「恭弥、おやつ食ってていい?」
そう言いながら俺はさっさと、近くのコンビニで買ってきた袋を取り出した。
急いで来たので飯を食いっぱぐれてしまったのだが、しかし来てみれば恭弥はまだ仕事中。後でと思って買ってきていたのだが、今食べてしまっても良いだろう。
「……良いなんて言ってないけど。」
「腹が減っては修行が出来ぬって言うだろー」
言いながら俺はサンドイッチを口へ放り込む。
修行、と言えば恭弥は口を噤む。
……まあ、修行、とでも言わなくちゃ会ってもくれないのだが。相変わらずこの生徒は俺に心を開いてはくれないらしい。
「……それ食べたら相手してくれるんだよね。」
不承不承、と言わんばかりの顔で、しかし恭弥はトントンと手元の書類を揃え始めた。どうやら、仕事に区切りがついたらしい。
口の中のサンドイッチを飲み込んで、ペットボトルの水で流し込む。
「おう、ちょっと待ってろよ。」
俺はにっこり笑って恭弥の方を向くと、コンビニ袋に残ったデザートを取り出す。
まるまると大きな、チョコチップクッキー。
ぴっと袋を破り、中身を取り出すと口にくわえる。さっさと飲み込んでしまおうとペットボトルに手を伸ばした。
「僕もお腹空いた。それ頂戴。」
その時、すぐ頭上から声がして、恭弥が俺の前に立つ気配がした。
いいぜ、とくわえたクッキーを口から離そうと顔を上げると。
目の前に、恭弥の顔があった。
あれ、と思う間もなく恭弥の顔がぐんと近づいてきて、クッキーの反対端にぱくり、と食いついた。
顔。
顔が、近い。
伏せられたまぶた。影を落とすほどに長いまつげ。菓子をくわえる、みずみずしいくちびる。やんわり零れる吐息。
その全てが、近い。
不覚にも胸がひとつ、高く鳴る。
こんなやり方、反則だ。
文句を付けようにも俺の口の中にはクッキーが。
だからただ、その綺麗な顔が離れて行くのをじっと待つ。
とは言っても多分、それはほんの数秒の間だったのだろうけれど、それは。
恋に落ちるには、充分過ぎる時間、だった。