「すき。」
何の屈託もない笑顔で、彼は僕にそう言う。
「好き。」
なんの躊躇いもなく、なんの気負いもなく。
「大好き。」
とてもとても自然にその言葉は彼の唇からこぼれ落ちて、僕の耳へ届く。
きっと、幼い頃から当たり前のように、彼の周りにはその言葉が溢れていたのだろう。
「超愛してる。」
だから、彼もその言葉を、なんの躊躇いもなく紡げるのだろう。
僕を抱きしめている彼の腕が動いて、その指先が髪に絡む。
親が子供にするように優しく。
恋人にするように甘く。
「恭弥。」
僕の名前を呼ぶ。
ぽんぽん、と背中を二回叩いて、腕が離れる。
少しだけ名残惜しそうに。
「なに。」
僕は目を細めて彼を見上げる。
彼はきっと、いままで沢山優しい言葉を浴びて育ち、たくさんの相手に甘い言葉を囁いて、そうして生きてきたのだろう。
だから僕に呉れるこれも、たくさんの中のひとかけらに過ぎない。
それがくるしくてくやしくて、僕は息が出来なくなってしまう。
「愛してるぜ、恭弥。」
「……聞き飽きたよ。」
どうせ、国へ帰れば同じ言葉を沢山の女に囁いて、また囁かれているんでしょう。
僕が欲しいのはそんな薄っぺらい言葉じゃない。
あなたのぜんぶがぼくのものになればいいのに。
冗談めかして笑うあなたに、僕もだよと笑って、同じ言葉を紡げれば、この思いは届くのだろうか?
−−とてもそうは思えない。
あなたが呉れるのは、ただの挨拶。たくさんの中のひとかけら。
「なあ恭弥、聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。」
耳が痛いくらいだ。
あなたがなんどもそうやって、薄っぺらい言葉を浴びせてくるから。
「聞いてないだろ、俺がこんなに愛してるって言ってるのに。」
「だから、聞いてるよ。」
「じゃあ、解ってないだろ。」
ディーノが、不意に顔をしかめた。
いつものへらへらした笑顔が消えて、眉が寄る。目がスッと細くなる。
きんいろの瞳に睨まれて、僕は一瞬息が止まる。
「解ってるよ。」
それがただの挨拶で、
たくさんの中のほんのひとかけらで、
本気なんかじゃないってこと、くらい。
「お前、俺が誰彼構わずこんなこと言ってるとか思ってるだろ。」
ディーノの手が僕の手首を掴んだ。
ちがうの?と嘲ってやりたかったけれど、きんいろがあまりに強く僕を睨むものだから、気圧されてしまって言葉にならない。
気圧された。この僕が。
思わずその瞳を見上げて、その奥で光っているものを見付けてしまう。
駄目だよ、その先は言わないで。
「そりゃ、好き、くらいは誰にでも言えるけど」
だって、僕は、
「これだけは、恭弥だけだから」
あなたが呉れる言葉の、十分の一も返せない。
「恭弥。」
静かな目でディーノは僕を見て、それから穏やかに笑った。
「愛してる。」
頷くことしか出来ない僕を、それでもあなたは。