「ディーノ、って言ってみー」
「ディーノノバカ!」
「のばか、は余計だっつーの……」
もう一度、ディーノ。と左手に乗った小鳥を右手でつついてやると、今度はちゃんとディーノ、と呼んでくれた。
恭弥の愛鳥はなかなか頭がよろしい。
珍しく、その日は恭弥の仕事が終わるのを俺が応接室で待っていた。
いつもなら俺が訪れるとものの数分で仕事をたたんでしまうのに、今日はどうしても片付けなければならない仕事があるらしい。
ちょっと待ってて、のお言葉を頂いてから、かれこれ30分は経つだろうか。
いい加減恭弥の横顔を見つめ続けて怒られた頃、ちち、というかすかな囀りとともにこの小鳥は現れた。
「ディー・ノ。」
「ディーノ!ディーノ!」
「おお、やっぱ賢いなあお前!」
忙しいから、と小鳥の世話を命じられ、暇なので独り言でも聞いて貰おうと話しかけてみれば、まあこの小鳥の賢いこと。
前からピーチクパーチク言葉を話す姿は見ていたけれど、こんなにちゃんとした受け答えができるなんて。
「んじゃあ……恭弥、って言ってみ?」
「キョー……ヤ?キョーヤ!!」
「そうそう、お前のご主人様な。」
「ヒバリ?」
「あー…うん、そう、ヒバリのこと。」
そうか、こいつは恭弥のことヒバリって呼ぶんだっけ。
……なんとなく、前に「恭弥なんて呼び方するのはあなただけだよ」と言われたことを思い出して仄かな優越感を覚える。
鳥相手に。
我ながら馬鹿だと思ったが、それだけ俺が恭弥を好きってことだ。多分。
「じゃあ……Ti amo」
「てぃー…の?」
「ディーノと混ざってるじゃねえか。てぃ、あも。」
恭弥が書類に夢中なのを良いことに、余計な言葉を教えこんでみることにする。
恭弥はイタリア語を知らない。多分、
その証拠に、こんなこっぱずかしい単語をすぐ横で口にしていても何も言わない。
まあ書類に集中してるせいかもしれないけど、とにかく文句を言われないなら問題ない。
「てぃ、あ、も?」
「そうそう、上手上手。Ti amo、恭弥。」
「てぃ、あ、も、キョーヤ?」
「お、上出来!」
思わず手を叩いて喜んだら、流石に恭弥に怒られた。
でも、俺が小鳥に教え込んでいた言葉の内容には興味がないらしい。
俺は声を潜めて、小鳥と顔を見合わせる。
「今の、俺が居ないときに恭弥に言ってやれよ?」
「てぃあも、キョーヤ?」
「そうそう。」
すっかり新しい言葉を覚えてしまった小鳥に満足した頃、漸く恭弥から終わったよ、とのお言葉を頂けた。
「……僕の子に変な言葉仕込まないでよね……」
呟きながら恭弥が立ち上がる。
ふわりと黒髪が揺れてちらりと覗いた耳先が、赤くなっていた。