戦う女
5 [side千鶴]
―翌日 朝―
「ん…あれ、和葉?」
目が覚めると、隣で寝てるはずの和葉がいなくて、私は体を起こした。
昨日は私が、「一緒に寝よう」と誘ったのだ。
和葉は、私の足元で火鉢に当たりながら刀の手入れをしていた。
頬に貼られた、傷の保護の白さが最初に目についた。
「おはよう、千鶴」
和葉は笑顔で挨拶してくれた。
でも、やっぱりちょっと元気がない。
(そうだよね…昨日の今日じゃ…)
昨日の事は、人を殺したくない和葉には相当きつかったはずだ。
あの時、和葉と目が合って思わず泣いてしまった。
あの時のやり場のない罪悪感に苛まれた目は、和葉の心そのものだったんだろうと思う。
(和葉は…何も悪くないのに…)
この間といい昨日といい、まるで戦いたくない和葉を無理矢理戦場に引き込んでいるみたいで、胸が痛む。
それに、そうさせたのは自分が戦えないからだというのも悔しかった。
「千鶴?」
「!」
呼ばれてはっとする。
私が慌てて「何でもないよ」と笑うと、
「……ごめんね、色々…」
と、和葉は苦笑した。
「千鶴に甘えてばっかりで…駄目だなぁ…」
独り言のように呟いた。
「な なんで?私何もできなかったのに……」
「…君達、起きてるならちょっと話があるんだけど、いいかな?」
私が言葉に詰まるのと同時に、障子の向こうで突然沖田さんの声がした。
私はびっくりしてそっちを見る。
和葉は別段慌てもせず、すたすたと歩いて行って障子を開けた。
「…おはよう、和葉ちゃん」
「おはようございます、沖田さん」
二人の間にそこはかとなく冷たい空気が流れる。
いや、正確には和葉は普通だけど沖田さんの目が冷たい。
…それは、和葉も"あの人達"と接触してしまったからなんだろう。
「…広間に来てくれるかな?みんなもう待ってると思うから」
沖田さんは顔は笑ってそう言うけど殺気丸出しで、私は返事もできなかった。
代わりに返事をした和葉が私のほうを向いて、「行こう」と言い、私達は部屋を出た。
「…あの、沖田さん」
歩いて少しすると、和葉が苦笑して後ろを歩く沖田さんのほうを向いた。
「何?」
「そう殺気丸出しで後ろを歩かれると…さすがに落ち着かないんですけど」
それは私も言いたかったことだ。
でも沖田さんは笑って、
「でも君に後ろを歩かせて斬りつけられても嫌だし」
と言った。
それを聞いた和葉がため息をついて、大小を腰帯から抜いて沖田さんに差し出した。
「なら、これでいいでしょう。」
沖田さんはしばらく黙っていたけど、やがてそれを受け取ると、
「まぁ君ごときに斬られるほど、僕は弱くないけど」
と言いながら、私達の前を歩いて行ってしまった。
和葉は私と目が合うと肩を竦めて、沖田さんの後に続いた。
広間に着くと、平助君や原田さんが、私達に「もう落ち着いたか」「怪我は大丈夫か」などと声をかけてくれた。
沖田さんとの間に張り詰めていた空気が、少し和らいだ。
私達が座り、場が落ち着くと、近藤さんが話をきり出す。
「二人とも、朝早くから済まない。昨日の今日で疲れているとは思うが、少し話を聞いてくれ」
私と和葉は無言で促す。
そして土方さんが口を開いた。
「率直に言う。宮尾、新選組に入れ。
それが出来ねぇならお前には死んでもらうしかない。
…昨日のを見ちまったからな」
「なっ――…」
突拍子のない台詞に、私も和葉も固まってしまった。
(そ…そんなの……)
ひどい。いくら何でもひど過ぎる。
「ど…どうしてですか!?和葉は何も悪くないのにそんな…
隊士になるか死ぬかどちらか選べとおっしゃるんですか?」
私が思わず喋ると、土方さんが鋭い視線を私に向ける。
「選ぶのは宮尾だ。お前には関係ねぇ。黙ってろ」
土方さんの気に圧されて私は黙る。
そしてそれまで黙っていた和葉が口を開いた。
「…今まで通り雑用係というわけにはいきませんか?」
「隊士でもねぇ人間をいつまでもここにおく訳にはいかねぇ。
…言っておくが、お前は剣術が出来るみてぇだから入隊を持ちかけたんだぜ。それがなけりゃとっくに殺してるところだ。
…明日までに返事を考えておけ。ただしこれは、一度お前に助けられた俺達からの最後の情けだ。いいな」
普段あまり表情を変えない和葉が、この時ばかりは冴えない顔をした。
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