どこぞへ行ったからお土産、とかそれは嬉しそうに笑って、ディーノはその袋を応接室の机へと置いた。
「・・・何?」
「へへっ、きっと恭弥喜ぶぜー」
別に貰って嬉しい物なんてないよ、と冷めた調子で呟きながら、トントンと恭弥は手にしていた書類を揃える。チラリ、とその黒い瞳が紙袋をちゃっかり捉えていたのをディーノは見逃さない。
ほら、と机の上に置かれた銀色の袋からディーノが取り出したのは、袋より一回り小さな赤い箱。両の手の平にのるくらいのその箱をコトリと机の上に並べたディーノは、しかし箱を取り出した袋の中を見て悲鳴を上げた。
「仕舞った!溶けちまってるー!!」
「うるさい、黙りなよ。・・・どうした訳?」
「ドライアイスが溶けちまってんだよ、中身まで溶けてねーだろうな・・・な、早く食おうぜ恭弥!」
大袈裟に慌てた様子で、ディーノは箱の蓋を開ける。呆れたように溜息を吐いて、恭弥は腰を上げた。
ディーノが腰を落ち着けているソファの向かいに腰を下ろすと、ほらほら、とディーノが蓋を開けた箱を差し出す。
覗き込むと、赤い箱の中には個包装がなされた赤い物体。ほんのり袋の内側には露が降り、手を伸ばすとひんやりと冷たい空気が伝わってくる。
「何、これ。」
袋を一つつまみ上げると、その中で赤い粒がころん、と転がる。
「イチゴのアイス。」
何が嬉しいのやら、ニコニコと笑いながらディーノも袋をひとつつまみ上げた。
「すげーんだぜ、イチゴ丸ごとくりぬいて、中にミルクが詰まってんだって。」
「へぇ・・・」
で、それが凍らせて有る訳ね、と恭弥は包装をぴっと破る。
「ちょっと溶けちまってるかも・・・急いで食えよ恭弥。」
そう言いながら、ディーノは早速丸ごとひとつイチゴの粒を口へ運んだ。
それを横目に見ながら恭弥も取り出したそれを口元へ運ぶ。イチゴにしては大粒のそれは流石に一口では食べられそうになく、仕方なしにその先端へ噛み付いた。
サクリという軽い歯ごたえとともにひんやりとしたイチゴの欠片が口の中に転がり込んでくる・・・事を期待して程良い力を込めたはずが、しかし返ってきたのはガリッという固い歯ごたえ。
きーん、と冷たさが歯に凍みる。
イチゴをつまんでいる指先にも、その冷たさが徐々に伝わってくる。
・・・固い。
呟こうとしたが、僅かに歯が果肉に食い込んだ感触は確かにあった。
歯形のついたものを口から出すというのも行儀が悪い。が、力を込めてみても固く凍り付いた果肉は一向に削れる気配すらない。
「・・・」
どうしようか、と暫く逡巡していると。
「ほーひた、ひょーあ。」
間抜けな声が聞こえた。
あまりに間抜けなその声に思わず顔を上げると、口元を綻ばせたディーノが不思議そうに恭弥の方を見つめていた。
「・・・・」
何してるの、と口に出す訳にもいかないので視線だけで問いかける。
「・・・はへはい。」
噛めない、って言いたいのかな・・・と呆れながら、しかし自分も似たり寄ったりな状況なので何とも言えない。
しかし、恭弥は口に含んだ分が少なかったためかすぐに歯ごたえが軟らかくなり、サクリと一口分のイチゴが口の中へと転がり込んできた。
甘酸っぱいイチゴの果肉がとろりと舌の上でとろける。ほんの少しくっついてきた練乳のかすかな甘みが口の中にふわりと広がる。
「・・・おいしい。」
「ほーは!ほっほふへ・・・・」
ぽつり、と呟いた恭弥の一言をしっかり聞いていたディーノは、それはそれは嬉しそうに顔をゆがめてもごもごと口を動かそうとする。しかし相変わらず口の中にイチゴシャーベットが鎮座しているため、呂律は全く回っていない。
「食べてから喋りなよ馬鹿。」
さっさと一口目を飲み下してしまった恭弥は、呆れたように視線を逸らして二口目も口へ運ぶ。
コツを掴んだのかはたまた程良く溶けたのか、二口目はサクリと囓ることができた。今度は先ほどよりもたくさん練乳部分が口に入り、より甘みが増した果肉が口の中に広がる。
その風味に内心満足しながら、ディーノ方へと目を遣ると。
相変わらず口を膨らませてもごもごしていた。
「・・・馬鹿。」
フン、と鼻で笑って三口目を口に運ぼうと再び視線を手元へ戻すその瞬間、むっとディーノが顔をゆがめたのが見えた。
かと思うと。
ほんの一瞬のうちに目の前まで迫ってきた鳶色の瞳に射竦められ、何、と息を呑む。
あっという間に唇に何かが触れ、暖かいものが口腔へと入ってくる。いつの間にかすっかり慣れてしまったその感覚に思わず目を閉じた、その瞬間。
ころん、と冷たい何かが口の中に押し込まれた。
「んむっ・・・!」
口腔いっぱいに甘酸っぱい香りが広がる。ひんやりと冷たく大きなイチゴはまだ芯まで固く、とても咀嚼できそうにない。
何するの、と文句の一つも付けたいところだが、とても舌が回るような状況でなはない。
視線に思いっきり不機嫌オーラを載せて睨み付けると、ディーノはしかし飄々と口をゆがめて笑う。
「ほら、ちゃんと食ってから喋れよ?」
「・・・!」
分かってるよ、と言わんばかりに思いっきり顔を逸らしてやると、視界の外からくすくすと笑い声が聞こえた。
・・・咬み殺ス。
心の中で決意して、恭弥は袖の下で密かにトンファーを握りしめた。