「ピアス?」
ディーノが差し出した箱を開けて、雲雀は首を傾げた。
昼下がりのオープンカフェは午時を過ぎた所為か閑散として、おしのびで逢い引きするには良い雰囲気。あたたかな午後の日差しが帆布のパラソルに跳ねて、ふわふわと降り注いでいる。
こげ茶色のウッドテーブルの上には空になったエスプレッソの白いカップがふたつ寄り添って、少し早いシェスタを楽しんでいた。
「リングじゃないの?」
言いながら雲雀は、深いブルーの小箱を指先でつん、とつつく。
その中には、さわやかなタンジェリン・オレンジの石が嵌まった小さなピアスが座っている。
「精度A以上のリングしか受け取らない、って言わなかった?」
少し不満げに眉を持ち上げる雲雀に、ディーノはだって、と苦笑してみせる。
自分の方へ差し出された小箱を持ち上げて、再び雲雀の手のひらへ乗せて、まとめて大きな手で包み込んでしまう。
「リングはすぐ使い捨てにすんだろ、お前」
言いながら雲雀の手元に目を遣る。
細くて白くて長い指に嵌まっているはずの、先日ディーノが贈ったアメジストのリングが無い。
どうせまた、常識外れの量の炎を纏わせて、割ってしまったのだろうとは思いながら、ディーノは雲雀の右手の中指を自分の親指で撫でる。
「前やったのは?」
ここに填っていたあれだよ、と言わんばかりに動く無骨な指を邪魔そうに払いのけ、雲雀は右の中指にちらりと視線を落とす。
「だいぶ保ったよ。この間割れた」
悪びれずに言う雲雀の顔に、パラソル越しの光が射す。ディーノはやれやれ、とため息を吐いた。
「使ってくれんのは嬉しいけどさ、せっかくやっても割られちゃうんじゃ」
寂しい、と言って、ディーノは雲雀の右手を捕まえると軽く口付けた。
ばか、と雲雀の唇が動く。
「使えないもの貰っても嬉しくない」
ぷう、と口を尖らせる仕草は昔からちっとも変わっていなくて、ディーノは目を細める。しかし、そうは言いながらも手のひらに押し付けられた小箱の中身を手にとってみる姿に、確かに大人になっていることを感じる。
「ひとつくらい、残るもの贈らせてくれよ」
すっと手を伸ばして雲雀の手の中の箱を取り上げると、片方だけそこに残されたピアスをそっと掬う。
そして、雲雀の耳にそれを宛がった。
「うん、似合う」
「そうかな」
こんな色身に着けたことない、と戸惑いを浮かべる雲雀に、ディーノは小さく笑って答える。
「お前に、俺が似合わない訳ねぇだろ?」
なるほど大空色のオレンジだ、とてのひらの中のピアスに目を落とす。
「あなたがずっと耳にくっついてるなんて、気持ち悪い」
手の中のピアスを弄びながら雲雀が呟くと、ディーノは途端にはちみつ色をした瞳を潤ませる。
「それに、僕穴開けてないし」
みるみるしょんぼりと肩を落とすディーノを見て、雲雀は少し口角を上げて言い募る。ディーノはすっかりしょぼくれて、空のカップを引き寄せて口を尖らせる。
「空けてやるよ」
「これ以上僕を傷物にする気?」
つんとすました雲雀は、ディーノの手から大空色の片割れをつまみ上げ、自分が持っていたそれと合わせて丁寧に箱へとしまい直す。
そして、席を立つと小さな箱を胸の内ポケットへと落とした。
「まあでも、気が向いたら使ってあげるよ」
その言葉に、ディーノは弾かれたように顔を上げる。
ぱんぱんとスーツの皺を払いながら、雲雀はちらとディーノを振り返る。
「その代わり、次は精度Aのリングね。僕に死んで欲しくなかったら精々貢いでよ」
そして高慢に笑って、ラペルをぴっと整えた。なんだよそれ、と苦笑するディーノにばいばいと手を振って歩き出す。
「貴方からの贈り物しか身に付けないことにしてるんだから」
すれ違い様、ディーノの耳元に爆弾を落として。