そのゲームの存在を知ったのは、いつだっただろう。
この国で少々取引のある裏組織との、何だったかの会合らしきものに出席したときだったように思う。ジャッポーネ式の「セッタイ」とやらは好きではないのだが、あちらのメンツというのもある。気乗りはしなかったが仕事の為だと割り切って訪れた酒の席で見かけたのだ。
その時は、カネで雇われた女達とそんなことをして何が楽しいのか、と冷めて見つめていた、その遊びに使われていたそれが。
なんか目の前にあったから、つい手が伸びてな。
そう言いながらディーノが差し出したのは、おなじみの赤いパッケージ。見覚えのあるそれを受け取りながら、しかし恭弥は冷めた視線をディーノに向ける。
「で?」
「いや、恭弥が食うかなって。」
「別に好きじゃないよ。」
そう言いながらも、恭弥はパッケージに手をかけると慣れた手つきでぴりぴりと紙箱を開け、中からアルミの梱包を取り出す。
「へぇ・・・そんな風に開けるんだな。」
「・・・日本人なら誰でも知ってるよこれくらい。」
音もなく小袋の封を切り、中身を一本取り出して口に運ぶ。
大分久しぶりに口にしたチョコレート菓子はなんだか懐かしい味がした。
ぼき、と軽い音を立てて細長い菓子を中ほどから折る。まだ口に入りきっていない分をすこしずつ唇で手繰り寄せるようにして、ぽりぽりと食べ進む。
「旨いか?」
「別に普通だよ。」
手元に残ったもう半分も口の中にほうり込むと、次の一本に手を延ばす。
パッケージから取り出したそれを口元に運ぼうとして、こちらを覗きこんでいるディーノに気付いた。
「食べたいの?」
問い掛けると、照れ臭そうに笑う。
恭弥に、なんて言って買ってきた癖に、自分が食べたいだけではないか。飽きれ気味に笑うと、それでも恭弥はディーノの口元へと手にした菓子を差し出す。するとディーノは楽しそうにそれへ食いついた。そして恭弥の真似をして、ぽりぽりと食べ進む。
それを見ながら、恭弥も次の一本を口に運ぶ。
「な、恭弥。」
一本目を食べ終えたディーノが、二本目に手を延ばしながらこちらを覗き込む。
「こういうの知ってるか?」
そう言うと、ディーノは手にした菓子の片方の先を軽く歯に乗せ、反対の先端を恭弥に向ける。
「両端から食っていって、沢山食えた方の勝ち・・・だったか?」
「・・・何か違わない?」
「俺も詳しいルールは知らないんだけどよ、ジャッポーネじゃよくやるんだろ?」
「弱い群れのすることだよ。僕はやらない。」
ほらほら、とこちらに迫ってくるディーノからついと目を逸らし、恭弥は別の一本を袋から取り出す。
「一回くらいいいじゃねーか。それとも負けるから嫌か?恭弥。」
冗談めかしたディーノの言葉に、恭弥はぴくりと動きを止めた。
「・・・違うよ。」
「じゃあやってみようぜ?言っとくが、俺は負けねーからな。」
「負ける気はないよ。」
挑発めかしたディーノの台詞に、恭弥はニヤリと不敵に笑う。勝負ごととあっては、逃げ出す訳にはいかない。
「先に口離したら負けな。」
そう言って、ディーノはついと口にくわえたそれを恭弥に向ける。
勢い受けて立ってから、顔の近さに気がついた。
けれどもう後には引けない。どんな勝負であれ、負けるなんて嫌だから。
くすり、とディーノが笑ったのが合図になった。
決して長くないチョコレートコーティングされた細長いビスケットは、ほんの一瞬で二人の口へと消えていく。
二人の顔が近くなる。
癪、だったけれど、近さに堪えられず目を閉じた。
目を閉じちゃいけないなんてルールは無い。口を離さなければいい。
けれどもう、互いの息遣いさえ届きそうな距離。
あなたは恥ずかしくないの?そう言ってやろうとして、顔を上げようとした。そうだ、こんなのゲームじゃない。
けれど恭弥が顔を上げるよりも早く、いつの間にか後頭部に回された掌がそれを阻む。
何、と思うより先に、唇にチョコレート以外のなにかが触れた。
何してるの馬鹿信じらんない。
喉元まで出かかった言葉はしかし、優しく重ねられた唇の隙間に消えていく。
もういいよ、今日だけは僕の負け。
悔しいから口には出してやらないけれど、そのかわり、出かかっていた暴言は飲み込んでやる。
後で見てなよ、と思いながらも今だけは。
ただ、触れた熱の温かさに身を委ねた。