌いでして。
栄次郎兄様が一番その傾向が強いんですよ。

私も血が繋がっていないとは言え、その性格は色濃く受け継いでますし…」





そう言うと、沖田さんが口を開く。





「確かに君、一君に負けて相当悔しがってたもんね。
負けて当然なのに」





この人のこういうところにも馴れてきたとは言え、やはり頭に来る時は来る。







「しかし今の話を聞く限り、名前を偽る必要はどこにもないようだが。
かの男は千葉の名を名乗ってもよいと言ったのだろう?」





斎藤さんの言葉に、私は頷く。





「ええ。それはそうなんですけど……」












千葉家を出た私がまず身を寄せたのは、桶町の千葉道場だった。

ここの道場主・千葉貞吉先生は周作先生の弟で、この道場は"小千葉"と呼ばれて人々に親しまれている。



貞吉先生には二人の子供がいる。
兄は重太郎、妹は佐那子といって、いずれも剣術は小千葉の中で一、二を争うほどの腕前だ。

私は小さい頃からよくこの道場に来ては、三人で試合をしたり、佐那ちゃんと遊んだりしていた。





貞吉先生は私の話を聞くと、何ならここにずっといたらどうだとまで言ってくれた。

私はそうすることにした。
重太郎兄様も佐那ちゃんも、喜んで私を迎えてくれた。

私は小千葉道場で再び稽古に励み始めた。
昔のように三人で試合をして、勝ったり負けたりした。





そうして一月を過ぎた頃、ある噂が立ち始めた。

「玄武館の栄次郎殿が、お稜さんに金を積んで追い出したらしい」

というものだ。

私が小千葉にいると聞き付けた門下生がわざわざ訪ねてきて、真意を確かめていたほどだ。

噂自体は間違ってないが、そんな噂が立つのは私としても望むところではないので、
私は自分の意志で家を出た、と言い続けた。

しかし私が養子であることや、その私が周作先生に目をかけられて義兄に嫉妬されていたこと、
最近義兄に試合で勝つようになったことを門下生達はみんな知っていたので、
そのせいで玄武館の、栄次郎兄様の評判が落ち始めた。





私はもうここにはいられないと思い、旅仕度をして小千葉を後にした。





北辰一刀流関係の道場にはいられないと分かった私は、それ以外の道場を渡り歩いた。
江戸には道場が腐るほどあるし、何しろ自分には剣術の腕しかなかったため、そうするしかなかった。

しかしそうしたところで、江戸の道場が千葉の名を知らない筈はなく、私は名前を変えることにした。





「宮尾和葉、北辰一刀流免許皆伝です」

と名乗れば、皆一様に驚いた。

そりゃそうだろう。まだ元服を過ぎたばかりのような成りをしたガキが、一刀流の免許皆伝だというのだから。

おかげで多くの人が私と立ち会ってくれ、剣術の腕だけは衰えることはなかった。





しかし、宿屋に日雇いだった時は苦痛だった。
炊事洗濯はからっきしで接客も無愛想だったため、必然的に力仕事に回されたのだが、これがまたつまらない。

しかし食いぶちを稼がなければ死んでしまう。

この時ほど、剣術を与えてくれた先生に本気で感謝したことはない。





そうしてだんだん一人旅に馴れてきた頃に、ある事件が起こり、私は剣すらも失うことになるのだが…

それはまた別の話だ。


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あきゅろす。
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