「ねえ」
突然恭弥が口を開いたので、俺は読んでいた雑誌から顔を上げた。
風紀の仕事をしているのかと思ったら、なにやら雑誌を読んでいる。
「僕の上半身と下半身どっちが好き?」
「をぶっ!!!」
あまりに突然の発言に、俺は間抜けな声を上げて噴出してしまった。
「なっ……恭弥、それはどういう意味……」
とりあえず呼吸を整えて、改めて恭弥の言葉を反芻してみる。
けれど、どう考えても……その、なんというか、変な意味にしか取れなくて、俺は柄にもなく赤面した。いや、別に猥談が苦手ということじゃなくて、恭弥の口からそれを聞く日が来るだなんてこれっぽっちも思っていなかったから。
「そのままの意味だよ。上半身と下半身、どっちか好きなほうだけあげる、って言ったらどうする?」
しかし恭弥は、自分がどんな爆弾発言をしてるのかまったく気づいていない様子で、淡々と俺に答えを迫ってくる。
そんなこと、急に聞かれても。考えたことも無いし。
「いや、待て恭弥……そんなこと聞かれてもだなぁ……」
「いいから答えなよ。」
「え……と」
上半身。腰から上と考えて良いだろう。ついてるパーツは、頭と、顔と、胸……
下半身。いわずもがな。だいじなとこ。
人間として大事な部分は上半身にくっついてるけど、でも上半身だけじゃ……ナニが。できない。
……いや、そうじゃない、きっと恭弥が聞きたいのはそういうことじゃないんだろうけど、じゃあどういうことなんだと言われても、今ばかりは恭弥の頭の中が想像もつかない。
とりあえず、俺にいえるのはただひとつ。
「両方ないと嫌です……」
「最低だね。」
ぱたん、と読んでいた雑誌を閉じて、恭弥はため息をついた。
じゃあお前はどういう答えを期待していたんだよ!と俺のほうがため息をつきたい気分だ。
「何でだよ、突然変なこと聞いてきて……」
「欲張りだって言ってるんだ。」
どっちか、って言ったのに。と恭弥はむぅ、と膨れた。
ダメだ、どうしても今日の恭弥が考えていることは俺には理解できない。
「じゃあ、恭弥は俺の上半身と下半身だったらどっちが好きなんだよ。」
「上半身。」
苦し紛れに俺が聞くと、恭弥は即答した。
そりゃもう迷いなく、きっぱりはっきり。
「何でだよ。」
「あなたの下半身は節操がないからね。」
ぐさっ、と恭弥の一言が胸に突き刺さった。
いや、浮気なんかしねーぞ俺。ただ、ちょっと、好きすぎて抑えが利かなくなることが時々あったり、なかったり、あったり……な、だけだ。
「上半身だけあれば口も利けるし、抱きしめてももらえるし、それで十分。」
が、何気なく続けられた恭弥の言葉に、俺はぱっと顔を上げる。
なんか、今、すげー嬉しいこと言われた、気がする。
「恭弥……!」
たまらず飛び上がって、俺は恭弥を抱きしめにいく。
恭弥はデスクチェアに腰掛けたままだから、後ろから肩を抱くしかできないけれど。
それでも十分だ。
「大好き、恭弥。」
「……馬鹿。」
そう言いながら、俺の腕を振り解こうとはしない。
いつもいつもつれない態度ばかりだから、こうするのも本当は迷惑なのかな、とひそかに心配していたんだけれど、トリコシグロウというやつだったようだ。
なんて可愛い奴!
「あとな、恭弥」
上半身はこんなこともできるんだぜ、と囁いてから、恭弥の唇に軽いキスをした。
ばか、とさっきよりも小さな声が聞こえて、恭弥の耳が赤く染まった。
「……確かに、どっちか選べといわれたら上半身の方がお得だな。」
その染まった耳を軽く齧ってやりながら囁くと、恭弥の背中がぴくりと跳ねた。
やめてよ、と吐息混じりの声は誘っているようにしか聞こえない。
くす、と思わず笑みが漏れて、ホテル戻ろうぜ、と囁いてやる。すると恭弥はふい、と顔を背けた。
嫌だと言わないのは、承諾の証。
……なあ、やっぱり下半身も大事だと思うんだ。恭弥。
愛を確かめ合うためには、さ。