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理由[+10]





 別れ話があった訳ではない。
 そう、言うならば自然消滅?
 お互い忙しさにかまけて、会う間隔は年を追うごとに開いていき、いつの間にか、キスも、ハグさえもしなくなって。
 最後に、次はいつ会える?と聞いたとき恭弥は薄く笑って、ただ、

 「バイバイ。」

と。

 それで終わりだった。


 それから恭弥の活躍は目覚しく、ボンゴレ幹部として、というよりは風紀財団委員長として、その名前を裏の世界に轟かせるようになっていた。
 個人的な連絡は取り合っていないにもかかわらず、まるきり浮雲のようなふわふわとした足取りは、しかし確実に俺の耳に入ってくる。
 北イタリアで大きな組織をつぶしたかと思えば、アメリカの西海岸でひと暴れ。
 ひとつところに長くとどまらない、恭弥らしいといえばとても恭弥らしい行動の軌跡が耳に届くたび、元師匠として誇らしいような、元恋人として少し、寂しいような。

 ただ、ひとつだけ気がかりは、日本に--並盛に立ち寄ったという噂を、まったく聞かないこと。



 「……やあ。久しぶり。」

 「……恭弥……」

 鉢合わせたのは、ボンゴレ本部の廊下。
 の、ツナの部屋の前。きっとお互い用事は似たようなものだったのだろう。
 俺がツナと会っている事を知っていたのだろう、じゃあなとツナに挨拶をしてドアを開けた瞬間、目の前にあった恭弥の顔は、ひどく冷静に簡単な挨拶を俺に告げた。
 それだけを告げて俺とすれ違おうとする恭弥の手を、反射的に捕まえる。

 「話、したい。」

 「僕は沢田に用があるんだけど。」

 「終わるの、待ってるから。」

 「……勝手にすれば。」

 そう言うと恭弥は俺の手を振り払ってドアの中へと消えていった。
 久しぶりに聞いた恭弥の声に、顔が熱くなる。
 勝手にして、とよく言われた。それは了承の返事だと知るまでに長いことかかったのを思い出して、なんとなく懐かしい気持ちになった。
 後は何も考えられずにツナの部屋の前でそわそわしながら待っていると、五分ほどでドアが開いて、恭弥が姿を現した。
 ひと目で恭弥だと判ったけれど、改めて見ると背も高くなっているし、顔もすっかり大人びている。手を出せば噛み付かれそうだった鋭いまなざしは相変わらずだけれど、少しだけ穏やかになっただろうか?

 「何見てるの。」

 眉をひそめた恭弥が不機嫌になる前に、俺はごめんと素直に謝る。

 「話って、何。」

 「ああ……ま、ここじゃ何だから……」

 近くの店にでも、と言いかけた俺の言葉をさえぎって、恭弥が口を開く。

 「じゃ、僕の部屋でいいでしょ。」
  
 防音だよ、とうっすら笑う。
 ……どこで身に着けたんだ、そんな、余裕。
 俺は……こんなにいっぱいいっぱいなのに。
 もう恭弥にとって、俺とのことはすっかり終わったことなのかもしれない、と思って、少しだけ寂しくなった。

 けれど、さしあたり異存はないので黙って恭弥の後を着いていく。
 恭弥の部屋はツナの部屋のならびにあって、廊下の一番奥まった部屋だった。

 「この部屋、あんまり使ってないから。」

 というのはきっと、掃除が行き届いていないけど、という言い訳なのだろう、と思ったら部屋の中は案外整っていて、綺麗だった。
 考えてみたらこの屋敷にはメイドたちが居るのだっけ。並盛で一人暮らしをしていた頃の恭弥しか知らない俺は、この屋敷で暮らしている恭弥の姿など想像もつかない。
 離れてからの時間の長さを思い知らされれるようで、少し寂しくなる。
 適当に座って、と言われたので座る場所を探そうとして、簡素なデスクと、ベッドくらいしかないことに気づく。
 さすがにベッドはないだろうと、デスクの椅子を拝借する。
 部屋の片隅でなにやらしていた恭弥は、どうやらコーヒーを淹れてくれていたらしい。
 トレイにカップを二つ乗せてこちらを振り向いた恭弥が、俺の座っている場所を見て少し意外そうな顔をした。

