「なぁ恭弥、いい加減機嫌直せって。」
オレは、ベッドの上で丸くなっている恭弥の隣にぽすんと腰を下ろす。
恭弥はぴくりともしない。
知らない、馬鹿。という言葉が直接脳に響く……ような気がする。
「恭弥。」
優しく名前を呼んで。
恭弥が被っている布団の上から、ぽんぽんと二回撫でた。
もぞ、と不機嫌そうに布団が動く。
「俺が悪かったって。」
違うのだ。
本当は、悪いのは恭弥。
大したことじゃない、リストランテのメニューにハンバーグが無かった、それだけ。
だけど、俺の困った小鳥さんはそれですっかり臍を曲げてしまった。
でもそれも、自覚はないんだろうが疲れていて、八つ当たりしたいだけなんだろう。目の下の色が少し悪い。
だからオレは、黙ってサンドバッグになってやる。
そうすれば、ほら。
「……謝るなよ。」
布団の中から低い声。
「お前の好物を出す店に連れて行ってやれなかったから、ごめん。」
「……」
内心では、自分が我が儘を言っているだけだと気づいているのだろう。
それなのにオレが謝るもんだからきまりが悪い。そうだろ、お姫様?
「……もう、いい。」
案の定、恭弥はばさりと布団をはね除けて顔を覗かせた。
むす、と口をへの字にしちゃってまぁ。
可愛いったらねえ。
「恭弥、すき。」
わざと静かな声で、ちょっとだけ口角をを上げて、笑う。
だいすき、と呟きながら指先で白い頬を撫でた。
への字に結ばれたくちびるをつん、とつついてやると、がり、と咬まれた。
「わお、咬み殺された。」
ほんのり血が滲む指先。
恭弥のくちびるの隙間から取り出してぺろ、と舐める。
うるさい、と呟く恭弥の頬がほんのりと赤い。
それが可愛くて、オレはわざと見せつけるように自分の指に舌を絡ませる。ちゅうと音を立てて唇を離す頃には、恭弥の瞳が浮かされたようにきゅうと細められていた。
けれど、眉間には不機嫌そうに皺が寄っている。その色っぽい眼差しに、自分でも気づいて居ないのだろう。
こうなるともう、その頑なに潔癖たらんとする姿勢を滅茶苦茶に乱してやりたくて仕方がなくなる。そうして自分が雄のまなざしになるのを、隠そうとはしない。
けれどそれ以上はしない。
恭弥から求めてくるまでは。
「……ばか。」
しばらくにらめっこが続いて、それから恭弥はふいと後ろをむいてベッドに倒れ込んだ。
「何が?」
恭弥が言いたい事くらい察しているけれど、ここで手を差し伸べるのは勿体無い。
追い詰めて追い詰めて、余裕の無くなる顔を見せて欲しい。
だからはぐらかす。声を低めるのは忘れないけど。
「もう……いい。」
「本当に?」
クスリと笑ってベッドに腰掛けると、俺は恭弥の腕にそっと触れる。いやらしくない程度に軽く撫で、それから手のひらと手のひらを合わせて指を絡めた。
少し高い恭弥の体温。
このまま組み敷いちゃおうかな、と邪な思いが過るけれど、まだ、だめ。
「も、知らない……!」
手のひらを振り払われる。本当に素直じゃない。
やれやれ、と俺はわざとらしいため息を吐いて、ベッドから立ち上がる。
「俺はサブベッドルームで寝るからな。おやすみ、恭弥。」
そう言って寝室から立ち去ろうと、ドアノブに手を掛ける。
ガチャ、とノブが回る音が響く。
「……待ちなよ……」
ほら、来た。
なんだよ、と俺はドアノブに手を置いたまま振り返る。
もっと求めろ。俺のことを。
「……行くな。」
なんとかそれだけ絞り出す様に言うと、恭弥はぼすんと枕に顔を埋める。
及第点……かな?
俺は恭弥に気付かれないよう口元だけで苦笑して、そっとドアノブを戻す。
そしてゆっくりとベッドの所まで戻る。
「行かなくていいのか?」
もう知らない、んだろ?と問うと、恭弥は不機嫌そうな……けれど浮かされたままの瞳でこちらを睨む。
「……知らないよ。」
「じゃあ行くぜ?」
「やだ」
どうしたら良いんだよ、と苦笑してみせる。
答えは解りきってるけど。
「ここに居させてあげるから、有り難く思いなよ……」
相も変わらず尊大な物言いだけど、素直にここにいて、と言えない様がまた愛しい。
「此処に居たら、何もしない自信ないんだけど?」
ベッドに膝を乗せて恭弥の顔を覗き込むと、恭弥は一瞬目を見開く。
「今の恭弥、すげーいやらしい目してる。自覚ない?」
頬に手を添えて囁くと、恥ずかしそうにぎゅっと目を瞑る。
「知らないよ……!」
「それは、俺が何しても関知しないってこと?」
もう愛しくて堪らなくて、追い詰めてるつもりが追い詰められてる。
沈黙を肯定の返事と受け止めて、そのまま唇を合わせた。