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月見[+10]





 「・・・やぁ。」

 「それ」はゆったりと振り向いた。

 「それ」がきょうやだ、と認識するまでには、少し時間が必要だった。
 羽織っている深い紺色のキモノは、夜に溶けて漆黒と見紛うばかり。そこからにょきっと伸びた細く、白い、手足。
 こちらを振り向いた顔に張り付いた、薄い笑みの形をした唇だけ、赤い。
 酷く、美しいいきもの。

 「どうしたんだよ、こんなところで。」

 草壁に案内されたのは、神社の…何と呼ぶのだろうか、小さな建物の、外廊下とでも呼べばいいのか?建物の外をぐるりと巡る板張りの空間、だった。
 そこで恭弥はひとり、空を見ていた。
 空には雲が薄くかかり、星は殆ど見えないと言うのに。ただ、気味の悪い月だけが大きくて、お世辞にも空を見上げるのに良い日とは言えない。

 「あなたも座りなよ。」

 俺の問いには答えないで、恭弥は薄笑いを浮かべて手招きをした。
 その手には、小さな盃。
 恭弥の隣まで歩み寄って見ると、床の上に酒の器とおぼしき小さな陶器の瓶が数本、転がっていた。

 「呑んでたのか?」

 「うん。今日は、月が綺麗だからね。」

 恭弥は俺から視線を逸らして、空を見上げる。
 確かに空には月ばかりが目立つが、どうもそれを綺麗だと思う感性を、俺は持ち合わせていないらしい。

 「座るの、座らないの。」

 「・・・座ります。」

 少し不機嫌そうな声に促されて、俺は恭弥の隣にどかりと腰を下ろした。
 すると、にょきっと恭弥の腕が伸びてきて、手に酒瓶を握らされる。

 「注いで。」

 そして、続いて盃を持った恭弥の手が伸びてきた。

 「お前なぁ・・・」

 そこは、あなたも呑む?って言うところだろ、と苦笑しながら恭弥の盃を満たしてやる。

 「あなたが来るなんて聞いてないよ。」

 あー、つまりそれは、酒も盃も一人分しかありませんよ、ということか。
 まあ、それならそれで良いんだけれど。

 「少しくらいわけてくれよ。」

 「盃が無いよ。」

 そう言いながら恭弥が酒を口に含む。
 その瞬間を狙って、肩を抱き寄せた。
 日本酒のきついアルコールが二人の唇の間で気化して、一瞬で酔いが回るような気がする。
 少しだけ不快そうに恭弥が俺の胸を押すけれど、無視して舌を絡めた。
 すると直ぐにとろとろに溶けた舌がキスに応じる。
 少し、酔っているようだ。
 そのままとさりと軽い音を立てて、板張りの床へと細いからだを押し倒す。

 「ちょっと。何か用事があって来たんじゃないの。」

 「別に、恭弥に会いたくて来ただけ。」

 「僕は仕事があるんだけど。」

 「こんなトコで酒呑んでる暇はあるんだろ?」

 酒の所為なのかどうなのか、赤くなった顔で抵抗しようとする恭弥を、俺がくすくす笑って丸め込む。
 とろんと溶けた瞳が少しだけ困ったように細まり、けれどすぐに、降参、と言わんばかりに瞼が下りる。

 「誰かに見られたらどうするの・・・」

 「ここ、風紀財団の私有地・・・なんだろ?」

 それくらい知っている。
 草壁には人払いを頼んでおいたから、こちらが出て行くまでは誰も入ってこない。
 そう恭弥に伝えながら、やんわりと唇を合わせて啄むようなキスを繰り返す。
 羽織った和服の襟をつい、と撫でてやると、ふぅ、と諦めの混じった、しかし何かを期待するような小さな溜息が聞こえる。


 「月が--見てるよ。」








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十五夜だ!と思って書き始めたんですが結局難産で間に合わず。
キリリク用の格好良い跳ね馬を模索中・・・



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あきゅろす。
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