「あなた、暇なの?」
ゴールデンウィークとか、そんなことは微塵も気にせず今日もお仕事に励む風紀委員長様は、イタリア語を叫びながらドアを開けたイタリア人を見るなり、冷たい視線を投げ掛けた。
その手に握られた花束とか、白スーツで正装していることとかは、お構いなしで。
「えーと……結構最近忙しくて、今日は無理矢理休暇をもぎ取ってきました……」
「イタリアにはゴールデンウィークとかないだろ。なんで急に」
そこまで言い募ってから漸く、雲雀はディーノの持っている花束と、正装の意味に気づいたらしい。はっ、として手を止める。
「今日だっけ」
「今日です」
いっそ間抜けな間があって、雲雀は半ば上の空で呟いた。
その、雲雀が忘れていた今日の為に、仕事を詰めに詰め、押し倒し、踏み倒し、蹴倒し、部下に散々迷惑顔をさせて予定を開けた身としては、少々いたたまれないものがある。
ディーノはがっくり、と肩を落とした。
「で?」
しかし雲雀は、そういうことなら、と机の上の書類を揃えて、ディーノの方を向いた。
細く、長い指をしなやかに組んで、その上に顎を乗せ、口元にはうっすらと笑みを浮かべて。
……切り替えの早いことで、とディーノは内心苦笑して、改めて手にした花束を雲雀に差し出した。
「Buon compleanno、恭弥」
「気取らないで、日本語で言えば良いんだよ」
全く、と言いながら雲雀は差し出された花束を受け取る。
赤い薔薇ばかり、十数本。
「年の数だけ……ってやろうと思ったんだけど、よく考えたら恭弥の正確な歳、知らないんだよなー」
ちらりと情けない顔を浮かべて、ディーノはひょいと肩を竦める。
そんなディーノのことなどお構いなしで、雲雀ははたはたと手を叩いた。
すると廊下に控えて居た彼の腹心の部下が、間髪入れずに姿を現す。
「お呼びでしょうか」
「これ、生けといて。それ終わったら、今日は終わりでいいよ」
は、とリーゼントの彼は深々と頭を下げると、雲雀の手から花束を受け取って一度退出した。
「……なんかなー」
「なに不満そうな顔してるの」
「いや、飾ってくれるのは嬉しいんだけど、あっさり他の奴に渡されると、ちょっと」
「嫉妬?」
くすり、と雲雀が笑う。
挑発的に光るまなざしが、ディーノの蜂蜜色の瞳を捉えた。
「そんなとこ」
ディーノはぷくりと頬を膨らませると、雲雀の顎に指を掛けて、触れるだけのキスをした。
「ねえ、ところでプレゼントってあれだけ?」
応接室でキスに及んだことについては何も言わず、雲雀は「そんなわけないよね」と言わんばかりの視線でディーノを見上げる。
全く、駆け引き上手な恋人だ。
「んな訳あるか」
十数本の薔薇の花束だって、決して二束三文で買えるような物ではないのだけれど。
雲雀は実用的でないものは喜ばない、ということはディーノもよく分かって居る、ということを、雲雀はよく知っている。
「今から一緒に買いに行こう?」
ディーノは雲雀の手を取って、そこに軽く口づけた。
「何でも好きなもん買ってやる」
「言ったね?」
「あー、予算の範囲内でな?」
「いくら用意してるのさ」
ロマンティックなデートとはほど遠い、現実的な質問だが、しかしそう聞いてくると言うことは、買い物に付き合ってくれるということ。
ディーノはにっこりと笑って、愛しい恋人の耳元に今日の予算を告げる。
予算には満足してくれたらしい。ふん、と雲雀は口角を上げて立ち上がった。
「夕飯は、ハンバーグだよね?」
「仰せのままに」
恭しく傅くディーノの姿に満足して、雲雀はバサリと威勢良く学ランを羽織って、応接室を後にする。
「何してるの、行くよ」
「はいはい」
今日は一日、思い切り甘やかしてやろう。
一年で一日の、特別な日だから。
ディーノはこれからのデートコースに思いを馳せて、幸せそうに雲雀の後を追いかけた。