すぐ、戻ってくるから。
そう言った彼の顔が、まだ脳裏に焼きついている。
どうせ「すぐ」なんていうのは方便で、また一ヶ月や二ヶ月待たされるのはいつものことだから、そのつもりではいるけれど。
彼のくれるやさしい言葉に、少しだけ期待してしまうのもまた、いつものこと。
落ち着かない気持ちのまま、携帯電話を無意味に開いてみて、メールも着信もないことを確認して、また閉じる。
それからまた風紀の書類に目を移してみるけれど、視線は無駄に泳いで、そして机の上に出しっぱなしの携帯の上で止まる。
彼と別れた後はいつもこうで、いい加減、彼に絆されている自分に少しだけ嫌気がさす。
跳ね馬がこの校門を出て行ったのは一時間ほど前のこと。そろそろ空港に着いているはずで、それならば何かしら--また来る、だとか、今から飛行機に乗る、だとか--の電話やメールが来る頃だ。
だけど今日はここを出る時、酷くしょんぼりした顔をしていたから、連絡はしてこないかもしれない。別れ際がなんとなく悲劇的な空気になったときは、半日も経っていないのに連絡するのが気まずいらしい。
離れたくないの、帰りたくないのと散々大人気ない駄々をこねた後だ。僕だってうっかりそれにほだされて少しばかり--何といえばいいのだろうか、息の詰まるような気分になっていて、そんなところに「また来る」だとかメールを貰っても、余計息が詰まるだけだ。
だから今はメールなんて来ない方が嬉しいのに、視線はさっきからうんともすんとも言わない携帯電話をチラチラと見てばかりいる。
思わず、ため息が漏れた。
時計の針はいつの間にか昼時を指している。飛行機はとっくに出てしまっただろう。
知らずため息が漏れ、ああ本当に絆されてる、と天井を仰いだ。
こんな姿、決して跳ね馬に見られるわけにはいかないけれど。
「・・・早く帰って来い、ばかうま。」
そう呟いて、携帯をソファに投げつけた。
どうせあと十二時間は、鳴りやしない。