「暫く会えなくなるから。」
突然ふらりと俺の家を訪れた恭弥は、一夜を過ごしただけでさっさと帰り支度を始めてしまった。床に散った衣服を集め、パンッと皺を払って、ワイシャツだけ荷物から新しいものを出して、ネクタイを締めながら、そう言った。
「……ああ。」
このところイタリアだけでなく、世界中の裏社会に漂っている不穏な空気は、俺も感じていた。
お互いにファミリーを守る為、いや、恭弥はあくまでも「風紀」とやらを守る為かもしれないが、いずれにせよ、俺達が忙しくなるだろうことは想像に難くない、どころか、確定事項と言っても良かった。
……暫く、どころか永遠に会えなくなるかもしれないな。
縁起でもない、しかしその可能性は否定できない想像に苦笑して、俺は恭弥を抱きしめようと腕を伸ばした。
「やめてよ、今生の別れじゃあるまいし。」
「……ただのお別れのハグだって。」
「馬鹿。」
そう言いながら恭弥はついと俺の頬に唇を寄せてきた。ちゅっと軽い音がして、それはすぐに反対側にも触れた。
「行ってくるよ。」
「……ああ、いってらっしゃい。」
離れた顔にすかさず、恭弥がしたように挨拶のキスをした。
すると恭弥は綺麗に笑って、じゃあね、と踵を返すと、
「ああ……懐かしい顔に会うだろうけど、手を出したら駄目だよ。」
立ち去り際、ちらりと振り向いてそう言った。
俺が恭弥以外に手を出すもんか、と笑ってやると、恭弥は
「あなたは僕のものだよ。」
なんて嬉しいことを言うから、その意味ありげな笑顔の真意なんて、気にもしなかった、んだけど。
さて、この腕の中で無防備に眠る生き物をどうしてくれようか。
……手を出したら駄目だよ。
とは、なんとも酷いお預けではないか。
ああ、畜生。反則だ。
十年前の姿をした恭弥の、まだ小さな丸い頭を撫でてやりながら、俺は祈るように愛しい人の顔を思い浮かべる。
そう、俺の恭弥はもう大人。こいつは俺の恭弥じゃない。
でも、だけど、紛れもない恭弥自身でもある訳で。
ああもう、早く帰ってきてくれ恭弥。
俺が、この可愛い生き物を食っちまう前に!