 「……そっちに座ったんだ。」

 「さすがにベッド借りるわけにはいかねーだろ?」

 ただの男友達の部屋ならば、気にせず借りていたかもしれないけれど。
 俺が肩を竦めると、恭弥はふぅんと気のない相槌を打ってデスクにコーヒーをふたつ置いた。

 「あれ、恭弥コーヒー?」

 紅茶派だったのに、と思ったけれどもう恭弥も二十歳をゆうに越すいい大人だ。いやだよあんな苦いもの、なんていっていた子供の頃とは違うのだろう。

 「……まあね。」

 そう言うと恭弥はブラックのままカップに口をつける。
 すっかり大人になった横顔に思わず見とれていると、気づいた恭弥に睨まれた。

 「で、用って何?」

 「いや…………ちょっと、話したくてさ。」

 俺は手にしたカップに視線を落として苦笑する。
 未練とか、そういうのは無いわけではなくて、会ってしまったらもっとぐちゃぐちゃになるんだろうと思っていた。けれど、再開が唐突過ぎた所為か、確かに顔をあわせた瞬間は頭がいっぱいだったけど、それでも想像していたよりは冷静で、特に話らしい話も無いし、よりを戻そうとか言う気にもなれなかった。
 ただ、気になっていたことをひとつだけ、聞きたくて。

 「日本、あんま、戻ってないみたいじゃねーか。」

 視線をカップに落としたまま俺が問いかけると、ぴくりと恭弥が動きを止めたのが気配で伝わってきた。 
 それからカップを机に置く音と、どさり、とベッドに恭弥が腰掛ける音が聞こえて、俺はちらりと視線を上げた。

 「そうだね。もう随分になるかな……」

 用事もないから、と言う恭弥に俺はなんとなく違和感を覚えた。
 口元が少し上がる、苦笑じみたこの表情は、強がって、嘘をつくときの恭弥の、癖。

 「そっか……いや、お前は並盛を離れないものだと思ってたから、意外でさ。」

 けれど俺にはもう、その理由をあれこれ詮索する権利はない。
 それが、もどかしい、と思った。

 ああ、まだ好きなんだ。

 そう思ったとたんに切なさがこみ上げてきたけれど、いまさらすがり付いて抱きしめたとして、またうまくやれるなんて甘いこと思っていない。
 恭弥を蔑ろにしてしまったのは俺で、恭弥を傷つけたのは俺で、何よりも、離れていた時間が長すぎる。
 もう手が届かないのだと自分に言い聞かせるようにして恭弥の顔を見ようとしたら、うっすらと笑みを浮かべた恭弥と目が合った。

 「あの街には……あなたとの思い出が多すぎるよ。」

 そう言って笑った恭弥はなぜか、とても綺麗で。
 傷つけてしまった過去に責められているような気分で、けれど、ほのかな期待を抱いてしまうことを止められない。

 「……なあ、恭弥……ひとつだけ、聞いていいか?」

 「やり直せるかって?」

 恭弥はつっと立ち上がって俺の前に立つ。
 口元に薄く笑みを浮かべて、ああ、本当に綺麗になった。


 「無理だね。あなたは僕を蔑ろにしすぎるよ。」


 しかし、綺麗な唇からこぼれたのは残酷な通告。
 けれどそれは事実だから、俺には何も、言えない。
 ただ苦笑して、そうだよな、と言うしかできない。

 「ねえ、どうして僕があなたを捨てたか、考えたことあるかい?」

 不意に恭弥が、俺の肩に手を置いた。
 と同時に殺気に近い気配が俺を襲う。
 思わず気おされてしまい、息が止まった。

 「……俺が、恭弥のこと蔑ろにしたからだろ?」

 ずっとそうだと思っていた。
 違うとでも言うのだろうか。
 けれど恭弥はそうだね、と笑って、俺の唇を、塞いだ。

 「だから……あなたがどこにも行かないようにね、殺してしまおうと思ったんだ。」

 突然のことに俺が言葉を失っているうちに離れていってしまった唇が、俺の耳元で囁いた。

 「でも、あなたには、生きていて欲しかったから。」

 だから別れたんだ、と残響のような言葉だけ残して、恭弥の顔が離れていく。
 けれど、頭の芯がぼうっとしてしまって言葉が出てこない。その間に恭弥はすっと体を離してしまう。

 「だから、無理だよ。」

 じゃあね、と恭弥の唇が動いて、その背中がこちらを向く。
 いくな、と喉から音を絞り出して、力の入らない足腰に鞭を打って立ち上がる。
 スーツを纏った、細い、けれど筋肉のついた腕を掴んで、抱き寄せ

 「やめてよ。」

 恭弥の声で、我に返った。
 ごめん、と唇が震えて、俺は手を離すしか出来なかった。


 「……あなたには、守るものがあるんでしょ。」


 そうだ。俺には守るものがある。
 どちらが大切だなんて、天秤に掛けられるものではないけれど、恭弥にとってはそんなこと関係ないのだ。
 一番大切にしてやれないのなら、自由にしてやった方がいい。
 解っているから、俺には手を離すしか、できない。

 「……大事に、しなよ。」

 そう言って恭弥はドアを閉めた。
 それで、終わり。 








*----------*+10悲恋?
たまにはこんなD18も。
拙宅のいつもの跳ね馬なら泣いて縋って「殺しても良いから傍にいて」って言うところたけど、そこを言えない跳ね馬が書きたかった。多分。
新しいパソコンに「恭弥」とか「跳ね馬」とか叩き込むために書いたとか。


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