「っ……」
書類から顔を上げた雲雀が、伸びをしようとして顔をしかめた。
それを見逃す草壁ではなく、どうかなさいましたか、と問えば、雲雀は気怠そうに首を回し、
「筋肉痛だよ……」
と言った。
日頃鍛え抜いているはずの雲雀にしては珍しい発言に、草壁は首を傾げる。
それを見た雲雀は、草壁の気持ちなどお見通しなのだろう、解っていると言わんばかりに溜息を吐いた。
「変な体勢で寝たからだよ……まったく、車の中でなんて寝るもんじゃないね……」
「はぁ……」
昨日の夕方、雲雀はいつものように金髪の外人と共に下校していた。
校舎の前に目立つ赤い車が停まっていたので、それで帰ったのだろうが、そのままその中で寝たというのだろうか。
一体、何があったらそんな自体になるというのだ。
「あの馬鹿馬…迷ったなんてどういう了見……?」
昨夜のことを思い出したのだろうか、雲雀の背中から怒りのオーラが立ち上り、草壁はしまった、と思いながら身を竦める。
しかし雲雀はそんな草壁の様子には目もくれず、思い出してしまったのであろう苛立ちをぶつけるかのように独り言を続ける。
「おまけにガス欠だし、どんどん回り暗くなるし、携帯圏外だし、もう散々。」
「それで車内にお泊まりに?」
「仕方ないだろ、周りはラブホテルしかなかったんだから。」
「らぶほっ!?」
思わず草壁の声がひっくり返る。
まさか、そんな、いかがわしい、中学生には、とみに風紀委員の長たる人間には、酷く不釣り合いな場に、まさかこの委員長が足を踏み入れるなんて、そんなこと、あって良い訳がない。
--まさか、あの金髪の外人が嫌がる恭さんを無理矢理……!
自分の妄想におののきながら、草壁は恐る恐る雲雀の様子を窺う。
が、雲雀は何を気にする様子もなく、ただ節々の痛みに苛々しているといった様子で……
いや、待て、そもそも車の中で寝たくらいでそんなに体が痛くなるものか。
草壁は頭の中で広がり始める妄想を、頭を振り必死に散らす。考えたくない。
「そんなところ入るなんて絶対ゴメンだから、車が良いって言ったんだ。……体痛くなるからダメ、って言われたけどね。」
「委員長……自分は……失礼します……」
落ち込んでいます、と背中に書いて、草壁はよたよたと応接室を出ていった。
殴り倒してそのまま寝たよ。
という雲雀の言葉は、もう多分、草壁の耳には届いていないのだろう。